第61話 新年からぐうたらする人達に怒る騎士



「明けましておめでとうございます」

「おめでとう、エスティちゃん!」


 今日は1月1日。


 エスティ達はこの世界の儀礼に則り、笠島家に新年のご挨拶に伺っていた。



「おめでとう、日向」

「ふふ、おめでとうロゼちゃん。それにムラカさん、ミアさんもおめでとう」

「オメデトウ」


 外面を整えたミアは、ログハウスを破壊してまわる聖女には見えない。エスティはある意味で関心していた。これでも、数時間前に寒い廊下で下着姿のまま寝ていたへべれけ女なのだ。



「今年もよろしくね、エスティちゃん」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ペンションが完成したら泊まりに来てくださいね」

「もちろん! 家族で行くよ!」


「――おぉい日向、そろそろ時間だよ~」

「はーい!」


 日向はエスティ達に手を振り、笠島一家は配送車で出発していった。元旦用に焼いたパンを、これから親族やご近所に配って回るらしい。



「……平和ね、ここは」

「魔族がいないのだ。我もこの世界に来てそれなりに経つが、敵がよく分からぬ」

「敵なんていませんよ。強いて言うなら、素晴らしい生活環境が敵でしょう……さて、私達も帰りましょうか。今日も清々しい一日になりそうです」



◆ ◆ ◆



 だが、清々しくは無かった。



 帰って来た瞬間に炬燵の電源を入れ、3人と1匹はのそのそと炬燵に潜り込む。


 炬燵はエスティの部屋からリビングへと移動されていた。暖炉の前は危ないので、ソファを一つ撤去してテレビの前に設置したのだ。



 本来なら、今は買い物に出かけているはずだった。初売りという祭りに乗っかり、酒や足りない木材を買い漁る予定だったのだ。


 だが、素晴らしい生活環境が生んだ怠慢な心がそれを拒んだ。「わざわざ人が多い場所に苦労して行く必要は無いんじゃないですか」というエスティの一言で、あっさりと寝正月に切り替わった。



「寒いと何もやる気が起きないです」

「エスティは寒くなくても一緒でしょう?」

「えへへ……正解ですぅ……」

「ちょ、ちょっと可愛いじゃない……!」


 ミアとエスティは仰向けで寝転んでいる。ムラカは今朝バックスから送られて来たばかりの新聞に目を通していた。ロゼも同様に、ムラカの隣で新聞を覗いている。



「ムラカ、何か面白い記事あります?」

「んー、そうだな……ミラール国民の移動は、暴動も起こらずに順調らしい」


 ミラール国民は、上手く各地に散っていた。あれだけの人数が大移動を行う影響は非常に大きいと、周辺国が覚悟して準備していたのも幸いだった。ミラール国民は温かく受け入れられ、仕事も斡旋され、新たな一歩を踏み出していた。


 このミラール国民の大移動を皮切りに、ネクロマリアの人族全体が対魔族の意思で一つに纏まろうとしていたのだ。



「それに対して、マルクール公国は良く書かれていないな。あの国で起きる戦闘を利用して、一儲けを睨んだ国や組織が晒し上げられている。まぁ、偏向的な記事かもしれないが……」

「へぇ。魔法商人か武器商人かしら?」

「そう。それに傭兵と冒険者だ」

「冒険者?」


 マルクール公国の僻地では戦闘が始まっていた。そして、この危機的状況によって資金がぐるぐると巡る国となりつつあった。


 それに便乗しようと商人や冒険者が集まり始め、ハゲタカのように資金を奪い去っているらしい。更に新聞には、マルクール王自身も一儲けに絡んでいると書いてある。


 マルクールに逆転の芽があるのかどうかは、誰にも分からない。その辺の不安も含めて、なぜ無駄に資源を消費して戦っているのかと疑問に思う人々が多いようだ。



「大体、こういう金にたかる虫ってのは、騎士とは違って最後まで残らない」

「そんなに儲かるものなんですか?」

「……残念ながらな。その代わりに、国庫は空っぽになる。きっとマルクール国内では『偉大なマルクール王』とでも持ち上げられているんだろう」

「それは……何とも言えませんね」


 そう言っておかないと、国民は不安になる。しかし、所詮は時間稼ぎ。どこかで防波堤が決壊し、国が瓦解するのも時間の問題かもしれない。エスティは天井を見ながら、ぼんやりと考えていた。



「その手の輩って、簡単には死なないのよねぇ。漫画でも最後まで生き延びて、主人公を前にして小便を垂らすタイプよ」


 そう言うミアは、いつの間にかタブレットで漫画を読んでいた。


「……漫画、私も読みたいです」

「私もアニメを字幕無しで見たいわね」


 エスティは目を閉じた。

 炬燵が暖かくて気持ちいい。

 眠くなってきた。



「ミア、我はお腹が空いた」

「……エスティ、愛猫が何かくれって」

「お豆腐が冷蔵庫にあります……から……」


 2人は動く気配がない。

 ロゼは渋々、冷蔵庫へと向かう。



 ムラカはその様子を見て思った。


 最近、この2人のたるみ具合が酷い。


 元から駄目な性格だったが、炬燵が導入されてからは、その駄目具合が特に顕著になっている。生きているのに死んでいるような、見ているとこちらまで不安になる腐ったロットングールみたいだ。


 エスティのオッドアイに生気は見えない。そのうちコバエが集ってもおかしくない顔だ。ミアはネット漫画と麻雀で頭が一杯だし、最近はゲームにまで手を染め始めた。


 しかも、ロゼはそれらを注意しない。いや、したのかもしれないが、多分もうロゼの中では諦めている。



 バックスはエスティはこのままでいいと言っていたが、どう見ても駄目だ。

 というか、このままでは自分まで腐る。


 ムラカは気合を入れ直した。


「……お前ら、今日は私が飯を作る」


「「!!?」」



◆ ◆ ◆



 庵の広場。

 時刻は14時。



「ささささっっぶうぅう!」


 そろそろ出来上がると聞いてウッドデッキにやって来た2人と1匹は、身を寄せ合って寒さをしのいでる。


「なぜ無駄に外で鍋などするのだ……!」


 ムラカは一人、広場の中心に置かれた大鍋で、何かをぐつぐつと煮ている。



「ちょっとあれ、何を作っているんです?」

「ししし、知らないわよ。怒ってるムラカに触れたくなんかないわ」


 漂ってくる匂いは、驚くほど臭い。


 エスティはムラカが野菜を持って行ったのは見たが、酢と青汁を持って行ったのも見た。健康志向のムラカが相当ヤバい物を作っているというのは分かる。


「くさっ……オェッ……この酸味、ミアの蒸れた靴下の匂いがします……」

「分かる、この前のやつだな」

「あんたら何で嗅いでんのよ!!」

「臭い靴下って嗅ぎたくなるんですよ」

「臭くないわ!!」



 ミア達が怯えている間に、ムラカはおたまで味見を始めた。だが匂いが強烈なのか、おたまに顔を近づけた瞬間、頭をぐわっと大きく後ろに反った。


「……よし出来た、皿を持って来い!」


 こちらを向いて手招きしている。


「冗談でしょ……今のは完全に失敗したって反応じゃない!」

「行ってくださいミア、親友でしょう?」

「親友に毒を盛られたらたまんないわ」

「ちょ、押さないで下さい……よ!」



 いつまでも文句を言って来ないエスティ達に嫌気がさしたのか、ムラカがウッドデッキに鍋を持って来た。


「ほら、たんと食え」


 見た目だけは美味しそうに見える。

 だが酢が大量に入っているのか、湯気だけで涙が出そうだ。とにかく臭い。


「靴下……ウッ!」

「た、玉葱があるからな……我は戻る」

「ずるいですよロゼ!」

「――おいエスティ、何がずるいんだ?」


 ……ムラカが怒っている。



「これは、お前達2人が弛んでいるから起きた事件なんだ。もっと女神と聖女としての自覚を持て。明日は雪山で修行しに行くぞ」

「事件って言ってるじゃない!!」

「そんな事よりも見て下さい、蓼科の食材が泣いてますよ……ぐざい!!」

「ぐっ――栄養だ。お前たちには栄養が足りていない。特にその頭にな!!」



 ムラカはやけくそになったのか、鍋から顔を背けながら器に取り分け始めた。だがその顔は完全に料理を拒絶している。


「オェッ……残すなよ。ミラール国民は明日の飯も食べれないのかと不安なんだ」

「ミラール国民でも泣いて残すわよ!」

「よぉしまずはお前からだ、ミア!!!」


 ミアがムラカに捕獲された。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!!」


 そして口を強引に開かれ……美味しそうな料理が口に突っ込まれた。



 ロゼは屋根の上からその様子を眺めていた。


「……気の毒に」

「――――呑気なものだ」


 その声に、思わず逃げる体勢を取った。

 未だに聞き慣れない声だ。


 神出鬼没のムラカの使い魔。


「……ヴェン。お前、大丈夫なのか?」

「まだ無理だ。少しずつだ」

「早くしろ。お前の主は天然で暴走する」


 ムラカはエスティを捕獲し、料理を突っ込んでいた。そのムラカの怒っている顔は、ロゼの目からは何故か楽しそうに見えた。



 ヴェンの身体がスーッと消え始める。


「魔族に備えろ。王に会え――」

「……備える? 王? おいヴェン……」


 ヴェンは再び、眠りについた。

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