第5話 ふたしかなるものよ、こたえよ
ちえりの部屋はこじんまりとしたワンルームマンションだった。
「驚いた?女の子の部屋らしくないでしょ」
ライダースジャケットを脱いで丁シャツ姿になったちえりは、照れくさそうに言った。髪を束ねてはにかむ様子に最初の鋭さはなく、どこか少女めいて見えた。
「随分と本がたくさんあるけど、学生さんなの?」
僕は棚にぎっしりと詰め込まれた医学や心理学の本を見て思わず尋ねた。
「通信だけどね。ケアマネージャーかカウンセラーになれればって思ってるの」
「今は?」
「医療事務をしながらスナックで働いてたんだけど……昼の仕事が先月、契約切れになっちゃったんで、今はコンビニのバイトと週末のスナックだけよ」
「ふうん、苦労してるんだね」
「そうかな。みんな何かしら苦労してるでしょ。私は人と比較なんてしない。してもいいことなんてないから」
ちえりは自嘲めいた笑みをこしらえると、冷めた言葉を口にした。
「ごめん、しらけるようなこといっちゃって。……そうだ、君、心太君だったよね。『シン君』って呼んでもいいかな」
僕は即座に頷いた。本当はもしかしたら心太じゃないかもしれないが、名前を呼んでもらえるだけでもありがたい。
「ところで話は戻るけど、あなたを追いかけてた人たちに本当に心当たりはないの?」
ちえりに正面から顔を覗きこまれた僕は、少し考えて正直に記憶喪失の事実を打ち明けることにした。
「……信じられない。だけど嘘をついているとも思えないし、あなたの大変な状況はよくわかったわ。とりあえず、何か手掛かりが見つかるまでここにいていいわよ」
ちえりの申し出に僕は胸がいっぱいになった。でも会ったばかりの人にそうそう甘えてはいられない。
「ありがとう。でも長くいたら迷惑がかかるし、二、三日以内に手がかりを見つけるよ」
「無理しないで。その代わり、何かあなたの身元に関することがわかったら私に教えて」
「もちろん、すぐ教えるよ。……いいニュースとは限らないけど」
「まずはその、結城さんっていう人を訪ねてみるのが先決ね。あ、でも外を出歩く時は、『追っ手』に気をつけなくちゃいけないのか」
僕は頷きつつ、お尋ね者かもしれない人間のことを心配してくれるちえりに感謝した。
「ちえり……さん、僕はひょっとしたら犯罪者かもしれないんだよ。あんまり親身になって手助けすると後で困るんじゃない?」
僕が遠慮がちに尋ねるとちえりは「ちえりでいいわ」と言い、それからきっと眉を上げて険しい表情になった。
「だとしても、放っておけないわ。ネガティブに考えちゃだめ。あなたはきっと身に覚えのない濡れ衣を着せられてるのよ。そう思った方がいいわ」
「じゃあ僕がどこからか大金を横領してて、追っ手の奴らはその場所を知りたがってるんだとしたら?」
「私も一緒に大金を探しに行くわ。面白いじゃない」
屈託のない笑みを浮かべるちえりに、僕は決定的な質問を放った。
「……じゃあもし、僕が人殺しだったら?」
ちえりは一瞬、目に困惑の色を浮かべた後、意を決したように口を開いた。
「自首を勧めるわ。――その代わり」
「その代わり?」
「毎日、面会に行ってあげる」
ちえりはそう言うと、だから安心してというように僕の手に自分の手を重ねた。
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