第17話 もてあそばれしもの、さとれ


「君の帰るところは決まっている。おとなしく来るんだ」


 追っ手は不気味に言い放つと素早く動き、僕の腕を縛めようとした。思わず腕を振ると、追っ手は人形のようにふっ飛ばされて床に転がった。


「えっ?」


「ふむ、大した力だ。だがまだ、制御できてはいないようだな」


 もう一人の追っ手は意味不明の言葉を吐くと、警棒のような物を僕に向けて振りかざした。次の瞬間、金属がぶつかるような音がして追っ手の武器がはじけ飛んだ。


「くっ……防御プログラムが作動したか。どうやら強硬手段に訴える必要があるようだ」


 追っ手はそう言うと、ポケットからスタンガンを思わせる物体を取り出した。


「いささか乱暴だが、ブレーカーを落として機能を強制停止させてもらう。覚悟しろ」


 謎めいた脅しを吐きながら、追っ手が距離を縮め始めた、その時だった。


「――ぐっ」


 いきなりくぐもった呻き声を口にしたかと思うと、追っ手が床に崩れ落ちた。


「なんだ?」


 倒れた追っ手の背後から姿を現したのは、眼鏡をかけた細身の女性だった。


「約束を破っちゃだめじゃない、猪瀬君」


「あなたは……」


「私は多岐川歩。はじめまして、猪瀬心太君」


 女性は自己紹介すると、倉庫の隅で身を縮めている結城を見た。


「あなたも脇が甘いわね、結城さん。この子の身柄は私が頂いてゆくわ。文句はないわね?」


 歩が厳しい口調で言うと、結城は「ああ」と返して力なく項垂れた。


「さ、こいつらが目を覚まさないうちに行きましょ、猪瀬君」


「あ、あの……ありがとうございました」


 僕が助けてもらった礼を口にすると、歩は「本当に世話が焼けるんだから」と相変わらずの上から目線で言い放った。


 倉庫を出ると、すぐ近くに歩が乗ってきた車と思しきバンが停まっていた。

 歩に促され、助手席に乗り込んだ僕は「どこへ行くんですか」と尋ねた。


「私の研究室よ。ここからは悪いけど逐一、私の指示に従ってもらうわ」


「待ってください、まだちえりに……世話になっている女性にお別れを言ってないんです」


 僕が訴えると歩は路肩に車を停め「あんな目に遭ったっていうのに、まだわかってないのね」と言った。


「僕が何か危険な計画に組みこまれていることはわかりました。でも、どうしてもちえりにだけは、きちんとお別れを言っておきたいんです」


 歩はため息をついて理解不能と言わんばかりに頭を振った後、「仕方ないわね」と言った。


「明日はちゃんと来るのよ、いい?」


「わかりました。必ず行きます」


 僕が答えると、歩は「それじゃ部屋まで送るわ。疲れたでしょ」と言ってバンを出した。


 助手席で身を縮めながら、僕は自分が全く疲れていないという事実に驚愕を覚えていた。

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