第63話 串揚げを貪る3人の憶測


 ネクロマリア中央。

 『ミラールの大移動』と名が付けられた、その歴史的な移動劇が続いていた。



 これが滞りなく進んでいたのは、様々な正の要因が重なったためだ。


 まず、ミラール王の立案した計画が上手くいった。一刻も早く安全な場所へと逃げ延びたい人々を優先的に移動させ、粗暴な者をあえてミラール国内へと留まらせる。そしてその矛先をミラール王家へと向ける。王はその対応をしながら、少しずつ国民を放出していった。


 マチコデはそれらを上手く先導しながら南下し、各国との調整を図った。『人助けの勇者』という称号の知名度もあってか、各地で歓迎された。それに、各町の長も喜んだ。時空魔法を広めた人物が、手土産に【弁当箱】を持参してくるのだ。


 また、ミラール国民の民度が非常に高かったのも幸いした。自分達が置かれている立場をよく理解しており、ミラール国民同士で争う事をしなかった。何とか受け入れ先に順応して恩を返そうと、努めて働き始めていた。



 そして、全体の行程の3分の1が終了した。

 これから数日間、街道沿いに町は無い。


 マチコデは計画が順調だと判断し、ある一つの決断をした。



「……バックス、それにアメリア。これまでご苦労だった」

「急にどうしたんですか殿下」


 3人は馬車の中で昼食を取っていた。

 バックスも最近は元気になっていた。壊れるまで【女神砲】で遊んでいてストレスが発散されたのだ。


「もうおかわりは無いですよ?」

「そうでは無い。ここからしばらくは街道に町が無い。やる事も無い。そこでだ」



 マチコデは2人の顔を見た。


「俺をタテシナへと送ってくれ」



◆ ◆ ◆



 夕刻の『串揚げお嬢』。


 開店直後のためか、エスティ達以外の客はいない。



「っぷは~! たまんないわ!」

「労働の後のビールは最高ですね!」

「今日のは労働ではなく、観光だろう」


 注文は普段同様、串揚げお任せコースだ。


「……ところで最近、この世界では欲の無い若者が増えているらしいわよ」

「お前は相変わらずいきなりだな」

「歩きながら考えてたの、経済について」

「働かないのによく言えますね……」


 3人は1本目の牛フィレを味わう。

 揚げ立て熱々で、肉汁が美味しい。



「『働かずして幸福になれる社会』何故、人々はこれを目指さないのかしら?」

「いや、仕事に生きがいを見出している人もいるんじゃないか。私だって、好きで騎士をやっていたんだ」

「働きたい人は働けばいいの。でも、働きたくない人は働かなくてもいいの」

「お金が無いと生活できませんよ?」

「そうなんだけど……そもそも、お金がある事は幸せなのかしら?」


 運ばれてきた2本目は山芋だ。

 サクサクでホクホクとしている。

 蓼科の野菜にハズレは無い。



「お金が無いと社会が成り立たない経済は、果たして正しいのかしら……」

「ムラカ、もう酔ってんですかこの人?」

「頭の良さそうな事を考えている時の自分が好きなんだよ、暫く話させるぞ」


 ミアは二人を無視して、話を続ける。



「常々思っていたのよ。経済って、人の善意だけで成り立たないのかという事を。欲しい物はお互いにあげちゃうという、思いやりに溢れた社会よ」


 お金という物を廃止し、どうぞどうぞと全部思いやりだけで回す経済。人も物も全部、思いやり化するのだ。


「慈愛の精神の下で、大人から子供までありとあらゆる譲り合いが行われるの!」

「欲の強いお前には無理だろうな」

「お酒の奪い合いになりますよ」

「やっぱりお金は必要ね!!」


 あっさりと論破された。



「ここでこうして食べるのにも、自堕落な生活をするのにもお金が必要です」

「でもお金持ちとそうじゃない人の格差が全然埋まらないじゃない。だったら、お金の価値が時間と共に減少するのはどう? いわゆる価値の減少、減価するというのかしら。この世界でも実験されたそうじゃない」

「実際に資産は減価するらしいですよ。家とか車とか、買った時からどんどん減少するんです。それで納税額が減ったりする事もあるとか」

「お前ら、どこでそんな知識を……」


 エスティとミアは好奇心の塊だ。アニメやテレビ、それに漫画とネットから情報を拾い集めていた。この世界の知識だけは増えていたのだ。



「それに世論ってのはね、ガムみたいに形を変えて、富裕層の都合の良いように人々に張り付けようとするの。経済なんてまさにその代表格。大事な話は隠されるし、真実は聞いた話ではなくて疑ってから初めて知るものよ。まぁ何はともあれ、『全ての道は働きたくないに通ず』!」

「最後だけまったく同意です」



 エスティはアスパラベーコンにかぶりつく。ミアは好きに喋って満足したのか、ぼーっと揚げ物を見始めた。それを見たエスティは、口を開いた。


「……私は帰り道で、ヴェンの言う『王』について考えていました」


 その言葉で、2人はエスティに振り向く。エスティはアスパラベーコンを持ったまま、俯きがちに話を続ける。


「オリヴィエントを襲った黒装束の彼らは、私には同じ人族にしか見えませんでした。彼らにも統べる者がいるというのは、当然の考えでしょう」

「どうにか、和解できないのかしらね」

「……統率者も魔族だ。お互いに殺し合っている仲だぞ。今更無理だろう」

「魔族はきっと知っているのです。魔力が枯渇する時、生き残るには人族と魔族のどちらかになりそうだと」


 仮に共存できたとしても、魔力が無くなるときに魔族が穏やかに死ぬとは思えない。どうなっても、争いにしかならない。


 人族の土地に魔族をけしかけたのも、下級の魔族の生存本能によるものだろう。そう考えると、魔族の領土は相当良くない状況なのかもしれない。



「じゃあさ、群島はどうなの?」

「島自体の面積は小さいが、まだ緑は残っている。そして海がある限り、知能の低い魔族は渡れないはずだ。だが統率者は人族に紛れて渡っていたのだろうな。2度目、3度目に滅びた時はそうだと考えられる。そして、今回も同様のはずだ」


 群島で暫く過ごすと、そのうち群島の魔力も失われる。2度目と3度目は、そうしている間にネクロマリア大陸本土の魔力が少しずつ回復していったそうだ。



「……結局、選べる選択肢は一つだけです。ガラング様は最初から群島に行くつもりだったんですよ。魔族の統率者も交えて、人族にはそれを知らせずに」

「今のミラールの流れに乗るだろうな」

「マルクールも全部知っていたのね。その上で金儲けしようと。悪いわねぇ」


 考えながら話していると、お酒と串揚げが進む。

 ムラカは3杯目のビールを空にした。



 そして4杯目を注文し、ふと考えた。


「……思ったんだが、この状況でなぜエスティが狙われるんだ?」

「ん、魔力があるからじゃないですか?」

「いや、ある意味では統率者とガラング様との間で暗黙の了解のようなものがあるだろう。統率者は2度目や3度目の時のように、しれっと群島に逃げ込めばいい。それなのに、なぜ危険を冒してまでエスティを付け狙う?」

「ですから、それは魔力が――――」


 エスティは言い留まった。


 確かに、魔族の統率者は黙っていれば群島に行けたはずだ。なぜオリヴィエントでガラングと敵対するような行動を起こしたのか。


 よっぽど人族に紛れる事に自信があったのか、それとも何か別の要因が……。



 エスティは、オリヴィエントで起きた襲撃事件を思い出す。

 あの時、確か敵の首魁はこう言っていた。



「――――『魔族にはどうしても『種』が必要なのです』」



「そう、それだ」


 ムラカも同じ考えに至った。

 エスティの称号にある『種』という言葉。


「『種』が何なのか、奴らは知っている」



 魔族がエスティを求める理由。

 ガラングがエスティを保護する理由。


 『種』。

 きっと、同じなのだ。


「……ミア。ガラング様の思考をそのエロい目で覗いてもらえませんか?」

「難しいわね。あの国王、魔力を阻害するアクセサリーを大量に着けてたのよ」

「ほんと、厄介ですね」



 エスティはぐびっとビールを飲む。そして、お任せコースのストップをかけた。ストップしないと串揚げがどんどん出てくるのだ。ムラカも同じくストップしたが、ミアはまだまだいけると豪語した。


「ま、知った所で何が出来るかわかんないわよ。ヴェンが王に会えってのも、その辺の事情を知っているのかどうも分からないし」

「そうなんですけど……知らないまま終わってたと言うのが納得いかなくて」

「ヴェンに聞こう。私達は憶測で話してる」

「……そうですね」


 本当に、分からない事だらけだ。



 エスティはデザートをフォークでつつく。カステラにアイスが添えられていた。丁度いい具合に溶けており、アイスが光でキラキラと輝いている。


「……話は変わりますが、霧ヶ峰では風の無い日の朝に光の雨が見れるらしいですよ。何でも『ダイヤモンドダスト』という現象ですって。明日見に行きません?」

「いいな、行ってみるか」

「えええぇ!? 先に庵を改築してからでしょう! 外は寒いじゃない!!」


 顔に行きたくないと書いてある。

 だがミアの言う通り、改築用の素材はようやく全て揃った。足りなかった丸太も十分にある。


「むぅ……それもそうですね。明日、サクッとやってしまいましょうか」

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