その7
レシピの魔女いわく、調合材料だけが素材じゃないの。収集した人、それを手助けしてくれた人、かかった時間、それらすべてが素材という名の、ああ、もう、蠢きゼリーしつこ過ぎ! そして見た目以上に動く速度が速過ぎ! ゼリーのくせに持久力あり過ぎ!
相当お腹が空いているのか、絶対に食ってやるって強い意志を剥き出しにして蠢き突き進む蠢きゼリー。運動が苦手な僕が先にへばって捕まるか、背中に大剣を背負って走りにくそうな自称傭兵の少年が足をもつれさせて捕らわれるか、もはや時間の問題だ。
「何とか、なんねーのか、魔道士なんだろ!」
僕の背丈ほどもありそうな大剣をガチャガチャ鳴らして自称傭兵が言う。傭兵ならそっちが戦闘の専門家だろうに。
「魔道士、じゃない! 薬餌調合師だ!」
息が切れる。もうそんなに走れない。さあ、いよいよ何とかしないと、逃げ切れないぞ。
「そっちこそ、傭兵だろ? 何とか、できないのか! ってか、ほんと、誰?」
「傭兵、じゃない! 大剣使いの剣士だ!」
少年は傭兵から大剣使いにクラスチェンジしたようだ。はいはい、そうですか。その割には、背中の大剣のせいで今にも蠢きゼリーのエサになりそうじゃないか。
薬餌調合師なら、使えるものは何でも使う。それが滅多に見られないレア素材だろうが、通りすがりの傭兵だろうが、利用できるものは何でも利用する。ツキノワさんが教えてくれたことだ。
使えそうな手持ちの素材はレモン弾丸が数個と浮かびナッツのみ。アレさえ調合できれば蠢きゼリーの足を止められると思うけど、その隙があるかどうか。そうだ。隙がないなら作ればいい。蠢きゼリーに一瞬の隙を調合してやる。
「ねえ! 一瞬で、いいから、こいつを止められない?」
「ああ? 何で、俺が、おまえごときの命令を、聞かなきゃなんねーんだ?」
「おまえじゃない! 僕は、国で一番の、レシピの魔女の、弟子で、薬餌調合師の、レニ・アステラだ!」
「そうか! 俺は、国で一番の、大剣使いの剣士になる男、グレートソード・ガブだっ!」
「じゃあ、剣士グレートソード・ガブに、仕事の依頼だ! ゼリーを、一瞬、止めろ!」
「任せろ!」
雄叫びとともにガブは大きく踏み込んで、長髪をひるがえして背中の大剣を抜刀した。その勢いのまま身体を反転させて、土埃を巻き上げて急停止。少年の身体に不釣り合いな大剣ごと蠢きゼリーの捕食攻撃を真正面から受け止めた。
「来いやあっ!」
そうガブは勇ましく吠えるが、もう身体半分くらい頭から飲み込まれてるじゃないか。でも十分だ。蠢きゼリーがガブを胃袋に取り込もうとする一瞬の隙があればそれで十分。
青レモン弾丸、左手に装填完了。蠢きゼリーの蠕動を見切れ。狙いを定め、右手の浮かびナッツの撃鉄起こせ。そして、撃て。
赤蠢きゼリーに赤レモン果汁を混ぜるとゼリーが巨大化する。ツキノワさんがアドバイスしてくれた危険な調合だ。うっかり赤レモン弾を撃ち込んだ僕の失敗はどうでもいい。そこで問題だ。赤蠢きゼリーに青レモン弾を撃つとどうなる? それこそ今回の素材収集の目的、万能結着剤の調合レシピだ。
赤蠢きゼリーに青レモン弾を撃つ。それが今回の仕事の正解だ。ガブを丸飲みしようとぶるぶる震える蠢きゼリーに青いレモンの弾丸が突き刺さった。
びくんと震える赤蠢きゼリー。同じくびくんと悶えるグレートソード・ガブ。もう一発、青レモン弾を撃ち込んでみる。巨大なゼリーの半透明なボディに青い果汁が染み渡り、みるみる動きが鈍くなっていく。
「うわっ、酸っぺえ!」
飲まれかけのガブが足をじたばたとさせた。どうやら無事に生きてるようで何より。面白いからもう一発青いレモンを撃っておこう。
半透明な赤いゼリー本体が青紫色に変化して見た目が硬く締まっていくように見える。巨大ゼリーをうまく結着剤化できたようだ。べったりと糊で固定されたせいかガブが暴れて悶えている。
「ガブ! 蠢きゼリーは外から傷付けることはできないんだ。ゼリーの中から核を突き刺して!」
半透明のゼリーの中で、暴れるガブの目の前に集光感覚器が二つ瞬きしてる。さらにその真ん中あたり、ゼリーの細胞の核みたいな心臓と脳みそが一緒になった器官がある。それが蠢きゼリーの弱点だ。
「ああ、もう、酸っぱいんだよ!」
グレートソード・ガブの大剣がきらめいた。蠢きゼリーの核を刺し貫き、そのまま中から外へと外皮を突き破る。蠢きゼリーの最期は、ゼリー爆発だった。
結着剤と化したべったべたのゼリーが周囲に撒き散らされる。僕もガブもゼリーの洪水に巻き込まれて、結着剤でがっちりと森の木々に固定されてしまった。
「……ガブ、生きてる?」
もぞりと蠢くガブの脚。生きてはいるようだ。
「……任せろ」
何を、だ。
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