第8話

なんとかお花を摘みに行くという魔法の言葉で危機を脱した俺は今、学園に来ていた。

 

 

アレクシア魔法学園。

その名の通り魔法を教え、個々の魔法力を高めるための学校。

ここに通う生徒たちの多くは名のある貴族であり、ここで品を学ぶという側面もある。

そしてこの学校に入学できる庶民は魔法の才能が特別優れていなければならないという狭き門だ。

 

俺は馬車から降りて、侍女のレイラさんを伴いながら校門をくぐる。

 

俺が姿を見せた瞬間、前を歩いていたお嬢様達が瞬く間に左右に分かれ、道を作る。まさにモーゼの海割れを彷彿とさせる光景。神はこんなにも虚しいんやなって。

 

「行きますわよ」

 

「は、はい」

 

コツコツと靴音を響かせ、背筋をピンと伸ばしながら上品に歩む。道を進むたびに突き刺さる怯えと嫌悪の眼差し。それでも敵意を向ける者はほとんどいない。

前の俺が昔、歯向かってきた令嬢を斬り捨てようとしたからだ。すんでのところで止められたが、床に突き立てられた剣と恐怖のあまり失禁したあの嬢の顔はいまでも夢に出る。だから自業自得だ。

 

綺麗な内装の校舎の中に入り、教室に向かう。室内とはいえ向けられる視線の種類が変わることはない。

 

ガラリとドアを開き、教室に入る。

するとざわざわと廊下からも聞こえていた喧騒がしんと静まり返った。これもまたいつものこと。

 

俺はフンと鼻を鳴らして、その奥へと進む。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

声をかけてきたのはほぼ毎日、俺が教室に入ってきた時に絡んで来る少女だ。

 

「あなたよ、悪魔。また今日もずいぶんと偉そうにふんぞりかえって。

あなたが行くべきところはここじゃなく、暗く冷たい牢獄でしょう!」

 

ずいぶんとひどい物言いをする、どこか庶民臭がする彼女こそが原作の主人公、アイリーンである。

そのアイリーンがここまで敵愾心を剥き出しにするのは前の俺の悪行をバッチシ目撃されたからだ。

主人公らしく人を大事に思い、正義感の強い彼女に俺のやった事は到底許せるものではなかったのだろう。

とはいえ、ここまで気がつよい子ではなかったと思うのだが。頼れる男がいなかったせいか。

 

「ちょっと、聞いてる?!」

 

そしてもう一つ。男女比が非常に偏ったものになったせいか、起きたイレギュラー。

 

"やめましょう、リリィさん!殺されちゃいますぅ"

"そうだ、むやみに関わらない方がいい。ここから離れようアイリーン。"

 

それは主人公の攻略対象となる男達が女と化して、主人公パーティーがただの仲良しクラブとなってしまっていたのだ!

 

涙目で俺から離れようとアイリーンに何度も掛け合っている彼女、ラッカ。

もとはショタでイケメンでありながら気弱で女性に甘えてくるというキャラ。

それがプレイヤーの母性を刺激したのか、人気もそれなりにあった。

 

続いて、爽やかに胸元を開き、短い短髪。

前世で言うスポーツ少女の模範ともいえる彼女、ヴィッテ。

ゲームでは同じように胸元を開いた爽やか風イケメンで人気を博していた。清潔感は大事ってことね。

 

そんな2人だが、彼女たちはそれでも貴族。位は低いが子爵だ。それが庶民である主人公と関わりを持っているし、完全に原作のストーリーが破綻しているわけではないのかもしれない。

 

しかし、ゲームのRPG要素を気に入っていた俺からすればこの人気キャラだった二人によく思われておらずともほんのすこし心が痛むだけですむ。問題ないといったらないのだ。

 

「………」

 

俺の前に立つアイリーンの横を通り過ぎ、最奥の窓際の席へと俺は歩み始める。こういう相手は無視が一番手っ取り早い手段。

しっかし、主人公がここまで悪役令嬢である俺に突っ掛かってくるとは。原作では攻略対象達に守られるばかりだったというのにここまで性格が変わるものなのか。

 

「待ちなさいと言っているでしょう!」

 

俺の態度が腹に据えかねたのか、アイリーンが俺の肩を掴んで引き止めてきた。はぁ、なんかアイリーンの方が悪役に見えてきたぞ。

 

俺がその手を振り払う前に、ガシッとアイリーンの手を掴んだ者がいた。

 

「ヴァイオレット様のお体に触らないでください」

 

レイラさんが今まで見たことがないほどの険しい顔でアイリーンを睨みつけていた。

アイリーンの顔が歪み、跳ねるようにして俺の肩から手を離す。

 

「あなた、その悪魔に唆されているのでしょう?かわいそうに」

 

手首を押さえながらもアイリーンはレイラさんに同情の目を向ける。

前の俺だったらやりそうなことだもんな。そう言われてもしゃあない。

 

「ヴァイオレット様を悪魔と呼ぶのもやめて下さい。この方はそんなお人ではありません!」

 

「レイラ、よしなさい。キャンキャンと吠える犬に何を言っても時間の無駄ですわ。さっさと席につきますわよ」

 

すぐにでも殴り合いが起こりそうなほどに肩を怒らせているレイラさんを下がらせる。彼女がそう言ってくれただけで俺はやっていける。あとは慰めにおにぎりを貰えればさらにいい。

 

「この…!」

 

「やめておきなさい。このわたくしに魔法を使えばあなた、牢獄行きどころか極刑になりますわよ?」

 

俺の忠告にこれでもかと芋虫を噛み潰したような顔になるアイリーン。

どうか俺と争うんじゃなくてぜひとも魔王と争っていただきたい。

あなたがやってくれないとマジでこの国滅ぼされちゃうから!

 

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