第五話
用はすんだ。
退出しようと俺が扉に手を掛けたとき、
「待ってちょうだい」
ルーリス女王に呼び止められた。
まだ何かあるのか。
いやいやながら振り返ったタイミングで彼女が何かを投げてきた。
「これは、ネックレス…?」
危なげなくキャッチしたそれは水色の石が飾られたネックレスだった。美しい石だが、似たようなものはたくさんある。
なんなんのか検討もつかない。
「転移石よ。ヴァイオレットくんにあげるわ」
「て、転移石!?そんなもの受け取れませんわ!」
俺に渡してきたのは世界で3つほどしかないといわれる超希少な魔石。
王国にはこの一つしかないものだ。
飛びたいところに流れる魔力を記憶させておけばそこへいつでも自由に行き来することができるようになる、この世界版どこでもドアだ。
刺客に襲われた時のためにも国王が持っておかねばならないものだろう。
「いいのよ。
謝罪の分もあるけれど最近、貴族たちが行方不明になる事件が相次いでいるの。念のために渡しておくわ」
「貴族達が…。逆恨みによる犯行じゃないですの?」
アルファス王国は貴族中心社会といってもいい。
民との格差はそれはもう激しく、貴族を恨む者も多い。十中八九貴族をよく思わない者による犯行だろう。
ルーリスは顔を横に振った。
「分からないわ。けれど、騎士団が総力をあげても犯人は特定できなかった。相当な手練れであることは確かよ。
気をつけなさい。あなたは公爵令嬢よ」
「……分かりました。ありがたく受け取っておきますわ。ところで、貴族達はどうなったんですの?」
すると彼女は顔を曇らせた。
「被害にあった全員、悲惨な状態でみつかったわ。」
「そうですの…」
「ええ。全裸に剥かれ、ご丁寧にもあそこに花を挿された状態で見つかったわ。なんて卑劣な…!」
あ、死んだわけじゃなく…。
不謹慎だがあそこってお尻のことなのか、ものすごく気になる。
「ま、まぁ、気をつけますわ。ありがとうございます」
今度こそ帰ろうと扉に手を伸ばしたとき、また止められた。もう帰らせてくれ。
ルーリスは俺の首に手を回してきて、
「最後の理由はね。あなたに唾をつけておきたかったの。気持ちが固まったらいつでも抱かれに来なさい。
こんなに綺麗な男の子を何もせずに見ているほど、私は女を捨てていないのよ?」
「ひゃっ!」
ペロリと耳を舐められた。
つい悲鳴をあげた俺に回していた腕をといて、ルーリスは数歩さがった。
ピンク色の舌で、艶かしくじゅるりと唇を舐めるルーリス。
やっぱり色気の年季がすごい。
ルーリスに畏怖にも似た気持ちを抱きながら、俺は彼女のことを思った。
……なんかリリア姉が言いそうなことだなぁ。
あの人は俺のお尻を撫でながら言いそうだけど。
●
ヴァイオレットが部屋をあとにした後。
ルーリスは物憂げな表情で王座に再び深く腰掛けた。
妙に胸が立ち騒いで仕方ない。
何十年と身につけていたものがなくなった、その寂しさからか。
ルーリスは大きな起伏のある胸を撫でたが、落ち着くことはない。
ある種の予感だが、彼に転移石をあげてもこの胸騒ぎが収まらなかった。
その事実がルーリスの顔を曇らせる。
「すぎたものはかえって災いになる、か。ただの予感だといいけど…」
彼は絶対に汚されてはいけない神聖な血筋だ。
だから、ヴァイオレット・ファーレンガルトの貞操だけは必ず王家に捧げられなければならないし、野蛮な獣に奪われるようなことは、絶対にあってはならない。
■■■■
帰りの馬車。
その中で俺は頰杖をつきながら窓から流れる景色を適当に鑑賞していた。
小さな家屋が並んだなんてことない風景が次から次へと流れていく。
「それで?どうしてあなたがいるんですの?殿下」
頬杖をついたまま、俺は目線だけを横に傾ける。
隣には俺と同じように着飾ったフィオナ殿下。
彼女が背筋を伸ばして、どこか決意のこもった目で俺を見つめていた。
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