第18話 うまれいでしものよ、うぶごえをあげよ
「ただいま。……ちえり?」
玄関に上がった僕は、何の反応もない事を訝しく思いながらリビングへと向かった。
返事がないということは、眠っているのだろうか。照明がついているということは、ちえりは在宅だということだ。
――昼間の一件で、顔を出すのが気まずいのかな。
あれこれ想像を巡らせながらリビングのドアを開けはなった瞬間、僕はその場に立ち尽くした。リビングのソファーにはちえりが、一糸まとわぬ姿で横たわっていた。そしてソファーの前に下着一枚で立っていたのは、ちえりの恋人を気取っていたあの男性だった。
「あんたは――」
「これはこれは、騎士のご登場か。だが遅かったな。ご覧の通り、お姫さまはたった今、俺が頂いたところだよ」
「まさか無理やり、ちえりを……」
「おっと、妙な言いがかりはよしてくれ。ちえりは同意の上で俺に抱かれたんだぜ」
「嘘だ、そんな話、僕が信じると思うか」
「信じようが信じまいが、そいつはあんたの自由だ。だがあんたが来る数分前まで、この女は俺の下で好きだのもっとだのとあられない声を出してたんだぜ」
「やめろ。ちえりがそんなこと、言うはずがない」
「――だとよ。愛されてるねえ、お姫様」
男性が振り返ると、ちえりは僕から苦し気に顔を背けた。
「まあ、最近じゃちえりはあんたに熱を上げてるようだし、この身体を味わうのも今日で終わりにしてやるよ。せいぜい慰めてやるんだな、坊や」
男性委の唇が嘲るように歪められた瞬間、僕の中で何かが弾け飛んだ。
今までに感じたことのない激しい憤りが、封印されていたもう一つの『力』を動かすスイッチに電流を流しこんだのだった。
「うおおおっ」
僕は雄叫びを上げると、シャツを脱ぎ捨てた。同時に、僕の身体に予想外の変化が生じ始めた。左右の腕が肩口から手首にかけて一文字に裂け、同時に胸の真ん中から腹筋までが同じように裂けた。左右に引き裂かれた皮膚の下から現れたのは、凶々しい輝きを放つ金属の肉体だった。
「ばっ……化け物……」
男性は目の前の光景に気圧されたのか両目を見開き、信じられないというように頭を振った。
「ぐあああっ」
僕は原因不明の息苦しさを覚え、呻き声を上げながら上体を折った。すると背中の皮膚が裂け、下からこぶのような金属の突起がせり出した。
――エネルギーコンバーターだ!
僕はそれがなんであるかを直感すると、再び上体を起こした。
「わ、わかった、謝るよ。だから……殺さないでくれ」
男性は下着姿のまま後ずさると、歯を鳴らしながら哀れを乞うように何度も頭を下げた。
僕は血と脂肪――実際には人工血液と人口脂肪なのだが――をぼたぼたと床に滴らせながら、引き裂かれてぼろきれのようにぶら下がった『人間の皮』をその場に脱ぎ捨てた。
「ちえり……」
真っ白な顔で震えているちえりに僕が呼びかけた瞬間、左右の視界が二つに割れて顔面が裂け、機械の頭部が露わになった。
「いやああっ!」
ちえりは恐怖に叫びを上げると僕から逃げるように身を逸らせた。ソファーの脇でガタガタ震えていた男性は、僕と目が合うと「ひっ」とひきつけを起こしたような声を上げた。
男性はそのまま身を翻すと僕の横をすり抜け、靴も履かずに部屋を飛びだしていった。
僕は生まれたての赤ん坊のように濡れた身体で、ソファーの上のちえりに歩み寄った。
「これが……これが本当の僕の身体だったんだ。でもちえり、中身は同じなんだ。だから……」
「――いやっ、こないでっ!」
ちえりはソファーの上で身体を縮めると、いやいやをするように頭を振った。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
体を丸めたまま何度も詫び、許してと懇願を繰り返すちえりを見て、僕は全てが終わったことを悟った。
「わかったよちえり、今までありがとう。怖い思いをさせるつもりはなかったんだ。ごめんよ」
僕は小さな子どものように怯え続けるちえりに背を向けると、一週間と少しの間安らぎを与えてくれた部屋に別れを告げた。
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