第64話 ペンションの完成と見えてしまった数字



 ――《改築》発動―― 



 発動と同時に、庵がガタガタと揺れはじめる。


 今回はかなりの規模だ。《魔女の庵》の北側エリアギリギリまでログハウスが広がる。いくつもの小さな魔法陣が現れたり消えたりと、光の氾濫が起きていた。



「……相変わらず、狂った光景ね」

「普通ではないのか?」

「普通じゃないわよ。この気持ち悪い程の魔力の渦、ロゼは感じない?」


 ロゼは魔法が使えない。

 その辺の事情は分からなかった。


 ミアとロゼは、うねうねと改築されていく庵を少し離れた場所から眺めていた。ムラカは朝から遠出だと言って消えて行った。山好きなムラカは霧ヶ峰に遊びに行っていると、エスティは予想していた。



「そもそも、エスティがこの量をコントロール出来てるのが恐ろしいわ。人間が天気を操るぐらい、考えられない程の魔力量よ。なぜ暴走しないのかしら」

「ふむ……」


 ミアとロゼが話をしている間にも、エスティの庵はどんどん変形していく。庵の北の斜面には短い支柱が立ち上がり始め、その上に床が出来上がる。更にそれを覆うようにして丸太が壁を形成していく。


 最後に屋根がヌルッと出来上がり、《改築》が止まった。山鳥の鳴き声が聞こえてくるようになり、周囲の魔力も落ち着きを取り戻す。



「もーいーですよー!!」


 エスティは家の中からミア達を呼ぶ。


「……やっぱり、何も影響がないのね」

「それもおかしいのか?」

「体に異常が出てない事が、異常なのよ。気味が悪い程にね……今行くわー!」


 ミアとロゼは、話しながら庵へと近付く。



「我は外回りを確認してくる」

「りょーかい」


 家の大きさは今までと比べておよそ1.5倍。外から眺めただけでも、かなり広くなったのが見て取れた。屋根付きの薪小屋には、既にシニアカーが並べられている。《改築》はちょっとした物の移動もやってくれるようだ。

 

 ミアは玄関の扉を開き、家の中へと入る。



「おぉー、広い!」

「ふふ、良い感じでしょう?」


 リビングも1.5倍の広さだ。キッチンには業務用の冷凍庫なども配置され、アイランドカウンターも取り付けられていた。合わせて、ダイニングテーブルも8人座れる大きさに拡張されている。部屋の大きさのせいか、テレビが小さく感じる。


「この先も設計図通り?」


 ミアは廊下を指差した。


「はい。ただ、例の5部屋は少し変更しました。やはり斜面を崩すわけにはいかなかったので、地盤を固めて柱を立て、ほぼ2階となる位置に床を作って階段で繋ぎました」


 結局、斜面を大きく削る事はしなかった。地形を生かした状態で、そこに5部屋を乗せるように床を作ったのだ。


 そのついでに、5部屋の窓を南向きに変更した。2階の位置から見える南側の景色は良く、広場とその奥にある白樺の森が見えるようになった。



 エスティとミアはそのうちの1部屋に入り、ベッドに腰掛けた。


「このベッドは、先日ミアと破壊したペンションの戦利品です」

「私のよりも上等じゃない……」


 5室とも、フカフカのベッドだ。


「あと必要なのはエアコンや照明ですね。日向に水道屋さんと電気屋さんを手配してもらったので、本当の完成は少し先になりそうです」


 これで躯体関係は全て問題無い。

 あと足りないものは、装飾品ぐらいだ。



「そういえば、《高度な追加機能》は?」

「見てみましょうか」


 エスティはリビングに戻り、魔石に触れた。



 《魔女エスティの庵》


 【庵の主】 エスティ

 【家屋】  木造平屋

 【術式】  《魔女の庵》《設計魔図》《防水》《防腐》《防魔法の陣》《防火》《防虫》《防壁化》《浮遊》

 【追加機能】《改築》《整備》《解体》

       《高度な追加機能》

 【周辺環境】

  ・

  ・



「術式の方に《防壁化》《防虫》《防火》《浮遊》の4つが追加されています」

「防壁……もしかして、その《防壁化》で山の斜面を固めたって事?」

「その通りです」


 《防壁化》は、指定した箇所を頑丈にする機能だった。《設計魔図》の効果の一部だと思われる。これがあれば即時防壁が可能なため、戦場では重宝する機能だ。



「《防虫》は嬉しいわね。何かここにいる虫、やたら大きいもの」

「虫と共存できないと蓼科では生活できませんね。そもそも、森の中ですし」


 《防虫》は、家の中に虫が入ってこないという優れものだった。建物に術式が込められた自然由来の防虫素材が付与されたらしいが、以前とは何も変わっていないように感じる。


 そして《防火》は建物が不燃性を持つようになる機能だ。これで火災の心配もなくなった。



「……それで、《浮遊》ってのは?」

「庵が浮くはずですが、浮きませんね」


 庵が浮く、としか分からない。どれぐらい浮くのか、もしかして空を飛んで行けるのか、どんな挙動をするのか。これから調べる必要がある。


「まぁ少しずつ弄ってみますよ。それに、他の機能も気になります。《時間転移》とか何が起きるんでしょうかね」

「嫌よ私。急に全員がお婆ちゃんになったりするのは」

「もしかすると、逆もあり得ますよ?」

「それは悪くないわ……ぐへへ」

「ぐふふ……」



 エスティは再び魔石を触り、変化した《魔女の庵》で遊び始めた。


 ミアはニヤニヤと嬉しそうに微笑むエスティを見ながら、ソファで横になった。エスティは、魔法が好きで堪らないといった表情だ。



 そして、ふと工房の中で動くものが視界に入った。

 あれは灰猫と……白い影。


「あのエロ野郎……」

「ん、どうしました?」

「何でもないわ。憎しみの感情は一体どこから来るのかと考えていたのよ」

「うわぁ、相変わらず意味不明ですね」



 ミアは深いため息を吐いた。


「はぁ……ちなみに、エスティの魔力ってどれぐらいあるの? この庵の魔石って確か数値化されてるのよね?」

「えぇ。ネクロマリアの魔道具と同じものみたいですよ」


 魔力はネクロマリアでも図ることができる。称号を見る魔道具も同様で、淀んだ水晶のような魔石だ。



「魔力は、えぇと……81,472」

「はち……はぁ!!?」


 ミアは驚いて起き上がった。


 通常より多いミアでも魔力は2,000と少しだ。時空魔法使いになる前のエスティでも1万程度。現在の魔力は、その当時の8倍を超えていた。


「あんたそれ……大丈夫なの?」

「体に異常はありませんよ」

「異常って、何かもう訳が分からないわよ……いいや、考えるのやーめた!」


 ミアは再びバタンとソファに倒れた。

 そのまま昼寝しようと思った、その時だ。



「――――え?」



 エスティは、魔石で自分の情報を覗いていた。


 そして、に気が付いた。

 気が付いてしまった。



 ミアが振り返る。


「ん、どしたの?」

「いえ……何でもありません。そういえば、ロゼはどこに行きました?」

「工房よ。出来たばかりの部屋で交尾……男を見せてるんじゃない?」


 そう言って、ミアは寝る態勢に入った。



 エスティは心を落ち着かせ、工房へと入る。


 新たに作ったロゼ用の部屋の入口は、工房のベッド脇にあった。窓際で少し寒い場所だが、ここがいいのだというロゼの要望だった。



 エスティはその入口を覗き見た。


 そこには、ロゼとシロミィがお互いを温めるかのように寄り添って眠っている姿があった。


 2匹のいる場所にだけ、暖かな日差しが差し込んでいる。寝息が聞こえてきそうな、とても穏やかな光景だ。


(知恵が働きますね、ロゼは)


 エスティは静かにベッドに腰かけた。





 ――――言うべきだろうか。





 【名前】 エスティ

 【身長】 149.6

 【体重】 40.5

 【魔力】 52,472/81,472

 【庵の崩壊】 243日

 【称号】『時空の女神』『蓼科の魔女』『種』

  ・

  ・




 庵の崩壊まで、あと243日という事を。




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