第75話 戦場のトレジャーハンター②・【鏡面砲】



 現在、ベレードグレイスという地名は存在しない。


 ネクロマリア大陸の北東部にあるマルクール公国と、その北の魔族領との境界であるネクロ山脈の間にあった荒野。そこが、かつてベレードグレイスとよばれた場所らしい。


 山の魔族の死骸が川で運ばれ、ベレードグレイス渓谷へと流れ着く。そこに、流木や素材が滞留する魔力溜まりが存在したという。



 そのベレードグレイスがマルクールの近くだった事は、ある意味幸運だった。



 マルクール公国と魔族との戦闘は、最終局面に突入していた。


 もう敗戦は濃厚だった。

 いや、最初から負けは確定していた。


 マルクールトロールと呼ばれる巨大な魔族が、山脈側から延々と歩いてくる。倒しても倒しても減る事はなく、むしろその数は増え続けている。


 誇りを武器に戦うマルクール国民たちも、終わりの見えない戦闘に憔悴しきっていた。心のどこかで、誰かが撤退の鐘を鳴らす時を待っていたのだ。しかし信じられない事に、その誰かに該当する指揮官はもういない。



 そんな場所に、人助けの勇者マチコデは派遣されていた。

 『全軍撤退』の鐘を鳴らすためだけに。



 バックスとムラカはマチコデが設置していた【どこでも時空門】を使い、一瞬でマルクールへと飛んできた。


「――いやはや、臭いけど便利ですなぁ」

「バックスよ。お前のその顔を見ると緊張感が失われていくな。また女神の開発した試作品の実験でも行う気か?」


 ここはマルクール城、マチコデの個室だ。現在は城も城下町も、都市の半分以上が魔族によって破壊されていた。陰謀や闇金が蔓延していたマルクールは、言葉通りに風通しの良い国家へと生まれ変わっている。



「マチコデ様、お久しぶりです」

「そう畏まるな。それで、何の用だ?」

「実は――」


 ムラカは事情を説明した。


「――なるほど、古代の素材か……」

「はい」

「確かに、あの山脈の麓には細い川が走っているな。だがそこに辿り着くまでに、マルクールトロールを一体どれだけ倒さねばならんのか。はぁ……」



 マチコデは大きな溜息を吐き、壊れた壁から城下町を見下ろした。


 マルクールトロールは弱い。恐いのは巨体ゆえの攻撃力だけで、動きも鈍く、冒険者なら足を切り落とせば難なく対処できる。だが、一般人ではそう簡単にはいかない。足に刃を突き刺すにも一苦労なのだ。


 更に、昼夜問わずズンズンと歩いて来るのだ。そして今日、明日にでもマルクールトロールの大群が城下町に辿り着く。


 つまり、今が全軍・全国民に撤退の最終勧告を出すタイミングだった。



 マチコデがぼんやりと考えていると、遠く北の荒野にマルクールトロールの姿が見えた。本日3度目の襲来だ。毎日決まった時刻にやって来る、妙に律儀な魔物だ。


「……来たな。ムラカ、それにバックスよ。お前達も手伝え」

「お供します、私はマチコデ様の剣です」

「嫌です、だって光魔法であれ倒せます?」

「よし、行くぞ!」



◆ ◆ ◆



 マルクールの北門の外郭。


 数百名の動ける兵士達と共に、ムラカ達は戦闘準備に入っていた。



「随分とでかいな」


 ムラカはその大きさに驚いていた。


 マルクールトロールは二階建ての家ぐらいの高さがある。その大群が、1km程先からゆっくりとこちらに歩いて来る姿が見える。普通に暮らす人々にとっては、夢に出る光景だろう。


「……しかし、アニメみたいだ」


 魔族を久しぶりに見たのもあるが、エスティとミアの刷り込みのせいで、進撃の何とかというアニメと同じだという感覚に陥っていた。いまいち戦闘気分になれない。



「殿下、あの中央のどデカい奴は何です?」


 バックスが指を差した先に、他よりも頭二つほど大きなトロールがいた。


「マルクールトロールの亜種だ。トロールは基本的に頭が悪いが、あの亜種は少しだけ良い。周りを統率して行く先を決めるのが奴等だ。あれを優先的に倒す」


 マチコデは剣を抜いた。



 周りを見渡せば、ボロボロの兵士が武器を構え始めた。

 皆が皆、満身創痍なのだ。


「……この戦闘が終わったら、全軍・全国民に対して撤退の指示を出すぞ」

「もし生きて帰って来たら籍を入れましょうってやつですか?」

「話をややこしくするなバックス、始めるぞ」

「マチコデ様、先鋒は私が」


 ムラカはそう言って担いでいたザックを下ろし、中から奇妙な形の筒を取り出した。筒の中に魔石を装填し、その筒を亜種の方角に向けた。



 そして、引き金に人差し指を添える。


「……ムラカ。一応聞くが、それは何だ?」

「【鏡面砲】と言います。エスティの開発した一点ものの投擲武器です。バックス、これが説明書だ。読み上げてくれ」

「はい。『使い方は簡単です。筒に銃弾用の魔石を詰め込んで、引き金を引くだけです。すると、魔石に入った銃弾たちが扇状に飛んでいきます。ただし、銃弾用の魔石の中は何が入っているか分からないので、とりあえず撃ってみて下さい』以上です」

「……そうか。相変わらずだ」


 マチコデはニヤリと微笑んだ。



 ムラカが先頭に立ち、敵の中心にいる亜種達に向けて【鏡面砲】を構えた。目算で亜種までは300m、先頭のトロールまでは200mといった所。


「マチコデ様、撃ってもよろしいですか?」

「待て! 安全性は担保されているな? その場で大爆発とかはやめてくれよ?」

「ははは! そんなオチがある訳ないですよ殿下! そんなまさかですよ!」

「バックスお前……」



 ムラカは銃を下ろし、マチコデに振り返った。荒野の砂風がムラカの黒髪をなびかせる。


「……エスティは信頼できる人物です。この武器も本来は作りたくなかったそうなのですが、私の為にと用意してくれました。威力は期待できないでしょう。ですが、私は彼女の気持ちが嬉しいのです」

「――――そうか。分かった」



 ムラカは再び銃を構える。


「ムラカ、撃て!!」

「はい!」



 そして引き金を引いた、その瞬間。




 【鏡面砲】から放たれた何かが勢いよく扇状に放たれ――大爆発を起こした。



「うおおおおぉお!!!?」


 マチコデは風で吹き飛ばないように、地面にしがみ付く。


 先頭のトロールが吹き飛ばされたのは見えた。だがもう前方に映る全てが爆煙に包まれており、どういう状況かは分からない。そして、いざ戦おうとしていた味方達やバックスも、衝撃波で後ろに吹き飛んでいる。


 風が徐々に煙を散らし始め、爆発の全容が明らかになる。


 あれだけ沢山いたトロールは、あちこちに吹き飛んでいた。というか、一体何発の爆弾が放たれたのかというほど、地面には沢山の穴が空いていた。



 ムラカは真顔で固まったまま、汗をだらだらと流し始めた。そしてムラカの足元には、見覚えのある家具の破片と麻雀牌が転がっている。



「……」

「おいムラカ……」


 ムラカは【鏡面砲】を天に掲げた。


「女神の勝利だ! 全軍、突撃いいぃ!!」

「違う! 撤退、全軍撤退だ!!!」



◆ ◆ ◆



 【鏡面砲】はミアの発案だった。


「――エスティ、銃を作りなさいよ」

「何ですか、藪から棒に」

「強いし格好いいじゃない。きっとネクロマリアでも役に立つわ!」


 だが、エスティはあまり乗り気じゃなかった。銃が普及する事が社会にどんな影響を及ぼすのか、テレビで流れていた悲惨なニュースを見て想像できたのだ。



 しかし格好良いのは間違いない。


 まず、エスティは弾丸から開発を始めた。

 時空魔法使いにしか出来ない作り方だ。


「……相変わらずエグい事考えるわね」

「簡単には作れないってのが肝ですね。正直、銃は普及させたくないんですよ」

「まぁね。私にも一丁頂戴」

「今の話、聞いてました?」



 まず、転移門を2つ作り出して合わせ鏡のようにして上下に並べる。そして、その間に弾丸となる鉄球を落とすと、鉄球は下の転移門をくぐって上の転移門から現れ、また落下して下の転移門をくぐる。それを繰り返し、落下速度を速めていく。


 ある程度の速さになった所で、その速度を維持したまま弾丸用の時空魔法の魔石に放り込み、時間を停止する。すると、この魔石を起動すれば恐ろしい速度で鉄球が飛び出てくる、という仕組みだ。



「しかし滅茶苦茶ね。何で出来るのよ?」

「分かりません。何故か出来ちゃうんですよ。折角ですし、弾丸を用意するついでに断捨離をしましょうか。確か、古い麻雀牌とかいらないのありましたよね?」

「名案ね。私、粗大ごみを漁って来るわ」


 魔石が大きいために数は限られるが、その分中の銃弾の数を増やして一発を強くする。扱いは散弾銃に近い。



「あ、物置に大量の爆弾が隠してあるので、ついでに持って来てください」

「ちょっと待てエスティ」


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