第60話 【時空の掃除機】⇒【女神砲】
今日は12月31日。
昨日と同じ、いつも通りの静かな朝だ。騒がしいのはテレビの中だけで、年の瀬だからといってこの蓼科の森が何か変わるわけでは無い。
だが、今朝のエスティの家の雰囲気は、いつもと少し違っていた。
カーテンを閉めた薄暗いリビングには、重苦しい雰囲気が漂っている。まるでダンジョンボスを前にした時のような張り詰めた空気。そこにいる全員の目が本気だ。
今――大掃除を賭けた熱い戦いが、炬燵の上で繰り広げられていた。
「いいですか……私はピンズの5を切ってリーチをします。よぉぉく考えて下さいね、この家の主は私ですからね、いきますよ…………リーチ!!」
「ロン、はい満貫」
「ば゛か゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!」
エスティは天を仰いで後ろに倒れた。
点棒が無くなったため、最下位決定だ。
「エス、なぜ役満ばかりを狙うのだ?」
「そりゃ一番強いからですよ!」
「甘いわね。麻雀というのは、どれぐらい相手の邪魔が出来るかというゲームなのよ。嫌がらせが最も上手い人が、麻雀が上手い人なの」
「そう言うお前は3位じゃないか」
1位ロゼ、2位ムラカ、3位ミア、4位エスティ。
ロゼだけが掃除無しで、ムラカは片付け。ミアはログハウス内部の大掃除で、エスティは外回りの掃除となった。
「さて、片付けてくるかな」
「我は寝るとしよう」
行動力のある1人と1匹は、早速動き出した。
それとは対照的に、4位のエスティは仰向けで寝転んだまま欠伸をし、3位のミアは麻雀牌でイカサマの練習を始めた。
「……寒いから、日が真上に昇るまで動きたくないですよねぇ」
「真上に昇ったって寒いわよ。着る炬燵とかないのかしら」
「あるわけ無い……閃きました。ちょっとお酒を飲んで温まりませんか?」
「あら、エスティは天才ね!」
そうして酒を飲もうと起き上がった瞬間、ムラカがやってきて炬燵をめくりあげた。
「はぁ……2人ともサボるなよ。さっさと炬燵から出てくれ、片付けの邪魔だ」
ムラカの一言で、2人はのそのそと炬燵から抜け出した。炬燵の中と部屋の温度差で、急に体が冷えてくる。と思ったら、ムラカが窓を全開にして部屋の換気をしていた。
「この広い家を掃除するなんて、バイト代を貰わないとやってられないわ」
「むしろ家賃をくださいよ」
「冗談よ。この前テレビでやってた新しい掃除機が欲しいわね。吸引力の変わらないただ一つのガトリングみたいなやつ」
「あ、それ作りましたよ」
エスティは工房の壁に立て掛けてあった細長い魔道具を持って来た。
「【時空の掃除機】といいます」
いつもの魔石や魔獣の皮の魔道具では無い。ホームセンターで買った長いラップの筒に持ち手を取り付けられ、持ち手の周りには魔石が埋めこまれた粘土と魔獣の皮がぐるぐる巻きに張り付けられている。
「よからぬ名前ね。何となく想像はできるけど、どういう魔道具なの?」
「この持ち手を握ると、2つの魔石に触れる事になります。風と時空魔法の魔石ですね。筒の先端から吸引力の変わらない風でゴミを吸い込み、時空魔法によって転移門を開き、そこにゴミが流れて行きます。魔力を使うのはONとOFFの時だけで、あとは蓼科の魔力で勝手に動きます」
効果は掃除機と同じだ。だが、ゴミを毎回捨てる必要も無く、電源も無い。
「便利じゃない。ゴミはどこに行くの?」
「ゴミだらけの部屋に自動的に転移されます。まだ調整中ですが、使ってみますか?」
「へぇ、凄いわね。使わせてもらうわ」
ミアは魔道具を持ち、早速掃除を始めた。
口笛を吹き、上機嫌だ。
頭がお掃除モードに入ったようだ。
こうなってしまっては、エスティも掃除せざるを得ない。
「窓から拭いてきますかぁ」
ごしごし。ごしごし。
窓を拭き、冷たい水で洗う。
いつの間にかお昼前になっており、空の雲は去っていた。
高い木々に囲まれている影響で庵に差し込む日差しは少なく、選定されていない木々からの木漏れ日もほとんど無い。それでも、朝よりかは幾分暖かく感じる。
エスティは汗をかかない程度に外掃除を続けていた。高所や外壁は買ったばかりの高圧洗浄機を使って汚れを除去していく。建築して数ヶ月しか経っていないが、山の中にあるせいか、虫の死骸や蜘蛛の巣などが多い。
「スウゥゥ…………はぁぁ~」
それにしても、空気が美味しい。
味があるわけでは無いが、ふとしたときに木々の香りが鼻に残っている。灰の匂いが漂うネクロマリアとは大違いだ。エスティは目を閉じ、自然を感じるために深呼吸をしようとした。
「――――――ぎゃあああああ!!」
「……ん?」
庵の方からの叫び声。
ミアだ。
また、変な虫でも踏んだのかもしれない。
「ちょちょちょっとエスティ!! ゴミだらけの部屋って私の部屋じゃない!!」
「あ、それ調整中なので……」
◆ ◆ ◆
ネクロマリア、元ミラール国南部。
ミラール国民の大移動が始まっていた。
物資は足りない、食糧も足りない。それでも、生き残るには故郷を捨てるしかない。生きる為に選べる道は一つだけだった。
近隣諸国は好意的に受け入れを許可してくれた。ガラングがエスティの作った【弁当箱】を贈呈する事で、上手く話を取り付けたのだ。食糧事情だけが問題だったが、その辺の問題もそのまま各国に丸投げされた。
台車が列を作り、街道をぞろぞろと南下して行く。ミラールで近所だった人達とも、お互い簡単には会えなくなるだろう。悲壮感の漂う長い列が、街道を埋め尽くしていた。
そんな一団の先頭。
馬車の中に、マチコデとバックスがいた。
マチコデは元ミラール国王子として、バックスは女神の代理人として、道中の領主たちの折衝役を任されていたのだ。
「……殿下、私のキスの味ってどんな味だったのでしょうか」
「俺が知るか。お前も兵士も嬉しそうに笑っていたから美味しいのではないか」
バックスは酷く落ち込んでいた。
青幻惑草をエスティに送った自分もアホだった。あまりにも珍しく、元研究者の血が騒いで興奮していたのだ。
「そう気を落とすなバックス。アメリアは腹を抱えての大爆笑だったぞ」
「それ、どうなんですかね……」
アメリアはよく笑う。特に、バックスがやらかしているのが大好きらしい。
「ところで殿下。こいつをどう思います?」
バックスは魔道具を一つ取り出した。
「【時空の掃除機】か。恐ろしいな。消費魔力が大きすぎて連続起動が出来ないが、吸い込んだ物を使用者が嫌だと思っている相手の元へと飛ばす、だったか」
「えぇ」
単純にゴミを【弁当箱】に収納するのではなく、嫌な相手に飛ばすという無駄な機能がエスティらしい。
「……使い道が難しいな。俺が使うとどこぞの魔族の元に飛ばせるって事だろうが、どこに飛ぶのかは分からん。しかも飛ぶのはゴミだ」
「――――殿下。私はようやく気が付いたんですよ。妹弟子の言う通りに魔道具を使っていたら、碌な目に遭わないという事を」
バックスはぐふふと笑っている。
不気味な研究者の顔だ。
【青幻惑草の雨】で、かなりのトラウマを植え付けられたようだ。
「……今、このミラール国民の大移動で排泄問題があるじゃないですか」
「排泄問題って……そんなもの、その辺に出しておればいいだろう?」
「駄目ですよ殿下! 道中の村々から物凄い量の苦情が出てるんですよ!」
食糧を漁り、脱糞して旅立っていくミラール国民。人数が多いので排泄物も多い。もよおしたらその辺で用を済ますのが当たり前になっていたのだ。
「そこで、私がこの【時空の掃除機】改め【女神砲】でミラール国民の脱糞を魔族の元へと飛ばしてやろうかと思いまして」
「お前、掃除機でウンコを吸うのか!?」
「はい!!」
バックスは魔族にウンコを飛ばすという、悪質な攻撃手段を得たと考えていた。
全部、魔族のせいだ。魔族が悪い。
バックスはストレスが溜まっていた。
マチコデはそんなバックスの顔を見た。真剣な表情だが、その顔には大きな隈が出来ている。目を瞑るとキスをした兵士の顔が目に浮かぶらしく、最近は寝不足だと言っていた。
「……分かった。好きにするといい」
「はい!!」
バックスは嬉しそうに微笑み、【女神砲】を構えた。
◆ ◆ ◆
オリヴィエント城。
「おい何だ! 何なんだ一体!!」
ガラングの執務室が、トイレ化した。
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