第4話
あれからリリア姉は俺の尻をさらにひと撫でして武道場から去っていった。
あの人は生真面目に見えて欲望に忠実なところがあるから油断ができない。誰が騎士を体現した人とか言ったよ。
そして俺は今。冷たい石床に身を放り出し、何も考えずにただ白い天井を見つめていた。少し動けば全身に強烈な激痛が走るので歩くことなんてできなかった。
「なにを、やっているんでしょうね……おれは…」
無機質な、真っ白の天井。
全身に走る痛みと共にそれを見ているとだんだんと虚しいような、ばかばかしいような気になってくる。
この世界は理想郷でもなんでもない。
結婚前に貞操を奪われば人生真っ逆さまに転落してしまう上に、本来の力も取り上げられた。原作のヴァイオレットは主人公パーティ全員を相手取れるほどの実力を誇っていたというのに、俺は魔法も使えず剣技を磨くことしかできない。
しかしそれすら女であるリリア姉には全く通じなかった。まるで羽虫を払うかのようにあしらわれた。
……もういっそのこと、この国から逃げだそうか。
ラスボスの魔王。
原作のバッドエンドルートではこの魔王たった一人にアルファス王国が滅ぼされるという結末が待っている。リリア姉以上の化け物もいるというのに、王国すべての人々を皆殺しにされる。
そして最悪なことに、この世界も同じバッドエンドを迎える可能性は非常に高い。現に魔王軍に滅ぼされた国は共通していくつかあるし、その残忍な性格は原作とほぼ同じだと考えていいだろう。
そうはいっても俺がどれだけ強くなろうとも魔力の格差を埋めることなどできようもなく、ましてや俺が魔王を倒すなんて夢のまた夢。
俺が女装する羽目になった悪しき元凶である貞操を守らないといけないというルールを定めた、歪な国と心中など絶対にしたくない。
せっかく記憶を思い出したのだから、俺はめいいっぱい美少女達とパフパフしたい。新たなパラダイスを求めて旅にでも出るべきだ。
やはり逃げるのが名案。
これ以上この国にいても俺は色濃い恐怖の眼差しに晒され続けるだけ。町中から、学院の生徒達から向けられるあの視線に耐えられるほど俺の精神は図太くない。
俺の味方だってリリア姉ぐらいしかいないのだ。彼女には悪いがさっさと荷物をまとめて他の国に逃げよう。そうしよう。
鼻の奥がツンとして、視界が滲んでくる。それを不快に思いながら、服で拭おうとした時。
「あの、大丈夫ですか?」
「くぁwせdrftgyふじこlp!?!?」
俺の他には誰もいないと思っていた空間に人の声。俺は驚きのあまり飛び起きた。
「な、なんだ…あなたですか…」
痛みに顔を顰めながら声のした方を見れば、入り口の所で侍女のレイラさんが顔を覗かせていた。俺は大きくため息をついて、再び悪役令嬢としての仮面をとりつける。
「何をしにきたんですの?ここはただの下僕ごときが入っていい場所ではないですわよ」
レイラさんは俺の苛立ち紛れの言葉にぐっと唇を噛んだかと思うと、おずおずと布に包まれた箱を手前に差し出した。
「お、お食事を作ってまいりました。ヴァイオレット様、お疲れでお腹を減らされていると思いまして。」
わざわざ俺のために作ってくれたのか。俺はレイラさんが差し向けた弁当箱を冷めた気持ちで眺める。
「あなた、何か勘違いしておいでで?前にわたくしがあなたに施しを与えたのはたまたまそういう気分だったからやったまでですわ。
どうせ、またわたくしにすり寄って施しをもらおうとでも考えているのでしょう?」
俺の八つ当たりも含んだ問い掛け。それをレイラさんは身を乗り出して否定した。
「違います!私はヴァイオレット様がお腹を空かしていないか心配で…」
「ふん、じゃあ無駄なことをしましたわね。今のわたくしはお腹を減らしてなど…」
グウウゥゥゥ……!
俺が弁当を払いのけようとしたその時、まるで俺を貶めたいかのようなタイミングで腹の虫の声が盛大に鳴り響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます