第127話 討伐旅行気分



「姫パァンチ!」

「グアアアァァアー!!」


 魔族が飛んで行った。


「姫チョォオオップ!」

「キエェェエエー!!」


 魔族が膝を突いた。

 ミアは両手をパンパンと叩く。



「けっ! 他愛ないわね。蚊かと思ったわ」


 手加減はしている。だが一撃だ。ミアとしては、心の中で何かが折れた反動をパワーに変えているだけだ。それがいつの間にか、それを見て感激したオーク達に称賛を浴びて囲まれている。


 調子に乗ったミアは、物憂げに呟く。



「人生って本当に分からないものね。でもこれこそが……わたちの運命」

「決め台詞を噛んだぞ!!」

「素敵!!」

「ミア様、かっこかわいい……!」


 ミアはオーク達を相手に、こんな状況下でリアル姫プレイを楽しんでいた。

 ムラカはそれを冷静に眺める。



「……攻撃しながら技名を叫ぶのって恥ずかしくないのか? もういい歳なん」

「姫ローキック! ローキック!!」

「痛っっ! こいつ本気で!!」


 ムラカがスネを抑えてうずくまった。



「おい聖女、俺のムラカに何すんだ!?」

「お前のじゃねぇよ!! ローキック!!」

「いってぇえええ!!」


 ルカンもプルプルと震えながら膝を抑える。

 姫はこの2人にはやたら厳しい。


 そして、オーク達はルカンの味方だ。



「(やべぇ、仲間割れだぞ!)」

「(姫がルカン様に蹴りを入れてる! やっぱり姫はかなりのアホだ!!)」

「(やめろ馬鹿! こっち向いたぞ!)」


 だがミアは怒らず、外面を整えた。たとえオークが相手でも、自分の味方を減らすわけにはいかない。しおらしいフリをして、くねくねと媚び始める。



「わ、私……本当は寂しくて……」

「騙されるな、こいつは29歳独身グェッ!」

「ルカン様あぁ!!」

「はぁ……」


 マチコデはそんな騒々しい一行を見て、深い溜息を吐いた。



 現在マチコデ達は中立魔族の里を通り抜けた後で、いよいよ敵本陣へと突入する所だ。それなのに、ミア達には全く緊張感が無い。


 中立地にいる魔族は、エスティの用意した大量の【魔力玉】によっていとも簡単に懐柔できた。命の源を譲ってくれた穏健派に付こうと行軍を共にする者まで現れた。


 だが、その中には逆らう者もいた。自分より弱い者達には従わないという、魔族らしい考えを持つ中立の統率者達だ。


 それを、先程からミアが蹴散らしている。



「森羅万象とはこの事ね」

「聖女、そりゃどういう意味だ?」

「チョコレートのように甘いって意味よ」

「ルカン、こいつの言う事は信用するな」


 ミアは自分を回復しながら、その拳だけで戦っていた。


 マチコデはただ、そんなミアの後ろを着いて行っているだけだ。体力温存と言えば聞こえはいいが、要するに暇だ。敵本陣にミアだけ置いて来れば、勝手に暴れまわって何もせずに解決しそうな気までしていた。



「もうミア一人でいいのではないか?」

「しっ……マチコデ様。我々は楽をしましょう。あのアホは乗せると最後までやります。なぁに、死にそうになったら逃げる習性がありますから大丈夫ですよ」

「習性って虫みてぇだな。蚊か?」

「そこ、聞こえてるわよ!」


 こんなに騒がしく進んでいてもいいのか。これから一点突破という無謀な勝負に打って出るのに、何とも言い難い。マチコデは眉間に皺を寄せた。



「ルカン様、そろそろです」

「おぉ。クーリ……よし、全員聞け!」


 ルカンの呼び声に、一行は振り向いた。



「この先に古城がある。そこを超えると山脈の入り口だ。そこからが強硬派の根城だ。陽動班、頼むぜ?」

「「おおおおぉお!!」」


 マチコデ達4人とクーリの少数部隊以外は、陽動用の足の速いオーク達しかいない。彼らはこれから命がけで敵の視線を惹きつけ、マチコデ達の活路を開くのだ。


 ミアはそんなオーク達に振り向き、顔を作って遊んだ。



「どうか、ご武運を……チュッ!」

「姫ぇ!」

「任せとけ、姫ぇ!!」

「おいお前ら、そろそろ遊ぶな。俺達は古城で待機だ。敵が散ったのを確認したら、勇者、聖女、俺、ムラカ、クーリの5人で一気に山を駆けるぜ」


 ルカンは魔法で地図を出した。


 山頂らしき場所が赤く輝いている。そこから真っ直ぐ南下して山を越えれば、亡国マルクールに辿り着く。ここで強硬派を取り逃すと、また同じ事が起こるだろう。完全にトドメを刺すまで後には引き下がれない。



「古城で最後の休息となるだろう。そこで人族の王ガラングの号令を待つ。ゆっくりと羽を休めてくれ」



◆ ◆ ◆



 一行は古城に辿り着き、体を休めた。



 ここは遥か昔にトロールによって破壊された、名も無き古城だ。広い範囲に石畳が敷き詰められ、随所に石壁の残骸が残っている。柱の痕跡が何本もあり、かつて巨大な城だった事を思わせる。


 マチコデは腰を下ろした。


 静かな夜だ。

 微かに魔力も感じる。

 それが、少しだけ心地良い。



「この城には誰が住んでいたのだ?」


 マチコデは夕闇の下でパンを頬張りながら、ルカンに尋ねた。



「分からねぇ。親父からは何世代か前の王族が住んでいたと教えられたし、ヴェン様からは人族の魔法使いが住んでいたとも教えられた」

「ふっ、人族が魔族の地にか?」

「ありえねぇよな。ま、俺もその程度の知識しかねぇんだわ」


 ルカンは麦茶をグイっと飲んだ。

 蓼科で気に入った飲み物だ。



 マチコデはルカンの話を聞いて、壊れた城壁を見た。


 暗くてよくは見えないが、この建築方式はオリヴィエントのものと似ている。ダークエルフが木々をくり抜いて家を作ったように、昔の魔族は人族と変わらない高度な建築技術を持っていたのかもしれない。



「……人族も魔族も、同じか」

「そうだな。怖気づいたか?」

「逆だ。犯罪者は凝らしめねばならん。自分の運命に感謝しているところだぞ」

「ははっ、簡単には死ぬなよ?」

「ふっ、お前もな」


 ルカンとマチコデは静かに笑い合った。



 そんな2人の様子を、ミアとムラカは遠巻きに眺めていた。



「――男同士の友情って興奮するわ。あそこからキスをして愛に変わらないかしら」

「相変わらず、お前はどうかしてるな」

「あんたも聖属性になって生娘を29年間味わえば分かるわ。もうね、社会の全てが性の対象に見えてくんのよ。『汝あらゆるものを愛せ』という、この世の真理ね……んま……」

「うっ……また強烈なニンニク臭だな」


 ミアは【弁当箱】焼きたての黒毛和牛ステーキを食べ出した。チューブにんにくをベトベトに塗りたぐって美味しそうに頬張っている。だが、それを見守る牛の魔族クーリは先程から怯えっぱなしだ。震えながら警戒している。


 ムラカは呆れて口を開いた。



「……ミア、よく聞け。お前の頭がおかしいのは、伴侶がいないからだ。この戦いが終わったら、お前を結婚させてやる」

「余計なお世話よ! 死亡フラグじゃない!」

「まぁ待て。最高の相手を見つけたんだ」

「ほう……誰だれ?」


 ミアが興味津々でムラカに近付いた。



「あそこにいる……クーリだ」

「何言ってるのムラカ……あれは牛肉よ?」

「牛肉はよせ。牛の魔族だ。クーリは男前で頭も切れる。定職に就いているし、私が忖度してやるから将来も安泰だ。ほら、よく見ろミア。あれが将来のお前の夫だぞ?」


 将来の夫という言葉を聞いて、ミアはグッときた。

 そして番を続けるクーリに目をやる。


 夕闇に染まった角のシルエットが、まるで牛乳のパッケージのようだ。そして体は焦げた焼肉のように黒く、タレのように赤い服を着ている。



「……赤身が多そうね」

「お前は本物の悪魔だな」

「ステーキが好きなだけの慎ましい聖女よ」

「はぁ……」


 ムラカは諦めた。

 そして立ち上がり、古城を見回した。


 さぞ美しい城だったのだろう、庭らしき場所もあれば、池のような囲いもある。造りもしっかりしていたのか、残っている支柱を押してもびくともしない。



「にしても、この城は素晴らしいな」

「何がよ?」

「雰囲気だよ。風情があるじゃないか」

「まるで旅行気分ね、ムラカも私も」

「ふ、そうだな」


 ムラカは周囲の探索を始めた。枯れた木々や岩を除け、何か面白い物が落ちていないかを見て回る。



「ん。ちょっと」


 階段らしき跡の地面を探っていたところで、ミアがある異変に気が付いた。



「あんたの剣、光ってない?」

「剣?」


 そう言われて、ムラカは自身の長剣を抜いた。



「光ってないが……」

「あぁ、そういう事か」


 刀身は光っていないが、柄にはめられた魔石がほんのりと光っている――かのようにミアの目には映った。ミアの全てを見抜く目が、何かを告げている。


「ちょっと一旦そこから離れてみてよ」


 ムラカは言う通りに離れた。

 すると、今度は魔石が光を失った。


 もう一度同じ場所に戻ろうとすると、近づくにつれて光が強まっていった。ある一点を中心に、光が反応しているようだ。



「おい、どうしたんだ?」

「なるほどね……私は知ってるわ。RPGね」


 ミアが嬉しそうに立ち上がった。


 これはゲームでよく見たギミックだ。隠し扉や宝箱のある所でチリンと錫が鳴ったり光ったりする、あの類だ。ミアはムラカの剣を拝借し、光が最も明るい場所を探し始めた。



「――昔々、この城に強欲な王様が住んでいた。魔族の平民達から金銀財宝を搔き集め、それを誰にもばれない場所に隠したの。相続税対策で流行ったタンス預金ね。それを開く鍵こそが、この魔石なのよ」

「王様が相続税を取られるのか?」

「細かいわね、ムラカは」


 すると、庭の一角で魔石が輝きだした。

 石のモニュメントがある怪しげな場所だ。


 ミアは魔石に込められた魔力を開放した。



「ミアお前、何してるんだ!?」

「オホホ! 破壊よ破壊!!」


 ゴゴゴゴゴと石のモニュメントが沈む。


 異変を感じたマチコデ達がやってきた。



「何事だ……これは……!!」


 魔石の光が収まる。

 そしてミアの足元に、地下へと続く階段が現れた。



「クーリ、監視してろって言ったろ!!」

「す、すみません。食べられるのが怖くて」


 階段の向こうから、禍々しい魔力が流れ出ている。マチコデはルカンと目を合わせたが、ルカンは首を横に振った。こんな魔力のある場所、知られていない方がおかしい。



「……どうするのだ、これは?」

「女神に確認しようぜ」

「そうね。ムラカ、もう悪い事しちゃ駄目よ」

「お前だろう、まったく」


 ムラカは簡単な内容を手紙にしたためた。



 送ってすぐに、エスティからの返事があった。慌てて書いたのか字が汚い。ムラカは早速、届いたばかりの手紙を読み上げる。



「『すぐに向かいます。その場は私が何とかするので、皆さんは予定通りマチコデ様に従ってください。しかしよく発見出来ましたねミア、何十年も探していたんですが全然見つからなかったんですよ。流石は破壊と嘔吐の聖女です』。この反応、あいつは何か知ってるな」

「私は褒められてるの? 煽られてるの?」

「待てよムラカ。ここは魔族の地だぜ。それに何十年って、あの女神は一体……」


 ルカンは疑問を抱いたが、深く考えるのをやめた。

 無意味な嘘を会話に混ぜる女神だ。

 何が本当かは、考えても分からない。



「とにかく大人しくしていろ。ここは女神に任せるぞ。俺たちは予定通り――」


 号令を待つと言いかけた瞬間、マチコデが持っていた合図の魔石が輝いた。



 ――号令だ。始まった。


 その瞬間、マチコデの目に炎が宿った。

 目指すは敵の頭のみ。



「時間だ。行くぞ!!」


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