第6話

「さて、今日君たちが集まってくれたのを心から嬉しく思う。私がわざわざ君たちを召集したのは我が家に到底看過出来ない、重大な事が起こったからだ」

 

起きたばかりの腹を大きく刺激してくる、美味しそうな匂いが大広間に漂う、いつもの朝食の時間。

 

その初めに俺の母、リリスはなぜかゲンドウポーズを取りながらそう切り出した。

 

リリス=ファーレンガルト。

のほほんとした優しげな顔に似合わず、ファーレンガルト公爵家現当主を務め、この国で王家に次ぐ莫大な権力を持っているお方だ。

この人には王家の者以外、絶対に逆らうことはできない。

 

「私が大事にお世話をしていた庭が更地となっていたの。これはいったいどういうことかしら?」

 

口調がさっそく崩れはじめた母様を眺めながら、俺は冷や汗とともに今日の朝のことを思い浮かべる。

気持ちいい朝を迎え、カーテンを開けば豊かな木々と花が生い茂っていた我が家自慢のお庭が真っ裸になっていた。

あまりにも非現実的なもので普通に夢かと二度寝したぐらいだ。およそ人の所業とは思えまい。

 

「私が至らぬせいです。母様、処罰を下すならばどうか私に」

 

「……わたしがやった」

 

リリア姉がきりりと覚悟が決まった顔で頭を下げ、ノワールは微塵も反省を感じさせない無表情で淡々と白状する。

半壊ならまだしも、いやよくはないが喧嘩という範疇ではないだろう。

二人は間違いなく殺し合っていた。


そんなに仲が悪かったとは知らなかった。思い出してみれば二人が会話をしている所などほとんど見た事がない。

 

俺は開けば悪態が飛び出す口を頑なに閉じながら、絶対に二人の間に挟まるのはやめようと決意する。

 

「そう。つまり、二人がやったということね」

 

母様がポツリと呟いた瞬間、大広間が瞬く間に凍り付いた。

部屋中だけではない、リリア姉とノワールの首から下までもが氷に包まれた。

 

一瞬の出来事。

高い地位にまったく劣らぬ、恐ろしいまでの魔法の発動速度と威力。

俺の首筋をつたっていく冷や汗も吹き荒れる冷気によってあっという間に凍りつき、俺の体温を確実に奪っていく。

あ、お腹痛くなってきた…。

 

「くっ…母様、何を」

 

「……寒い」

 

顔だけしか動かせなくなった二人を冷たく見据えながら母様は立ち上がり、ゆっくりと冷気を漂わせた手を向ける。

 

「リリスお母様!やりすぎですわ!気を落ち着かせになってくださいまし!」

 

見ていられず、俺は立ち上がって母様を静止する。

このままだとリリア姉とノワールが氷像となってしまう。

これはさすがにアカン。

 

「………」

 

母様はそこでようやくこちらに目を向けた。

体の芯まで凍り付かされそうな極寒の目に俺の体が武者震いにも似た、大きな震えを起こす。

 

「分かったわ」

 

母様は頷き、ゆっくりと手を下ろす。

それと同時に部屋中の氷と二人にまとわりついていた氷も霧散し、以前の状態にもどった。

 

「助かった、ヴァイオレット」

 

「……感謝」

 

自由が戻り、たしかめるように体を動かしている二人が俺に礼を言ってくる。

俺の心臓まで凍りつくかと思ったわ。

 

「まったくですわ。無関係のわたくしまで巻き込まないでくださいな」

 

俺がいつもの悪態を吐いた時。

ノワールの顔が一瞬だけ、ひどく歪んだ、気がした。

 

「今回はヴァイオレットちゃんの顔を立てて許してあげる。でも次はないからね〜」

 

いつもののほほんとした雰囲気に戻った母様は二人に手を向ける。

これはマジだ。

次やったら今度こそふたりを氷像にするつもりだ、この人。

 

コクコクと頷くノワールとリリア姉。肝が太そうな二人でもさすがにこの人は怖いらしい。

 

「じゃ、食べようか〜」


そう言って母様は腰を下ろし、食事に手をつけはじめた。

この国には音頭という習慣はないのだ。

俺も動かすたびに身体中を走る激痛に顔を顰めながらスープをちびちびと飲み始める。

温かいって素晴らしいよね。

 

「……お姉様」

 

「なんですの?」

 

いきなりノワールにくいくいと袖をひかれた。

俺は左隣のノワールに顔を向け、驚愕に思わずスプーンを落としそうになった。

 

ノワールは即興で作ったと思われる、氷の鎧を俺の前に掲げていた。

しかも結構精巧な作りである。

 

「これをつけろ、ということ?」

 

自慢げな顔で頷くノワール。


いやいや、なんでだよ。

こんな鎧つけて朝飯食べるのは絶対におかしいだろ。

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