第126話 師匠と兄弟子と妹弟子



「とはいえ、まずは状況整理です」


 エスティはロゼを離し、庵の魔石に触れた。



 【名前】 エスティ

 【身長】 149.6

 【体重】 40.5

 【魔力】 184,957/184,957

 【庵の崩壊】 41日

 【称号】『時空の女神』『蓼科の魔女』『種』

  ・

  ・



「ふむ……」


 これから行う逆転劇は、自分の行動こそが鍵になる。成功させるためには、可能な限り魔力の器を広げておかなければならない。



「エス、急にどうしたのだ?」

「時間がありません、巻き戻しましょう」

「は?」


 エスティは脳内で術式を組み始めた。自分の魔力に蓼科の魔力を少しずつ加え、巻き戻したい時間を呼び起こす。



「おい、エ――――」


 それは一瞬だった。フッと意識が遠のいたと思えば、すぐに視界が切り替わる。



 ここは、庵のリビングだ。

 先程の景色とほぼ同じ。

 だがロゼは丸まり、シロミィは眠っている。


 エスティは時計を見た。

 時刻は12時21分を表示している。


 時間が、戻っている。



「いやはや、こんな簡単に戻るとは……自分の事ながらちょっと引きますね」

「ん、どうしたのだエス?」


 このロゼは、さっきまでのロゼとは違う。だが、今はそんな細かい事を気にしている場合じゃない。


 エスティは再び庵の魔石に触れる。



 【名前】 エスティ

 【身長】 149.6

 【体重】 40.5

 【魔力】 203,102/203,102

 【庵の崩壊】 6日

 【称号】『時空の女神』『蓼科の魔女』『種』

  ・

  ・



 魔力の器の増加と共に、庵の残り日数も進んだ。魔力はもう少し溜まっている予定だったが、まぁ許容範囲だ。



「エス?」

「気にしないで下さい、今は少しやる事が多いのです。さっさと終わらせて、アニメを見ながら春の蓼科観光にでも繰り出しましょうか」


 ここからは時間との勝負だ。特にが無い事も想定しなければならない。あれは何度探しても見当たらなかった。探してもみるが、果たして間に合うのか……。


 エスティは急いで転移門を開いた。



◆ ◆ ◆



 ミラール前線基地。


 意を決して爆破スイッチを押したガラングに、とある異変が報告された。



「爆弾は全て不発でした。ですが――」


 それを感知した枯木の精霊ドリアードは、焦った様子で何が起きているのかを説明した。自分たちのミスの範疇では無い、予期せぬ事態だった。



「――魔族が、全て消失していただと?」


 ガラングは手に持った起動スイッチを見た。

 既に押されているものだ。


 エスティからは、大規模な爆発が起きると聞かされていた。その為に、わざわざネクロマリア大洞穴付近の住人を避難させたのだ。


 聞いていた話とは違う。

 一体、何が起きた?



「我らは侵入する事が出来ません。あ、あ、あの爆弾は普通では無い!!」


 枯木の精霊ドリアードはただただ怯えていた。


 あの空間がとにかく恐ろしい。この得体も知れない恐怖の感覚は、エスティの姿を見た時と同じだ。理由は分からないが、爆弾が恐ろしくてしょうがない。



「人族も危険です。逃げましょう!」


 ガラングはそんな枯木の精霊ドリアードを見て、何が起きているのかを頭の中で整理する。


 あの時空魔法使いは奇妙な発想をしているが、その行動は基本的には理にかなっている。特に命がかかるこの状況で、意図しない状況を引き起こすようなタイプでは無い。どちらかといえば、ギャンブラーというよりも研究者資質の慎重派だ。



「待て」


 ガラングは落ち着いて場を制した。


 そして杖を突き、静かに立ち上がる。



「女神からの連絡はあったか?」

「い、いえ、ございませ……ん?」


 丁度その時、【時空郵便】が起動して手紙が送られて来た。

 噂のエスティ本人からだ。



「読み上げろ、急げ」

「は、はい! 『ギリギリの連絡ですみません。主となる魔法陣の爆弾の設定を変えたため、爆発は起きません。ただし、一定空間内にいる魔族を魔力に変換する魔法陣が組んであります。統率者の方は近づかないようにお願いします』」

「馬鹿ぁ! 遅い!!」


 枯木の精霊ドリアードが泣きそうな顔でツッコミをいれた。この場にいる全員の言葉を代弁しているかのようだ。


 エスティの説明通りであれば、爆発する事無く魔族だけが消え去り、しかも魔力が残っているという事になる。



「魔族を、魔力にだと?」


 そんな都合のいい事がある訳が無い。

 普段ならそう思うだろう。



 だが、あの女神は例外だ。

 魔法の理の外に生きているとさえ感じる。


 ガラングは深い溜息を吐いた。



「『これは暫く起動し続けますので、ネクロマリア大洞穴から街道に魔族が出て来る事は無いでしょう。ですが、急いでください。こうなると、次の侵攻は恐らく――』」


 部下が読み上げている途中。


 急に外が騒がしくなった。

 ゴゴゴと地鳴りのような音が聞こえる。



「何事だ!?」

「へ、陛下! 始まりました!!」


 兵士の一人が、北を指差した。



「ネクロ山脈から、魔族共が雪崩れ込んで来ています!」



◆ ◆ ◆



 オリヴィエント城の外。

 バックスの畑にて。



「いよいよ始まったのか」


 カシエコルヌとバックスはガラングの号令を確認し、ネクロマリア大洞穴の爆破に備えていた。といっても、エスティから送られてきた安全第一のヘルメットを被っただけだ。



「へへ、俺の火薬が火を噴くぜぇ」

「……師匠もいい歳なんですから、エスティみたいな事言わないで下さいよ」

「バックス、おめぇは遊び心が足りねぇな」


 カシエコルヌは溜息を吐き、鍬を置いた。

 今日も今日とて、畑を耕している。



「……にしても、爆発が起きませんね。この規模の爆弾で失敗したんですかね?」


 2人は顔を見合わせた。



「あり得るぜ。失敗する時もおっかねぇからなぁ、おめぇの育てた妹弟子は」

「いやぁ、彼女は師匠が育てたんですよ。僕が育てたら、頭のネジが全部取れた爆発魔にはならないですよ、はっはっは!!」


「――ほう、頭のネジが全部ですか?」


 バックスが笑顔のまま固まった。


 そのままバックスの肩に、エスティの手がポンっと乗せられる。振り向くと、面を被ったエスティがそこにいた。



「悲しいですねぇ兄弟子。私としては、世界を救うための爆発だったんですが」

「……お帰り妹弟子。僕もロゼも大変だった事は忘れないでおくれ」

「元気そうで何よりです。はい爆弾」

「ははっ、ありがとう……」


 バックスが受け取ったのは、見覚えのある爆弾だ。これは確か、怪我はしないが全身の毛がくるくるパーマになるというしょうもない爆弾だ。エスティが学生時代に作っていた罰ゲーム用のやつだ。


 カシエコルヌはフッと笑い、エスティに問いかけた。



「おめぇ、自宅待機じゃかったのか?」

「はい。ですが、2人に手伝ってほしい事がありまして。急ぎです」

「僕は爆弾でボケなくてもいいのかい?」

「アメリアの前でやってください。詳しく説明している時間がありません。師匠はこれを、兄弟子はこちらへ」



 エスティは細かい事情を省き、やる事だけを2人に淡々と説明した。


 そこから知らされた、あまりにも荒唐無稽な話だった。エスティは冗談は言うが本気の嘘は吐かない。ましてこの状況だ。


 2人は察した。

 今までのエスティとは何かが違う。



 やる事を確認し終えたカシエコルヌは、エスティの頭を優しく撫でた。


「――デカくなったなぁ、おめぇは」

「大役を任せてすみません、師匠。私には信頼できる人物が他にいないので」

「構わねぇよ、歴史に名前が残るぜ」


 カシエコルヌはニィッと笑った。



 そして、エスティはバックスを見た。


 何だか久しぶりに見る気がする。


 ロゼを除けば最も長い付き合いだ。お互いの思い出は山ほどある。エスティは散々迷惑を掛けながら育ててもらい、逆にエスティはアメリアとバックスの間を取り持って結婚させた。


 バックスは何も言わず、いつもと変わらない優しい眼をしている。エスティは泣きそうになるのをグッと堪え、バックスの背中を叩いた。



「その背中を借りますよ、兄弟子」

「いつもの事だね、妹弟子」

「頭のネジが全部取れたら、死んじゃいますからね?」

「悪かったよ、妹弟子……」


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