その6
薬餌調合師の仕事は主に三つに分類される。
一つは素材収集。植物から魔法生物、モンスターに至るまで幅広い知識と見つけるまでは帰らないという不屈の忍耐力が必要なフィールドワーク。
一つは原料抽出。素材はあくまで原材料に過ぎない。調合に必要な成分を抽出するために、時には小さな木の実からわずかな胚を取り出す繊細な作業を延々と繰り返したり、時には危険なモンスターの特有器官から分泌物を大胆に搾り取ったり、それはまるで調理の仕込みをする料理人のよう。
そしていよいよ調合作業。空気の流れ、水の温度、火の勢い。あらゆる自然現象を工房のワークデスクの上でミクロに再現できる魔法使いとしての資質が重要な作業だ。
レシピの魔女いわく、環境さえ整っていれば手でちゃちゃっと混ぜちゃった方が楽でいいけどね、だそうで。
しっかり乾燥させたオニカエデの葉をじっくり煎じた甘い香りのカエデ茶。コーラル海岸の白い砂よりも細かくさらさらに挽いた粉末ナッツ。ガブの腕力と度胸で絞り抜いたモンスター汁、青蠢きゼリーの消化液。原材料は揃った。
ここまでくれば調合作業の八割は終わったようなものだ。あとの二割は思い切りの良さで一気に乗り切るのみ。僕もレシピの魔女のように手作業で仕上げようか。いや、ここはやはりガブに見せつけてやるように魔法を使おう。
「見てろよ、ガブ」
少しオーバーに身振り手振りを交えて聞こえよがしに呪文を唱える。熱を一点集中させる魔法だ。指先で熱を操ってガラス容器の赤みがかったカエデ茶を派手に沸騰させる。
次のステップでくるっと指を回して水流をコントロール。沸いたカエデ茶が小さな渦を巻いた。そこへすかさず粉末ナッツをふわりと浮かべて均一に溶かすため粉雪のように降らせてやる。熱と渦とでマナを含んだ粉末はすぐに溶けて消えた。
仕上げに青いモンスター汁を投入だ。完全に反応させるためにカエデ茶溶液の温度を下げずに混ぜて、よく混ざったら今度は状態を安定させるために一気に水温を下げる。熱を奪う魔法の出番だ。モンスター汁カエデ茶溶液は透明感のある紫色に落ち着いた。はい、繊維剥離剤の出来上がり。
「ほら、この通り」
「おお? もう出来たのか?」
わかりやすくガブが驚いてくれた。どうだ、薬餌調合師ってなかなかすごい技術職だろ?
「今の魔法だろ?」
「まあね。レシピの魔女の弟子であり優れた魔法使い見習いでもあるからね」
「すげえな。一瞬で茶を沸かせたり、色が変わったり。魔法っておもしれえ」
ちょっと驚きと賞賛の方向性が僕の求めていたものと違うけど、それはそれで褒められて悪い気はしない。僕だって調子に乗りたくなってしまう。
「ほんとはこれをあと25セット用意しなければならないんだけど、さすがにそれは手間がかかり過ぎる。そこで実は作戦があるんだよね」
「作戦?」
「魔法使いのスキルではなく、剣士のスキルが必要な作戦だ」
「それを聞いて俺の大剣が疼くぞ」
この場合は腕が疼くんじゃないのかと思うけど、なかなかいいリアクションをしてくれたのでスルーしてやる。
「いいカンしてるよ。ガブ、君の大剣を使ってこいつを25倍にするんだ」
「おう、任せろ。……どうやって?」
自信たっぷりに胸を張ってから、時間たっぷり間を置いて首を傾げるガブ。
この繊維剥離剤を25倍に増やすのはガブの大剣ではない。僕の魔法でもない。調合で体積を増やしてやるんだ。そのための素材もすでに収集済み。あとは僕の仮説が正しいかどうか実践してみるのみだ。
たぶんどこの薬餌調合師だってやったことのない実験になるだろう。見事成功すれば、どんな調合だって大量に生産できるようになる。
「ガブ、蠢きゼリーの赤いのも生け捕りにしたろ?」
「ああ。分裂しそうなほどかなり活きのいい奴だ」
「うん。いいね。そしてここに僕が収穫した素材の一つに完熟赤レモンがある」
取り出したるは真っ赤に熟した大きなレモン。完熟の証しの甘酸っぱい香りを放っている。
これらを見てまだピンと来ないのか、うねうね蠢く麻袋を手にガブは首を傾げっぱなしだった。
仕方ない。実際やってみせるよ。ガブの麻袋を受け取り、元気に蠢く赤蠢きゼリーを空っぽの水槽に移す。そこへ出来立ての繊維剥離剤をためらうことなく全部ぶち撒けた。
「きっとうまくいくはず」
赤い半透明の蠢きゼリーが繊維剥離剤をどんどん吸収して透明な紫蠢きゼリーが現れた。新種誕生だ。
そして、赤レモン。
「ちょっと下がって」
ガブを下がらせる。僕もいつでも逃げられるよう、ちょっと腰が引けながら水槽の蠢きゼリーを覗き込む。
赤レモンを縦に二つにカットして、そのまま赤い皮も剥かずに水槽の紫蠢きゼリーへと与えた。さあ、どうなる。
ぷるん。紫蠢きゼリーは小さく震えた。
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