その4


 ぷるんととても柔らかそうに、でもお椀をひっくり返したような形を崩さない程度の弾力で青い塊が揺れている。


 揺らめく半透明な青い奴。その真ん中に、浮かびナッツ越しに僕をじっと見つめる二つの黒い目玉。いや、あれは目玉じゃない。集光感覚器だ。光の濃淡を判別し、それが遠くにあるか近くにあるか。動いているか止まっているか。美味しく食べられる小ささか襲われる危険な大きさかを判断する感覚器官だ。


 蠢きゼリーは青みがかって透き通った身体をもう一度大きく震わせた。透けて見える内臓とかがもうきれい。気持ち悪さよりもガラス細工のような繊細さがそこにある優れたデザインの生き物だ。


 蠢きゼリーは基本的に人の頭くらいの大きさで、ぐにゃぐにゃの不定形な身体してるから姿形大きさはさまざまだ。そのわりにそんなに動きが緩慢な生き物じゃあない。獲物に飛びかかるスピードはさすがに蠢きゼリーと呼ばれるだけの蠢きっぷりだ。


 蠢きゼリーは何でも食べる。透き通った内臓の大半が胃袋で、身体を伸縮させて取り込める大きさのものなら何でも消化する。浮かびナッツから、それこそ小動物まで何でもござれだ。人間は食べない、はずだ。獲物と間違えて樹の下を通りがかった人間の頭に襲いかかったって話は聞いたことあるけど。


 そんなそいつがじっと僕を見ている。僕の頭上の樹の上、枝の先で身体を揺らして枝をしならせている。あそこに浮かんでる浮かびナッツを狙ってるんだろうか。それとも、その向こう側に見えた肉の塊、つまり僕に狙いを定めているのか。


 これは、やられる前にやれって状況だろうな、やっぱり。あいつが飛びかかってくる前に撃退できれば、最後の収集素材も獲得できて一石二鳥だ。


 そう、文字通り一石二鳥。僕は武器は魔法による飛び道具だ。さっき収穫した浮かびナッツと赤レモンを使う。赤レモンは多目に収穫していたし、浮かびナッツの飛び出す浮力でツキノワさんの言う「勢いがすごい」含有マナ量を測ることができるだろうし。そして手の届かない高さにいる蠢きゼリーを打ち落すこともできる。


 蠢きゼリーを刺激しないようできるだけそうっと、カタツムリのようにゆっくりと動き、右手に浮かびナッツ、左手に赤レモンを握りしめる。


 まだ蠢きゼリーは枝をしならせて、飛び出すタイミングを計っているように見える。


 今が絶好のチャンスだ。右手の浮かびナッツに僕の魔力を上乗せして、左手に握る赤レモンを弾き飛ばしてぶつけてやる。マナエネルギーの譲渡によるレモン弾丸だ。


 左手のレモンを掲げ、枝の上の青い蠢きゼリーに狙いを定め、その時を待つ。蠢きゼリーが全身を広げて獲物に飛びかかる瞬間を。


 そこで僕はふとレシピを思い出した。必要な蠢きゼリーは赤色の個体だったっけ。それも15デヌを3セット。こいつは活動期の青蠢きゼリーだ。繁殖期に入った赤蠢きゼリーはまた探せばいいか。それと、デヌって何だ? 聞き忘れてた。ツキノワさん、どうせ教えてくれないからいいか。


 ふわっと森を吹き抜ける風が届く。僕の前髪を風がさらう。浮かびナッツが大きく浮かび上がる。蠢きゼリーがしならせる枝がぴたっと止まる。今だ。


 右手の浮かびナッツを握りしめてマナエネルギーを抽出し、僕から発現する魔力を掛け合わせ、左手に掲げた赤レモン目がけて、打つべし。


 発泡ワインのコルクを暴発させたような軽い破裂音とともに撃ち出される赤レモン。ライフル銃の弾丸のように目にも留まらぬ速さでぶっ飛んでいく赤レモン。響き渡る破裂音が森に染み込んで消えるよりも早く蠢きゼリーに深くめり込む赤レモン。すごい威力だぞ、赤レモン。


 青く半透明に蠢くゼリー状の生き物は、脳と胃袋が一体化したような核の部位に赤いレモンをめり込ませて、一度だけぴんと背伸びをするみたいに身体を震わせて動きを止めた。


 やったか? 赤レモン一発で仕留めたか?


 ずるり、ずるりとしがみついていた枝からずり落ち、半透明の生き物はゼリー状の身体が三つに分解されて枝から落ちた。そして地面に敷き詰められた落ち葉に落下する時に、デヌッと鈍い音を立てた。


 デヌッて、これかな。


 きっとレシピの魔女いわく、そこらへんは寛容な心を以って。ってことになるだろうな。追求するのはやめておこう。


 蠢きゼリーのゼリー状のボディはレモン弾丸の威力で三つに分解したわけで、これで3デヌ獲得だ。たぶん。

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