第七話

ーーー男神ヘクタール。

 

原作では女神ヘクタールだったわけだが、男女逆転は今更だ。特にどうと言うこともない。

 

問題なのはーー俺がそんな神も、宗教の存在も知らなかったということだ。

 

明らかにおかしい。

うちはまがりなりにも公爵家、知ろうと思えばこの王国の情勢、細かい歴史、ほとんどを書庫で知ることができるし、母様、リリア姉、レイラさんからも目新しい情報を得られる。

それなのに一度たりとも男神ヘクタールの存在を聞くことがなかった。祭りがあっているというのに。

 

明らかに俺に対し、情報統制がなされていた。

何を隠している?母様…。

 

と、考えても仕方ないので俺は祭りに参加してみることにした。

 

「え?行くんですか?!」

 

すぐ隣に座るフィオナが意外といった声を上げた。

俺が下劣な庶民共と交わるのは死んでもごめんですわ、なんて言うと思っていたに違いない。

だがしかし、あたりには屋台が並んでいるし、いろいろと食べ歩きたい。

 

前世日本の一般人だったためか、うちの食事はあまり口に合わない。味付けが濃ゆすぎて胃がムカムカする。

対して庶民が好むといったものは俺にすごく合う。レイラさんのおにぎりが最もな例だろう。

だから庶民をターゲットにしたこの屋台こそ、お宝を発見するチャンスがある。

 

「でも、ヴァイオレットさんは、その…い、行かない方が…」


口調をすぼめて、言いづらそうにやめた方がいいと言うフィオナ。

俺は嫌われ者のヴァイオレット。そんな俺が行けば、悲惨なことになるのは間違いなしだが大丈夫。

 

「我が真の姿を覆い隠し、仮初の姿と変われ。

変異(イリュージョン)」

 

詠唱の完成とともに俺の銀髪がみるみるうちに黒髪へと変化していき、毛先まですべて真っ黒に様変わりした。

これでほとんどの者は俺がヴァイオレットと気付くことなくスルーするだろう。

 

「って、髪の色が変わっただけじゃないですか!そんなんじゃ普通にバレますよ!」

 

フィオナの突っ込み。

俺は割れてしまった指輪を懐にしまいながら、

 

「問題ないですわ。いいこと?人なんて髪色を変えるだけで案外騙されるもんですわ」

 

特に俺。

自分で言うのもあれだが、俺の髪は銀髪でうっとりと見蕩れるほど美しい。昔は黒髪だったからか、余計にその輝きが目にとれるのだ。

しかしこの世界の人も俺とそこの感性だけは似ているようで、会う時も必ずその人の目線が俺の髪にいく。


それほど俺という強烈な印象を与えるのに一役買っているのが俺の髪というわけで、その髪色が変わればガラッと印象がかなり変わる、と思っているんだが……どうだね?フィオナ殿下。

 

「真面目な、真面目な人に見えます…。あのヴァイオレットさんが…」

 

「は?はぁぁぁぁ?!」

 

俺がヤンキーのように不真面目っぽく見えるってか?!授業ぐらいちゃんと受けとるわ!たぶん。



■■


馬車から外に出る。

扉を開けた途端襲いくる町の熱気と騒がしさ。そして美味しそうな食べ物の匂い。


だが、直後。俺の剥き出しになった肩や背中にひんやりと凍える冷気が突き刺してきた。


……うう、寒い…!


失敗した。このあたりは風が強いところだった。

小指からカタカタと震えながら戻ろうとするもすでに馬車を止めらせ、フィオナもすでに涼しげな顔で下りてしまっている。


その時点でもうやっぱやめますなんていえようもなかった。グダグダな悪役令嬢である意地だ。


「ふ、ふふ…下界はやっぱり暑苦しいですわね…」


ねぇ、殿下?

そう言おうとした矢先、ひときわ強い風が吹いてきた。

なんとか内心のみで悲鳴を押しとどめることに成功したが、その風に煽られてスカートがぶわりと大きくめくれあがった。


彼女の、ではなく俺のスカートがである。


「ヴァイオレットさん、それは……」


そしてフィオナにバッチリと見られていたことに気づいた時、俺の顔からさあっとさらに血の気が引いていくのをやけにはっきりと感じた。

 

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あべこべ世界の悪役令嬢(男) @tabbeco

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