その5
レシピの魔女いわく、素材収集のため殺生をしたのなら、責任を持って薬剤を完成させてしっかり自分の糧とすること。それは必ず誰かの役に立つものだし、巡り巡っていつかは自分の命も他の生き物の糧になるんだし。だとか。レシピの魔女が僕に伝えてくれた数少ない魔道士っぽいお言葉だ。
「最初の一匹目は誰だってドキドキするものよ」
こんがり焼けた串焼き鳥を頬張り、フレッシュな果実酒を煽りながらツキノワさんは教えてくれた。
「二匹目の狩りができるかどうかで、素材収集家としての資質と素質がわかるわ」
僕がなりたいものは素材収集家じゃない。薬餌調合師だ。
初めてだ。僕自身の明確な意思で生き物の命を奪ったのは。
デヌッて音を立てて木の枝から落ちて、張りのあるお椀型だった半透明のが力なくだらりと広がっていく。つい今の今まで生きて動いていたものが、ただの青いゼリーとなって蠢くのをやめてしまった。
奇妙な高揚感と少しの罪悪感とがない交ぜになって、凪いだ湖面に波紋が立つように僕の気持ちをざわつかせた。
この色も形もわからない不安定な気持ちの正体は何なんだろう。モンスターを狩る冒険者になろうと思わなかった僕の精神の脆さだろうか。宮廷付きの魔道士を目指せなかった僕の意思の弱さだろうか。
なんて。一瞬だけそんなこと思った僕だが、レシピの魔女が言う通り、二匹目の蠢きゼリーを見つける頃にはこのざわつく気持ちにもすっかり馴染んでいた。むしろもっとざわつかせてくれって勢いで心が跳ねていた。素材収集家の資質があるんだろうか。違う。僕が目指すのは国で一番の薬餌調合師だ。
そんなこんなで僕は浮かびナッツのマナ勢いを調べつつ、レモン弾丸の練習も兼ねて蠢きゼリー狩りを続けた。仕留めた蠢きゼリーの素材も何とか15デヌを数えたわけだが、収集場所が悪いのか、収集時期がずれているのか、僕の手の中にあるのは青いゼリーばかりだった。
「繁殖期の赤がいないなんてはずがないのになー」
鬱蒼とした森の中、独り言が口から飛び出すくらいに僕は素材収集に慣れてきていた。
活動期の青蠢きゼリーは浮かびナッツや昆虫、小鳥、小動物を食べて繁殖期の赤蠢きへと変化する。その性質にゼリーの種類や季節、個体の年齢は関係ない。本来、蠢きゼリーは昼も夜も夏も冬もいつだってよく食べて分裂して繁殖するモンスターなのだ。これだけ連続して青ばっかり見つかるなんてことあるんだろうか。
手持ちの赤レモン弾丸も残り2個。収穫した浮かびナッツたちの勢いの強弱も判ったし、いったんレモン弾丸を補充しに探索場所を変えようか。
そして別の道はないかと振り返った僕は、深い樹々の合間に森の緑によく映える真っ赤な果実を見つけた。
最初はそれがとても大きな果実に見えた。熟れに熟れて今にも落ちそうなほどに巨大なリンゴ。でも違った。それは繁殖期に入った赤い蠢きゼリーだった。
たっぷり栄養を摂ってたぷたぷに太って、もう爆発する勢いで分裂間際の繁殖期赤蠢きゼリー。これはでかい。軽く見積もっても7デヌは獲れそうだ。赤レモンの残り残弾は二つ。うまく仕留めなくては。
最初の収穫に比べて僕のレモン弾丸の腕前も上がってる。手持ちのどの浮かびナッツが一番マナ勢いが強いかも検証済みだ。相当強い勢いで赤蠢きゼリーのど真ん中に赤レモン弾をお見舞いしてやる。
ぷるぷる震えて分裂準備中の蠢きゼリーが逃げてしまわないようにと、僕は素早くレモン弾丸射撃体勢に入った。この一発で決めてやる。
左手にはレモン。軽く手を添えるように。右手には浮かびナッツ。手のひらで転がしてマナを弾き出す要領で。息を止め、魔力を絞り、狙いを定め、レモン発射。
デヌッ。濡れた感じのある小気味悪い音は、今回はしなかった。
赤レモンは獲物のど真ん中に命中し、ゼリー状のボディーにめり込んで破裂して赤い果汁が漏れ出した。それで蠢きゼリー何デヌ獲得、となるはずなのに。赤蠢きゼリーは分解されなかったし、落っこちもしなかった。
「あれ?」
何かおかしい。今までの青蠢きゼリーの時と様子が違う。
完熟の赤蠢きゼリーの中に赤レモン果汁が溢れ出す。赤蠢きゼリーと赤レモン。赤と赤。
そこでようやく僕はレシピの魔女のひとことアドバイスを思い出した。
・蠢きゼリーの赤と赤レモンの果汁は混ぜるとアレで危険。レモンの色に注意!
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