第52話 生々しい別荘事情を破壊する聖女



「『私は破壊と嘔吐の聖女ミア。今から木をぶっこ抜くの。しかも素手でね!』」



「ちょっとエスティ! 変なセリフをあてないで……ぬおおおっ!!」

「お、おい待てミア、地面が崩れる!」


 ミアが抜こうとした細めの木が、思いのほか根が張っていた。地面がぐぐっと浮き上がるだけで抜ける気配はない。


「我は驚いた。とんでもない力だ」

「これは切らないと無理そうですか?」

「はぁ……はぁ……そうね」


 ミアは冷たい地面に腰を下ろした。


 切る方法はいくらでもある。だが問題は切った後にそのまま根が残る事だ。再びその場所から生えてくると、場所によっては建物を貫通しかねない。そのため、切った後に枯らさなければならないのだ。


 通常なら小型のユンボで木を抜いたりすると成典は言っていた。それほどまでにこの辺りは深い根が張っているのだ。



「何だか地味な作業ね」

「いやいや、ド派手ですよ。何せ聖女が木を引っこ抜いてるんですから。折角ですし笑いヨガしながらやってくださいよ」

「あんたヨガをもっと尊重しなさい」


 そう言うとミアは再び立ち上がり、服に付いた木の葉を払い落とした。汚れの付いた軍手を装着して、両手でぐっと白樺の木を掴む。


「しかし、抜ける気がしないわね」

「抜くときに何か叫んだらどうですか? 愛とか憎しみとか、何でもいいので」

「何よそれ、叫んだらどうなるの?」

「力が増すらしいですよ」

「ほう」



 ミアは両足を抜きやすい位置に移動する。

 大きく深呼吸して、力を一気に込める。



「やっほーエスティちゃん、何し……」


「――中゛島゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

「ぶっ!」



 日向の目の前で、ついにミアが木を抜いた。


「こんにちは日向」

「え、エスティちゃん。今ミアさん中島って言ってなかった?」

「急にどうしたんでしょうね。寒さで狂ったんでしょうか、私もびっくりしました。きっと私達の知らない中島さんですよ」

「そ、そうだよね。ははは……」


 エスティとミアはこの後、日向の案内で解体希望があったログハウスへと向かう予定だった。今度は白樺湖側ではなく八ヶ岳側の別荘地らしく、陽子が車を出してくれる。


 改築用の資材はここ数日で順調に集まっていた。家具家電は十分に揃えたし、木や石はその辺に沢山落ちている。足りないのは丸太などの大き目の壁材などで、その一部を今日取りに行くのだ。



 ミアは抜いた細木を地面に置いて、エスティの元にやってきた。日向に会釈をし、オホホと聖女を取り繕う。もはや手遅れだが、優しい日向は信じたふりをしていた。


「コンニチハ~!」

「こんにちは、ミアさん」

「ミア、先にログハウスを破壊しに行きましょうか」

「分かったわ。今なら何でもやれる気がする。流石は中島さんね!」


 運動服のミアが腕をぐるぐると回し、玄関へと戻って行った。扉の傍に立てかけていた薪割り用の小斧を【弁当箱】に収納し、靴を履き替える。


「……奴の元気を我に分けて欲しいぞ」

「元気過ぎるぐらいですね。冷静に考えたら『ログハウスを破壊しに行こう』という言葉もおかしいですよ」

「せめて、我らは常識人でないとな」

「ふふ、ロゼは常識猫ですよ?」


 エスティはロゼを抱きかかえ、日向と共にミアの元へと向かった。



◆ ◆ ◆



 この建物、元はペンションだったそうだ。


 平屋だがそこそこの広さがある。地階はコンクリートで嵩上げされており、造りは頑丈そうだ。


 客室は2部屋しかなく、家の中もペンションらしい家庭的な雰囲気が残っている。敷地の入口には住所看板が立ててあり、今も管理会社に管理されている事を示していた。


 しかし、建物の所有者は十数年訪れていないそうだ。草木は伸び続け、建物は誰の手も加えられずに放置された状態らしい。これはよくある話だそうだ。ペンションだけではなく別荘も同じで、管理費だけを支払って年に一度も訪れないという人もいる。



「何の為に買ったのか分からないよねー。お金が勿体ないよ」

「そうよねぇ」

「ここ最近は多いんですよ。管理費だけは頂戴してるのですが、人が居ないと地域が空洞化してしまいます。中古別荘は買い手が付きにくいですし、なかなか難しい問題です」


 管理会社の案内人は、苦笑いでそう話す。


「高齢化も進んでるのよねぇ。高齢夫婦だけを別荘に残しておくってのは、家族からすると結構不安だと思うわ」

「仰る通りです」


 豊かな人生を送るための有効なお金の使い方とも言えるし、勿体ないお金の使い方とも言える。どちらにせよ、裕福な家庭なのは間違いは無かった。



 そんな建物の一つを、ミアは豪快に解体していった。小さな斧で柱を壊しつつ、石を屋根に向かって放り投げる。何で魔法使いをやっていたのか分からない程の怪力だ。


 エスティはそれを躱しながら邪魔にならないように並行して解体を進め、素材を空間に収納していく。



 その非現実的な光景に、管理会社の人は目を丸くしていた。


「いいですか、私は生きているコンテナです。そして、あの人は生きているユンボです。あの笑顔をユンボとして見て下さい」

「な、なるほど……」

「すみません、全部マジックですから!」


 解体費と処分費は無償という事で、どうにか現実を受け入れてもらうしかない。


 それなりの大きさの建物がバコンバコンと解体されていく。ユンボは何かを叫んでいるが、それ以上にログハウスを破壊していく姿のインパクトが大きかった。


「お母さん。あの二人、もしかして解体屋で食べていけるんじゃない?」

「どちらかといえば芸人ね、芸人」


 その日の夕方、建物の基礎を残してすべての解体が終了した。



◆ ◆ ◆



「ふぃ~。今日はいい汗をかいたわ」


 エスティとミアとロゼは、仕事終わりに家の露天風呂に浸かっていた。ロゼは仰向けでプカプカと浮いている。



「エス、材料は揃ったのか?」

「まだですね。ですが、今日の作業でかなり稼げましたよ」


 あともう1軒ぐらい家を壊せば揃うはずだ。管理会社の人は引いていたが、それを気にしてはいけない。使わなくなったものを再利用する活動なのだ。



「しかし面白い魔法ね、《魔女の庵》って。こんな複雑だと思わなかったわ」

「どちらかといえば《設計魔図》が面白いですね。家を好き勝手に作り変えるのは楽しいですよ……ふぃ~」


 エスティは気持ち良さそうに目を瞑りながらそう言った。そして口を湯舟の中につけて、ブクブクと泡を出して遊び始める。



「先に上がるわ。今晩は辛味噌鍋よ」


 ミアは湯船から上がり、ずんずんと脱衣所に戻っていった。エスティとロゼは目だけでその様子を見ていた。


「……たくましい背中ですねぇ。彼女の前世はオークだったんでしょうか」

「太ったのでは無いか?」

「ちょっとロゼ! そんなこと言ったら夕飯のおかずにされますよ。あれは鍛え抜かれた筋肉ですよ、筋肉」

「いや、間違いなく太ったぞ。ポヨポヨとしているではないか。ムラカがいない今、我が代わりにしっかりと釘を刺しておこう。奴は脂肪の塊だ、まったく」



 そう言って、ロゼも脱衣所へと向かった。

 覚悟を決めた表情だ。


 そして数秒後――。


「――――ニ゛ャ゛ア゛ア゛ァ゛!!」



「うちの使い魔は勇敢ですねぇ……」


 ロゼの断末魔が、夜の森に響き渡った。

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