その4


「ただいま帰りましたー」


「お邪魔しまーす」


 ちょっと前にもこんなことあったな。僕は思い出す。酷い目に遭ったっけ。


 不幸な事故が重なって巨大蠢きゼリーに襲われた僕とガブ。僕の活躍で何とか撃退するも、二人ともゼリーまみれのどろどろ、結着剤まみれのカチカチになって、同情の目を集めながら職人街を歩く。まるでその再現だ。


 僕は葉屑に汚れた顔よりも大きな葉っぱを何十枚と束ねて、ガブはぐにょぐにょと蠢く泥まみれの麻袋を抱えて。またレシピの魔女に何かやらされたな、と先輩職人たちに哀れみの目で見られて。


 奇異の目に晒されながらようやく工房に帰ってくる。僕とガブが元気よく扉を開けると、分厚い本に突っ伏していたツキノワさんはがばっと顔を上げた。


 ガブと一緒に帰ってきた僕を二度見して、かけていた眼鏡を外してぎゅうっと目を細める。そのきれいな顔には眼鏡と袖の跡が付いていた。師匠、お昼寝中でしたか。


「レニ・アステラとグレートソード・ガブ。おかえりなさい。あんたたち、仲がいいのね」


「僕がガブを雇ってあげただけです。暇そうだったから」


「レニがどうしてもって言うんで手伝ってやっただけだ」


 僕とガブは同時に言った。


 どっち? とでも言うかのように首をかしげるツキノワさん。でもすぐにどうでもいいやって顔して眼鏡を作業台引き出しにしまって枕にしていた本をパタンと閉じる。


「で、二人揃ってどうしたの? もう素材が集まったの?」


「はい。十分な量が採れたはずです。それで依頼品の調合ですけど、僕がやってみてもいいですか?」


 緑色が特に濃いオニカエデの葉をわさわさと見せながら聞いてみた。普段なら素材収集と調合の下ごしらえくらいしか僕には仕事がない。調合作業は師匠であるツキノワさんの領域だ。でも僕だってちゃんと勉強しているんだし、薬餌調合士見習いとしての成長を師匠に見てもらいたい。


「うーん、今回のお薬はそんなに難しいものじゃないし、やってみる?」


「はい。やらせてください」


「いいわよ。やってみな。で、グレートソード・ガブは? 調合のお手伝い?」


 ガブはレシピの魔女を前にしてかっこつけてるのか、それとも緊張しているのか、少し斜めに顔を向けた立ち姿勢で、いつのまにか解いた長髪をかき上げていた。


「契約は今日一日レニの護衛だ。まだ日は高い」


 何言ってんだこいつ。


「報酬に今日の晩御飯も付けてやったんです。外で食べるのも何だから、ガブを工房に招待しました。うちでご馳走してもいいですよね」


「もちろん。ちゃんと考えて仕事してるのね。やるじゃない、レニ・アステラ」


 ツキノワさんはすらりと細く背が高いくせに華奢な身体の線が見てわかるようなローブドレスで僕たちに歩み寄り、まずガブの肩に手を置いた。


「護衛任務ご苦労様。ありがとね、うちのレニ・アステラを護ってくれて」


「仕事だからな」


 どこからどう見てもオトナな女性にからかわれてるコドモなんだが、斜に構えたガブはフッと笑って返した。


 ガブは先日のオトナな出来事を思い出してるのか、顔が紅潮している。あの時、彼の頬に固着した万能結着剤を人の唾液と唇と舌を使って絡め取ったのが妙齢で美麗なレシピの魔女の仕業だと思い込んでいるんだろう。ガブのためにも、僕のためにも、あの件はもう忘れよう。ていうか、忘れたい。忘れろ。


「お小遣い、残せそうね」


 次は僕の肩に触れながらそっと耳打ちしてくれる。僕は思わずニヤリと口元が緩んでしまい、無言で頷いて見せた。


「じゃあ今晩はあたしが夕食を用意するから、レニ・アステラとグレートソード・ガブの二人は繊維剥離剤を作ってみなさい。工房にあるもの自由に使っていいからね」


「はい!」


「ご馳走になります!」


 僕は作戦通りに事が運び、ガブはレシピの魔女の手料理と聞いて、二人とも笑顔で元気よく返事した。


 レシピの魔女いわく、人にものを頼む時は、ていうか、面倒なことを押し付ける時は、まずは目先に美味しそうな報酬を見せつけてやること。ほんと、ツキノワさんは人を動かすのが上手だ。

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