第7話 おぼえのあるものよ、たすけよ
翌日、バイトに出勤するというちえりと最寄り駅でわかれた僕は、その足で結城から聞いた『光芝印刷』へと向かった。
僕はポケットからちえりに借りたスマホを取りだし、『光芝印刷』のアクセスを確かめた。
「これ、貸してあげる。仕事用に買った二台目だけど、ほとんど使ってないの」
ちえりはそう言って個人情報を消しもせず、僕にスマホを手渡した。もちろん、ちえりに関するログなど見るつもりはない。自分の過去を調べる時の手助けに過ぎなかった。
電車を降りて目的地のある町に降り立った途端、僕の脳裏にある映像が鮮明に立ちあがった。それは、先ほどの地図で見た『光品印刷』までの経路だった。地図上には目的のビルがマーカーで表示されているだけで、どうやっていけばいいかは出たとこ勝負だった。
だが、駅に降り立った瞬間、僕の中に土地勘もない街の縮図がありありと浮かび、目的地までの最短経路が線を引いたようにくっきりと思い浮かんだのだ。
――なんだこれは。直感像とかいうやつか?
僕は思っても見なかった能力に驚きつつ、まっすぐに目的の建物を目指した。一度写真を見ただけでリアルな絵が描ける能力の話は聞いたことがあるが、それとも違う気がした。
やがて十分ほどで目的のビルについた僕は、案内表示で『光芝印刷』のある階を確かめると、薄暗い階段を登り始めた。
『光芝印刷』は工場が別にあるらしく、ドアをくぐると営業部門と思しきオフィスが目の前に現れた。
「あの、すみません」
受付カウンターで奥に向かって声をかけると、女性職員が「何でしょうか」といくぶん硬い口調で応じた。
「猪瀬というものですが、結城さんはいらっしゃいますか」
「結城ですか?……しばしお待ちください」
女性職員はいったん奥に引っ込むと、どこかへ内線電話をかけ始めた。やがて戻ってきた女性職員は、「お待たせしました。カウンターの端から奥へ進んで、ドアの向こうです」と言った。
僕は「ありがとうございます」と言って頭を下げると、促されるままフロアの奥にあるドアをくぐった。真っ先に見えたのは応接室のような狭い空間と、机に向かってパソコンを操作している痩せた中年男性だった。
「失礼します。……猪瀬と言います」
僕が男性に向かって声をかけると、男性が始めて気がついたというように顔を上げた。
「猪瀬?……なんてことだ、本当に君だったのか」
男性はどうやら僕と過去に会ったことがあるらしく、眼鏡の奥の目を信じられないというように見開いた。
「結城さんですね?はじめまして。ここに来れば僕の素性に関することがわかると思って、訪ねさせていただきました」
僕が挨拶すると、結城は「うん、まあそれしかないだろうな」といまひとつ煮え切らない反応を示した。
「何か僕に関してご存じでしたら、教えて頂けませんか」
「もちろん、知っていることはある。だが、君にすべてを教えるのはまだ早い。段取りを踏まねば君自身がきっと困るだろう」
「どういうことです?」
「参ったな……君とじっくり話すには、私の方にも相応の準備がいるのだ。それにここではまずい。私の本業であるコンサルタント会社の方で話そう」
「コンサルタント会社?」
「そうだ。世の中には色々とおおっぴらに事業内容を宣伝できない会社も存在する。わたしが手がけているのは、そう言った秘匿性の高い事業なのだ」
「じゃあここはダミーのオフィスというわけですか」
「知り合いが安く貸してくれてね。今から連絡先のメモを渡す。準備ができ次第、私の方から連絡するからできるだけこの番号にはかけないでほしい」
結城はそういうと、メモに何やら走り書きをして僕に手渡した。
「そのメモにはもう一人、私のほかに君の力になってくれる人物の名が記してある。だが、その人物にも君からみだりに連絡してはいけない」
僕は恐る恐る、メモを覗きこんだ。メモには結城の連絡先のほかに、人物の名前らしい単語と電話番号が記されていた。
「その人物は私以上に君のことに詳しいはずだ。君が自分の身体のことで何か異変を感じたら、その人物がサポートしてくれるはずだ」
「身体の異変?……どういうことですか」
「それを話せば長くなる。……すまないが、今日はこれから人に会わねばならないのだ。一両日中には何とか目鼻をつけて連絡する。今日のところはこのくらいで勘弁してもらいたい」
結城はそう言うと、スマホでどこかに電話をかけ始めた。僕は少し迷った後、ちえりのスマホの番号をメモに記し、結城に手渡した。スマホを借りた時、ちえりに「必要があったらこのスマホの番号を教えてもいいよ」と言われていたのだ。
「すまないな。この次はもう少し、時間が取れると思う」
結城はそう言うと、片手を上げて再びなにやら作業に取り掛かった。僕は頭を軽く下げると「お忙しいところ、ありがとうございました」と言って結城のオフィスを後にした。
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