第四話


どこか妖艶な雰囲気を醸し出すルーリス女王が流し目で、こちらとしてはまったく嬉しくない言葉を紡いだ。


同時に俺の空いたドレスによりむき出しになっている肩から胸、足と全身を舐め回すような視線が絡みついてくる。

ここまであからさまに見られると否応にも分かる。

前世で女性が胸などに向けられる視線に敏感な理由はたぶんこれなんだろう。

すごいもぞもぞする。

 

「わ、わたくしが美しいのは当然ですけど、国王といえど下劣な視線を向けられるのは不愉快ですわ」

 

「んっ…国王である私に堂々とそんな言葉を吐けるのもあなただけよ。

気が強い男の子、私、大好きなの」

 

ルーリスは俺の言葉に顔を赤くし、なんとも色っぽい喘ぎ声を漏らしてほんのわずかに身動ぎした。


まさか女王がドM…?嫌な想像を速攻で打ち消した。

 

「だから…」

 

ルーリスは突如立ち上がって、丈が長いスカートを引きずりながら近づいてくる。

いきなりのことに思わず後ずさろうとするも俺が座っているのはソファ。

のけぞることしかできない。


……いや、待って。人妻は俺の守備範囲外なんだ。どうやって逃げようと考える間もなく。


気づけばルーリスの顔がすぐ眼前に迫っていた。

 

俺の顔にゆっくりと手を這わせ、ルーリスは顔をさらに近づけてきた。

その目に滲むのはドロドロとした欲望。

俺の脳裏に襲われた時のことが嫌にも思い起こされる。

 

「私の物に、ならない?ヴァイオレット…」

 

ふうと俺の耳に熱い吐息がかけられ、蕩けたような猫なで声で誘惑された。


あっ…人妻も悪くな…いや、ダメだ。


間違いなく、ここでよしとほんの少しでも頭を縦に動かそうものならばこの王は俺の服を速攻で剥ぎ取って俺の童貞を奪うだろう。

むしろ貰ってくれるならばこちらからお願いしたいところだが、その場合俺は女王のもの、半永久的なおもちゃに成り果てるのが見えている。


なので俺の頬を触る彼女の手に指を添え、そのまま引き離した。

 

「お断りいたしますわ。

それに、いささか不義理ではなくて?わたくしの相手を勝手に決めたのはそっちでしょう」

 

「………そうね。あなたの言う通り。少し欲に目が眩んでいたわ」

 

ルーリスの顔から艶っぽい色が消えて凛々しい顔に戻る。

彼女は俺から離れ、玉座に座り直した。

俺の鼻を刺激していたきつい香水の匂いも消えていく。

 

「しかし、あれにやるのはもったいないと思うのよ。あなたは王国一の美貌を誇る、絶世の美少年なのだし」

 

俺は男だというのに、さも当然だという風に言うルーリス女王。


「ま、まあ、と、当然ですわ。

しかし、悔しいですが他三人の王女達もわたくし並みに美しいですわよ。悔しいですが」

 

「私の娘なのだから当たり前よ。それに、女の容姿が美しいのは当然のことだわ」

 

ルーリスはそう言って紅茶を傾ける。

確かにこの王国は俺の目からしても美少女が多い。数少ない男を得るために容姿を磨く必要があったのは想像に難くない。

 

「そうそう。あなたを呼んだのはフィオナの件だったわね。感謝するわ。

あなたのおかげであの子の価値がぐんと高まった。他の娘達と同じくらいにね」

 

「陛下は……」

 

冷たい人、というより国王らしいな。

この人は自分の娘でさえも価値の有無で見ている。俺が特別に目をかけられているのも俺が男で、この容姿だから。

その価値が高いから俺を物にしようとした。単なる下心の可能性もあるけれど。

 

「だから、あなたの望むことを一つ。可能な限り叶えてあげるわ」

 

思わず息を呑んだ。

なにか大層な物をもらって終わりだと思っていたが、まさか俺の望みを一つ聞いてくれるとは。

なかなか太っ腹な人だ。

 

そしてこれはチャンスだ。俺を雁字搦めにしている鎖の一つを砕く絶好の機会。

望むことは一瞬で決まった。

 

「ならば男性の貞操は本妻に捧げないといけないという規則。これを廃止して欲しいですわ。

わたくし、息苦しくてしょうがないですのよ」

 

あれは王国の呪いだ。俺を女装させ、何人もの男達を慰み者にさせた呪い。

俺の要望にルーリス国王は顎に手を当ててふむと頷く。

そしてカップを手に取り、再び紅茶を傾けた。

 

「なるほどね。女は狼、なんてよく言うわ。

男に飢えた女がそこらじゅうにいる中、この規則は男を苦しめていることは私も承知しているわ」

 

「ならば…」


「ヴァイオレットくん。この国がなぜ何千年も続いてこれたのか、わかる?」

 

いきなり問題に困惑するが、至極真面目にこちらを見つめるルーリス国王を見て仕方なく頭を捻ってみる。

アルファス王国が強国であり続けられた理由。

アルファス王国は資源が豊富で、土地も恵まれている。そして魔法使いが多い。

実際にうちの学院も、他国と比べ物にならないほどに豊富な人材が揃っていると聞いたし…人材?

 

「人材が、豊富…だからですの?」

 

自信満々とはいえない、なかば疑問になった答えにルーリスは顔を綻ばさせる。

 

「正解よ。

我が国には軍の主戦力となる魔法使いが豊富にいることに加え、圧倒的な兵士の数。

これが一度たりとも敗北を許したことのない王国の強さの理由よ」


王国の強さの理由が豊富にある人的資源。そしてこの世界でも子供を産むのは女だ。

そして子供を多く産ませるためには男が様々な女と交わる必要がある。

つまり…

 

「この規則は、めったに生まれない貴重な男の子種を女達に分けるためのもの…ということですのね」


「ふふっ、まさかここまで頭の回りが早いとはね。驚いたわ」

 

いろいろとこの世界について調べていたからな。


それにしても、童貞を絶対視する貴族があっけなく男が貞操を奪われる現状をよしとせず、男が貞操を死守するようにさせるため国に圧力をかけて作らせたのだと、貴族で最上位の位にいる母様から聞いたのだが。

それだけじゃなかったのか。

 

「……貴族に選ばれる男の子と選ばれない子の差別化。

結婚前に貞操を失ってしまえば貴族とは結婚できず、情夫になるか、一般の女と結婚することになる。どちらにせよ、保護の必要性がなくなった男の子の子種がより多くの女に行き渡るのは事実よ」

 

この国の女の性欲がどれだけ強いのは嫌という程知ってる。

だからこそ女装をしているのだし。それでも時折、なんとなくいやらしい視線を向けられているのは感じている。

そんな女達から貴族ほどの財力を持たない一般の女一人が男を守れるわけがない。

いずれ女達に襲われることになっても許容すると言っているのだ、この人は。

 

「男の子がどれほど貴重で、大事にするべきものなのかは重々承知しているわ。

けれど、それを理由に過保護に守り、甘やかせば男の子が増長し女達と交わるのを徹底して嫌がるようになる。

実際、男の子を大事に尊重していた国のすべてが例外なく何百年ともたたずに滅んだわ」

 

この世界で男は貴重だ。

そして俺のような、貞操失った後なら女ウェルカムな男はほぼいない。

あんな獣じみた欲を向けられて女を好きになれる男がおかしいのだ。

 

それでも国を守るためにはそんな男を雑に扱ってでも多くの人が子供を産めるようにしないといけないということだろう。

そりゃそうだ。

どんな戦いでも、兵の数が多いか少ないかで大体の勝敗が決する。

少ない軍勢で大量の軍勢を相手にして勝つ、そんな英雄譚のようなことはめったに起きないのだから。

 

 

 

「ごめんなさいね。大事な男の子であるあなたに苦しい思いをさせているのはよく分かっているわ。

けれど、私はこの国の王なの」

 

一国の王に頭も下げられてしまえば、俺はもう何も言うことは出来なかった。

 

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