第13話 あしらわれしものよ、ほえろ


 僕の足が思わず止まったのは、階段を上がり切って外廊下を歩き始めた直後だった。


 ――ドアが開いてる?宅配かな。


 僕はちえりらしからぬ不用心さに妙な胸騒ぎを覚えつつ、部屋に近づいていった。


 僕の足が再び止まったのは、部屋まであと数歩という距離まで来た時だった。


 僕の耳が、隙間から漏れ聞こえるちえりと誰かのやり取りを捉えたのだった。


「今、面倒を見ている人がいるの。だから帰って」


「ふん、もう新しい男ができたのか。お前らしいな」


 ちえりと会話している人物は、どうやら男性らしかった。僕はいったん引き返そうと思いつつ、その場で聞き耳を立てていた。


「好きなように邪推してくれていいわ。とにかく帰って」


「わかったよ、邪魔したな。……それにしても誰だか知らんが裏切られるとも知らずに気の毒な奴だ」


 男子は横柄な口調をあらためることなく、ちえりに辞去を告げた。まずい、身を隠さなきゃと思いつつ、僕は気がつくとドアの方に歩み寄っていた。


「……んっ?」


 僕がドアの取っ手に手をかけようとした瞬間、長身の男性がぬっと顔を出した。僕はここでひるんでは駄目だと思い、客人に驚いたかのような「おや?」という顔をしてみせた。


「あんたがちえりの新しい男か。……若いな。こういうタイプも好みだとは知らなかったぜ」


 男性は僕を一瞥すると、薄笑いを浮かべた。


「何か御用ですか?」


「別に。……なああんた、この女とどんな関係か知らんが、ほどほどにしておいた方がいいぜ」


「どういう意味です?」


「言葉通りの意味だよ。今のうちに目を覚ました方がいいぜ」


 男性はそう言って僕を押しのけると、外廊下に足を踏みだした。


「ちょっと待て。いくらなんでも聞き捨てならないな」


「なんだと?」


「僕は何を言われても構わないが、ちえりを侮辱するのは止めろ。さもないと……」


「さもないと、なんだい」


「やめて!」


 僕は男性から視線を外すと、白い顔で廊下に立っているちえりを見た。ちえりは僕が今までに見たことのない険しい表情を浮かべていた。


「お話は十分、うかがいました。帰ってください。……シン君、その人に構わないで」


 ちえりが震え声で言うと、男性は「だとよ」と言って僕の胸を小突いた。


「兄さん、粋がって格好つけるのもいいが、もう少し女ってものを知った方がいいぜ」


 男性はそう言うと、僕の前から去っていった。僕がドアを閉め「ただいま」と言うと、ちえりは俯いたまま「お帰りなさい」と小声で返して背を向けた。



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