第4話 うたがわれしものよ、ゆだねよ
――光芝印刷か。どうやって行ったらいいんだろう。
僕はコンビニの壁面にある『光が丘9の1』という番地表示を眺めた。どうやらさほど遠くはないらしいが、それでも土地勘のない自分にはどの方向に歩いた物かもわからない。
――しかたない、番地表示を調べながら適当に歩きまわるか。
僕が腹をくくって電話の前から離れようとした、その時だった。誰かが自分の方を見ている気がして、僕は思わずあたりを見回した。すると一区画先の街路からこちらに向かってやってくる二人組の人物が目に留まった。その瞬間、僕の中で緊急警報が鳴り響いた。
――あの二人組……見覚えがある。僕を探しているんだ!
記憶が戻っていないにもかかわらず、僕は自分の身に危機が迫っていることを直感した。
僕は二人組に挙動を悟られぬよう、そっと体の向きを変えると早足でその場を離れた。
背後の足音が駆け足に変わったことに気づいたのは、歩き出して間もなくのことだった。
――まずい!
僕は駆けだすと、一心に次の角を目指した。どこでもいい、姿を隠せるような物陰を見つけなければ。角を曲がった僕は速度を緩めることなく走り続けた。そうしていくつかの角をでたらめに曲がった後、僕は目に入った小さな駐車場に飛び込んだ。僕は目についたミニバンの陰に身を潜めると、そのまま息をひそめた。
――こんなんで、やり過ごすことができるのだろうか。
僕はびくびくしながら、追っ手の気配をうかがった。やがていてもたってもいられなくなった僕は、ミニバンの窓越しに通りの様子を透かし見た。見える範囲に追っ手の姿はなく、僕は太い息を吐くと立ちあがって車体の外に出た。
「――君、なにやってるの?」
いきなり声をかけられた僕は、思わず飛びあがりそうになった。いつの間に現れたのか、気がつくとすぐ傍に一人の若い女性が立っていた。
「まさか君、車上荒らしじゃないでしょうね。警察に通報してもいい?」
女性は気の強そうな顔で、ストレートヘアにライダースジャケットが良く似合っていた。
「いや、あの……車上荒らしだなんて、そんな。変な奴らに追いかけられて、つい……」
「変な奴ら?」
僕は仕方なく、会ったばかりの女性に道で怪しい連中に追いかけられたと打ち明けた。
「まったく覚えがないの?おかしいわね。そんな話ってあるかしら」
女性の切れ長の瞳が、嘘は許さないわよといわんばかりに僕の目を覗きこんだ。
「とにかく捕まったら何をされるかわからないと思って、それで車の陰に隠れてたんです」
僕は記憶喪失や結城のことは一切告げず、目の前の女性をやり過ごそうとした。だが、女性は僕の弁明を聞くと、ますます険しい表情になった。
「どうやら本当に心当たりがないみたいね。……わかったわ」
よかった、どうやら女性は通報を思いとどまってくれたらしい。僕がほっとして「それじゃ、僕はこれで……」と言って立ち去ろうとした、その時だった。
「待って。すぐ行っちゃだめよ。……その連中、まだ近くにいるかもしれないんでしょ?」
予想外の言葉に、僕は驚いて目を瞬いた。ひょっとして、僕の身を案じてくれてる?
「しょうがないな、ほとぼりが冷めるまで、私のところでかくまってあげるわ。乗って」
女性はそう言うと、すぐ近くに停めてあるバイクを目で示した。
「十分も走れば私のアパートに着くわ。……ただし、ヘルメットがないから、振り落とされないよう気をつけて」
女性はそう言い放つと、僕にバイクの後部席に乗るよう促した。
「私は
「猪瀬心太。……だと思う」
「心太君か。もう一度聞くけど、本当に追われるようなことはしていないのね?」
僕が頷くと、ちえりは「オッケー、信じるわ。しっかり掴まってて」と言ってアクセルを吹かし始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます