Recipe-02 少年は全裸で禁戒言語と踊る

その1


「いいか、レニ。動くんじゃねえぞ」


 ガブの声に静かな熱が帯びる。湧き上がる情動を抑えきれないようだ。


「そっとだよ。ガブ、そっとだからな」


 僕は小声でささやくように返した。もうガブに身を任せるしかない。せめて、痛くないように。


「任せろって」


 吐息交じりの声すら熱く、僕の背後にいて様子が見えないのにガブの熱い手が迫っているのがわかる。


 自称グレートソード・ガブこと新人剣士のガブはまだ若き傭兵だ。彼の背丈には少々長過ぎる大剣を振り回すその姿はまさしく売り出し中の荒削りな暴力で、僕と同年代なはずなのに肉体の鍛え具合がまるで違っていた。魔法と化学の勉強ばかりしてきた僕と、ひたすらに剣技を鍛えたガブと。シチュー鍋で煮られるお肉と根菜ぐらい違いがある。


 そんな猛々しいほぼほぼ全裸姿のガブが言う。


「いいか、レニ。動くなよ」


 野生的に鍛え抜かれ、歴戦の勇者の剣のように引き締まった腕がほぼほぼ全裸な僕の背中に触れる。熱い。熱いよ、ガブ。


「……思ったんだが、レニ」


「……何?」


 この期に及んで何だよ、ガブ。


「レシピの魔女さん、いるかな?」


「……?」


 レシピの魔女の薬餌調合工房にいるのは僕とガブと二人きり。ツキノワさんは厨房で夕食の準備をしているはずだ。だからこそ、僕らの声を聞かれちゃまずい。


 声も出さずに、レシピの魔女に悟られないように、事を済ませなくちゃならないんだ。


「レシピの魔女さんも呼ばないか? 俺らと一緒に、な」


 とても悪そうな顔してガブは言った。




 レシピの魔女いわく、どんなにめんどくさそうな調合でも手を抜いて楽に仕事してすごいことやってのけた感を出すのが、優れた薬餌調合師という奴らしい。つまり、優れた薬餌調合師と持て囃されてるツキノワさんは、手抜き仕事の名人というわけか。


   §


 繊維剥離剤のレシピ


 ・乾燥オニカエデ ── 1枚

 ・浮かばずナッツ ── 2〜3個

 ・蠢きゼリー(青)の消化液 ── 0.1ℓ


 以上の素材を25セット。

 金額制限 50,000イェン以内。


 ひとことアドバイス


 ・5万は今回の素材調達に使えるお金。大事に使いなさい。余った分はお小遣いとして自由に使ってよし。


   §


 お金。そりゃあ欲しいです。


 アレクシオス職人組合街は蒸気機関がドラゴンのようにスチームを吐き出し、大小さまざまな歯車が昼夜問わずガチガチと動き続ける職人工房が集合した街だ。


 鉱山都市エルカディオ・エッセに並ぶほど経済規模の大きな都市であり、職人のみならず国中の商売人が集う街でもある。もちろん、お金も。一日にすごい額のお金が動くと聞く。アレクシオス職人組合街は職人たちの街であると同時に、手に入らないものはないと謳われる商売人の街でもあるのだ。


 そう、お金さえ払えば何でも手に入る。酒呑みがうっとりするようなガラス細工のワイングラスだって、剣士がよだれを垂らすほどの美しい大剣だって、見習い魔道士が寝る間も惜しんで読みたがる魔道史本だって、その道の角を曲がってすぐのお店で買えちゃう夢のような街なんだ。


 そりゃあお金が欲しくなりますよ。今回の仕事の金額制限は5万イェン。素材調達費としては意外と大金だ。しかも使い切らずに幾らか残せば、自由に使えるお小遣い。こんなの初めてだ。


 普段からツキノワさんのお酒とか、毎日の食事の買い物とか、ツキノワさんのワインとか、仕事で必要な薬餌素材とか、ツキノワさんのウイスキーとか、ツキノワさんのおつまみとか、買い出しはレシピの魔女の弟子として重要な任務の一つだ。その都度欲しいものがあったら少額なら買ってもいいと言われてはいるけど、お小遣いが支給されるなんて今までなかった。これは素材買い出しも気合が入るってものだ。


 そこで僕は気が付いた。


 どんなにめんどくさそうな調合でも手を抜いて楽に仕事してすごいことやってのけた感を出すのが、優れた薬餌調合師。ツキノワさんはそう教えてくれた。と、言うことは。


 師匠として弟子に手を抜いて楽に仕事しろと教えてくれているんだ。ツキノワさんがやりそうなことだ。今回のメインミッションは調合作業じゃないな。5万イェンから幾ら残せるか、だ。


 レシピアイテムは乾燥オニカエデに浮かばずナッツ、そして因縁の青蠢きゼリーの消化液。全部アルファリア森林地帯で調達できる素材だ。雑貨店で買わずに自分で調達すれば、5万イェンまるまる自由に使えるじゃないか。


 決まりだ。僕は早速アルファリア森林地帯での素材調達ミッションのために、組合街の傭兵紹介所に向かった。

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