第15話 ひきさかれしものよ、こらえよ


 僕はいてもたってもいられず、その場を飛びだして後を追いかけ始めた。


「――ちえり!」


 一区画ほど行ったところで追いついた僕は、ちえりの背中に向かって呼びかけた。


「……シン君?」


 振り向いたちえりの目が大きく見開かれ、僕から逃れるように二、三歩後ずさった。


「ちえり……今の男は?スナックの手伝いに行くんじゃなかったのか?」


 僕は知らず知らずのうちに、問い詰める口調になっていた。


「見ていたのね」


「ああ。悪いとは思ったけど、どうしても気になって……僕に嘘をついたのか、ちえり」


「……シン君、私ね、あなたが思っているような女じゃないの」


「そんなことどうでもいい。僕が知りたいのは、そんなことじゃない」


 僕が強い口調で言うと、ちえりは覚悟を決めたように、僕の目を見据えた。


「君が僕に優しくしてくれるのは、単なる同情なのか?それとも……」


「違うわ。同情なんかじゃない」


 ちえりの目に怒ったような、それでいて哀し気な光が宿った。


「私、あなたのことが好き。……でもあなたは私といてはいけない人なのよ」


「どうして?僕が記憶喪失だから?」


「違うわ。……ごめんなさい!」


 ちえりは目を逸らすと、身を翻して僕の前から走り去った。


 ――ちえり……僕は一体、どの君を信じればいいんだ?


 僕がその場に呆然と立ち尽くしていると、ふいにスマホの着信音が鳴った。


『結城です。重要な話があります。今からM町一丁目にある光芝印刷の倉庫まで来てもらえますか。地図を添付しておきます』


 結城からのメールを読んだ僕は、歩からも来いと言われていたことを思いだした。地図を見ると、ここからすぐの場所らしかった。


 ――仕方ない、歩には遅れると断って、先に結城と会うことにしよう。


 僕はずたずたの心を抱えたまま、スマホをしまうと頭の中に倉庫への地図を思い描いた。

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