その3


 アルファリア森林地帯を吹き抜ける風は緑の香りがした。昨日、雨が降ったせいだろう。水気をたっぷりと含んだ重たい風が僕の魔道士風ローブのフードを、グレートソード・ガブの戦士風に結わえた長髪を、さらっと吹き流す。


 いい具合の湿り気だ。この空気だと蠢きゼリーも活発に活動してるはずだ。


 結局、ガブとの契約は一日6,500イェンに落ち着いた。今日一日で必要素材を全部収集しないと余計な出費がかさんでしまう。この湿気があるうちに集めなければ。


「で、俺は何を倒せばいいんだ?」


 森に入って十数分、樹々が開けたちょっとした広場で作戦会議。大剣を背負ったガブは膝の屈伸運動で身体を温めながら言った。


「倒せ、じゃないって。今回は捕獲ミッションだ。蠢きゼリーの青と赤を捕まえてくれ。活きのいい奴だ」


 倒木に腰掛けてツキノワさんのレシピメモを確認。今回のひとことアドバイスに意味不明な一文はない。危険はないんだろう。たぶん。


「何匹?」


 ぴょんと高い運動能力を見せつけるように飛び跳ねるガブ。背中の大剣がガチャリ、レザージャケットがドサリと重そうな音を立てた。


「二匹ずつ。青と赤で合計四匹、生け捕りで頼むよ」


「たった四匹かよ。ずいぶんおいしい仕事だな」


 調合に必要な蠢きゼリーの消化液は0.1リットルを25セット。蠢きゼリーの個体の大きさにもよるけど、だいたい25匹分になる。一匹から少しずつ搾り取るのも堅実でいいが、僕にはちょっとした作戦があった。楽して一気に消化液を稼がせてもらう。それに必要な蠢きゼリーが青と赤で一匹ずつ。念のために予備の蠢きゼリーをもう1セット。普通に蠢きゼリーを25匹捕獲するとなると数日かかるだろう。でも四匹なら一日分の報酬で済む。


「楽でいいだろ? お互いにいい仕事してしっかり稼ごうよ」


 ガブの今日の稼ぎは6,500イェンに夕食付き。それに比べて僕は今のところ残金43,500イェン。イラスト画モンスター図鑑も、魔法薬物レシピ本も買えちゃうお小遣いだ。


「任せろ。悪いな、レニ。一時間で今日の仕事は上がりだ」


「うん。じゃあ、一時間後にここに集合ってことでよろしく」


 さて、お仕事お仕事。




 レシピの魔女いわく、人を上手に動かす方法は、その人のやり方にあれこれ口を出さずにやりたいようにやらせること、だそうで。ツキノワさんは馴染みの職人さんに仕事を依頼する時も、細かい要望はほとんど出さない。よろしくねー、と愛嬌を振りまいておしまいだ。


 僕もそれに倣ってガブに細かい指示は出さずに笑顔で送り出した。肩を振り回して意気揚々と森の中へと消えていく彼を見ててふと気が付く。


 ツキノワさんは僕にも細かい指示をくれない。


 任せてくれてるんだ、とこっちが勝手に思い込んでるだけだ。どうやら僕もうまく使われてるようだ。


 そこがレシピの魔女の魔女たる所以だ。それはそれでいいや。僕が有能な魔道士の卵であり、有望な薬餌調合師見習いであると証明してみせよう。


 収集する素材は乾燥オニカエデと浮かばすナッツ。そんな難しい収集作業じゃないのでさっさと終わらせよう。ガブのあのテンションならほんとに一時間で帰ってきそうだし。


 まずは乾燥オニカエデ。人の顔ぐらいある大きな葉っぱが特徴の落葉樹で、樹液がとても甘い。お湯に溶かして飲むだけでも美味しいし、緑の強い葉っぱを乾燥させて煎じるだけでカエデ茶としても楽しめる。


 今回の調合で必要なのはそのカエデ茶だ。カエデ茶として乾燥オニカエデを刻んだものが売られているけど、甘いだけじゃなく濃く煮出したものを摂取すると便秘薬にもなるとか。だからけっこうお高い。


 ツキノワさんに預けられた予算内で十分な量は買えるけど、自分で採取して乾燥させればお金は一切かからない。これはもうオニカエデの樹を丸々伐採する勢いで収集するしかないじゃないか。


 オニカエデは群生しているから、いい状態の葉っぱ25枚なんてすぐ集められる。工房に持ち帰って乾燥させれば、マシュウズさんの雑貨店に売るほど乾燥オニカエデが作れるはずだ。


 次の収集素材は浮かばずナッツ。浮かびナッツの一種で、基本的には森にたくさんあるもろもろの木の実類だ。


 浮かびナッツが単に水を吸って重くなり、ふわふわと浮かべなくなって地面近くに転がっているものを浮かばずナッツと魔道士たちは呼んでいる。水に溶けた魔法の素、マナが凝縮されて、浮かびナッツよりも濃厚なマナを抽出できる。湿地帯とか、あとは雨上がりの森によく見つけられる。


 本来ならアルファリアの森の奥、湿地帯辺りまで行かなければならないところだけど、そこらへんも抜かりはない。昨日の雨だ。たっぷりと水分を含んで浮かべなくなった浮かばずナッツたちがごろごろとしてる。塩で炒ってやればツキノワさんのおつまみにもなるし、たっぷり収穫させてもらおう。


 ついでに、今晩のデザート兼僕の節約作戦に使う赤レモンも見つけなくちゃ。


 これで、お金を1イェンもかけずにすべての素材が収集できるってものだ。節約作戦は順調だ。待っていろよ、イラスト画モンスター図鑑と魔法薬物レシピ本。

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