第74話 戦場のトレジャーハンター



 日向が帰った日の深夜。


 音の消えたリビングで、エスティは明かりも灯さず、庵の魔石の前にいた。



 暗がりの中、エスティは考える。


 あの場では平静を装ったが、上手く誤魔化せたかは分からない。少し慌ててしまったため、ロゼあたりは何かを察しただろうか。


 種というものが素材として必要だという事実。今まで《高度な追加機能》で必要だった素材から察するに、種も希少な素材だろう。その辺の植物の種でない事は間違いない。



 ……事実から逃げるのはよそう。

 この種は、きっと称号の『種』だ。


 《時空間化》の実装に必要なのは自分。

 馬鹿らしい。


(……はぁ)



 種という称号は特別なんだろう。最初にこの称号に気が付いたのは《魔女の庵》の発動後だ。時空魔法使いとなった時か庵を作った時か、どちらが切っ掛けで付けられたのかは、今となっては判断が付かない。


 ガラング達や黒装束の魔族たちの言っていた種。それは、自分自身の事で間違いない。種という言葉自体が時空魔法使いの呼称なのかと安易に考えていた。


 もしかすると、自分以外にも時空魔法使いがどこかに存在していて、同じ称号が付いているのかもしれない。それならば、《時空間化》の素材として自分が死ぬとその庵が崩壊してしまう、という矛盾も解決する。やるわけは無いが。



 ガラング達は情報を開示するとは言ったが、未だに隠し続けている。というか、秘匿されている情報が多すぎてどう動けばいいのか分からなくなる。


(……まったく)



 ひとまず、《時空間化》は諦めよう。

 見なかった事にする。


 エスティは考えを止め、自室に戻った。



 そして、机の上に置かれた布袋を見た。


 マチコデが置いていった、ネクロマリアに魔力を根付かせるための植物の種。研究者達が長い間夢見てきた、魔力の尽きない世界。


 この蓼科が、その世界かもしれない。

 最近はそう思うようになった。



「……目と口を閉じ耳を塞ぐ、でしたか」


 何かのアニメで聞いた言葉だ。


 逃げる事は簡単だ。何も考えずに美味しいご飯を食べて温泉に浸かり、ミア達と遊び惚けたい。この世界には楽しそうな娯楽がいくらでもあるのだ。


 だが、後ろ髪を引かれたまま、蓼科の生活を満喫する事は出来ない。この場所で植物の研究を進め、どうにかしてネクロマリアに魔力を根付かせなければ。



 エスティは隠れるようにベッドに潜り込む。

 庵の崩壊まで、あと232日だ。



◆ ◆ ◆



 オリヴィエント城、バックスの個室。


 ムラカは両手を上げて目を閉じ、無抵抗を表すポーズをとっていた。



「――私は一介のトレジャーハンター、ムラカだ。趣味は登山で、最近は釣りも始めた。決して怪しい者ではない」



 腕を組んでムラカの正面に立っているのは、マチコデの妻ドロシー姫だ。普段は儚げで落ち着いた彼女が、鬼の形相でムラカを睨んでいる。


「……ではムラカ様。なぜわたくしの旦那様、マチコデ様に飛び付いたのです?」

「ちょっと手が滑って」

「白々しい、涎を垂らしていたではありませんか! 貴女様は仮にも騎士でしょう、騎士としての誇りはどこに行ったのですか!?」

「それは……それをこれから探しに行く」

「この人面倒くさっ! バックス!!」



 バックスも思っていた。


 この人達の板挟みの方がもっと面倒臭い。



「落ち着いて下さいドロシー様、どうどう」

「私は馬じゃありません!!」

「バックス、面白いなお前。山登るか?」

「ムラカ様!!」



 この言い合いの原因はムラカだ。ムラカが転移してきてすぐに、マチコデの影武者に抱き着いたのだ。たまたまバックスに資料を渡しに来ていたドロシーにその様子を見られ、こうして怒られていた。


「しかし、本当にマチコデ様に似ているな」

「き、恐縮ですムラカ様! ファンです!」


 影武者の頬が赤く染まった。

 ムラカが近寄り、影武者と肩を組む。


「……それで、伴侶は?」

「ムラカ様、節操がなさすぎます! 貴方も早く出て行ってくださいませ!!」

「冗談だ、そんなに怒るな。どうどう」

「わあああぁあもう!!!」


 ドロシーは自分の頭をわしゃわしゃとしだした。整えた髪型が崩れていく。目がウルッとして泣きそうな顔をしている。



 バックスはムラカを見た。


「ムラカ様、程々に。ドロシー様も心労で疲れております」

「悪い。頭で分かってはいるんだが、どうしても嫉妬してしまうんだ。ドロシー様、申し訳なかった」

「はぁ……。私は戻ります……」


 ドロシーは立ち上がり、よれよれと疲れた様子で部屋を出て行った。

 バタンと扉が閉められる。



「……それでムラカ様、トレジャーハンターというのはどういう事です?」

「あぁ、エスティから頼まれてな」


 ムラカはバックスに事情を説明した。


「――という事で、今回は宝探しなんだ。何せ、聞いた事の無い素材だからな」

骨の砂水オスオー……どこかで聞いたような……」

「何、本当か!?」

「…………嘘ですよ、嘘! ははは、言ってみたかった台詞が言えました!」

「おいバックス」

「す、すみませんつい」



 バックスは慌てて資料棚へと向かう。


 ここは、ガラングから特別に与えられたバックスの個室だ。本来も王城の研究書庫として使われていた場所で、広さもそれなりにあるが、部屋の8割が本棚になっている。


 現在も名目上は研究室とされているが、扉番は常に2人おり、防魔法の陣も壁一面に張り巡らされている。敵の侵入を妨げる要塞でもあるが、脱出不可能な牢屋でもあった。



 という状況ではあるが、バックスもアメリアもこの生活を楽しんでいた。外に出たいと言えば護衛付きで出してくれるし、何不自由なく生活できている。暗いこの書庫も、バックスの光魔法と相性が良かった。


「アメリアは元気か?」

「元気すぎるぐらいですよ。今日もオリヴィエントの子供たちと共に、ミア様が教えてくれたリンボーダンスという踊りで遊んでいます。たまにラクス料理が恋しいねと言われますが、アメリアも私も体重は増え続けていますよ」


 バックスもこの部屋が気に入っていた。元研究者として、知的好奇心をくすぐる物ばかりなのだ。珍しい資料に目を通しては王宮の食事を頂くという、まるで来賓客のような高待遇を受けていた。



「この辺りの資料でしょうな」


 バックスは、古い羊皮紙の束を手に取った。年代が分からない程に劣化している。表紙の文字はかすれて読み取れない。


「棚の内容を全て把握しているのか?」

「えぇ、管理人のような仕事ですからね」

「……大したものだ」



 バックスはふわりと微笑み、羊皮紙の束の紐を解いた。古い羊皮紙の独特の香りが漂う。


「これは古代から数百年前までの、希少とされた各地の素材を記したものです。年代順になっており、こちらが第1巻で、あと残り15巻ございます」

「おいおい……」

「研究とは砂の中から宝石を探すものですよ。ささ、お手伝い願います」



◆ ◆ ◆



「――骨の砂水オスオー、これですな」

「ん、もう見つけたのか?」

「えぇ。ですが……」


 時間がかかるだろうと予想していた骨の砂水オスオーの資料は、なんと第1巻で見つかった。これはつまり、相当古い素材だという事を意味していた。



「ベレードグレイスという渓谷の底にある、特殊な魔力溜まりに浸かった魔獣の骨と記載されておりますな」

「ベレードグレイスに、魔力溜まりか……バックス、聞いた事はあるか?」

「ありません。魔力溜まりって何ですか?」

「昔はあったんだろうな、そういう場所が」

「同年代の地図を開いてみましょう」



 バックスは古地図を広げた。


 古地図の大陸も現在のネクロマリア大陸と形は同じだが、やや地形に違和感がある。そして古さ故か、注釈が妙に細かくて分かり辛い。


 渓谷とは、谷や山に挟まれた川が流れる地形の事だ。古地図上で血管のように走っている線が川だと思われるが、渓谷を探すなら山からだ。


「ベレードグレイス……ここですね」

「お、場所はどの辺りだ?」



 バックスはムラカを見た。


「マルクールの北部。現在の戦闘地域です」

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