第53話 冬の朝の炬燵談義・【魔力玉】
「――ふっ!」
ムラカの一閃で、青い血が舞い散る。
斬り伏せたのは大型の青トカゲの亜種だ。荒野の山に順応しているのか、やせ細っていて体が固い。
ムラカがネクロ山脈を目指して、一週間が経過した。
ドラゴンを切った時の快感は未だに覚えている。あのとどめの一撃が、ムラカをここまで押し上げていた。
あの時はマチコデやミアの手厚いフォローがあったが、今はソロ。魔物の罠にかからないよう慎重に進みながら、ようやく山の中腹まで辿り着いた。蓼科で取り込んだ魔力がそうさせるのかは分からないが、1週間を経過しても体は衰えを知らない。
ムラカの魔力は非常に弱いが、それでもエスティの作った【弁当箱】は使用する事が出来た。岩場に腰掛け、取り出したパンをひとかじりして山の頂を眺める。
「……雲で見えないな」
方角は合っている。かつて人族が踏破した時の道に沿ってはいるが、それは遥か昔の話。崩れ落ちた岩などで、地形が変わっている可能性は高い。
「――――グォォォオオ……」
地鳴りのような咆哮が聴こえる。
山頂にいる生物の声だ。
「古竜か、面白い」
ムラカは手元の剣を見た。
エスティから持たされたこの剣は魔道具らしい。柄に魔石が2つ埋め込まれている。そしてネットで購入した丈夫なナイフが3本。投擲用だ。
この程度の武器で古竜に勝てる気はしないが、出会ったら戦わざるを得ない。勝ち目がないと分かっているのに、なぜこんな危険を冒すのか。
秘宝に興味は無いが、景色に興味はある。
ムラカは休んだ体を起こし、再び山頂を目指して駆け上がり始めた。
◆ ◆ ◆
12月の初旬。
11月に比べ、気温は更に低くなる。
吐く息も白く、布団から出るのにも勇気が必要だ。
暖炉には薪を焚べてから眠っているが、朝には灰しか残らない。ミアとエスティはお互いに相手が暖炉に火を付けたら起きようという、堕落者ならではの駄目な思考に陥っていた。
しかし、エスティは考えた。
相手より駄目な人間にはなりたくない。ゲロ聖女よりは上に立ちたい。エスティは打開策を求めて、とある家電を工房に導入した。
そんな冬の朝8時だ。
「『――私は、敵を倒した者より、自分の欲望を克服した者の方をより勇者と見る。自らに勝つことこそ、最も難しい勝利だからだ』」
エスティは強めにそう言い放った。
「アリストテレスという偉人の言葉です」
「まるでマチコデ様のようね。それでエスティ、急にどうしたの?」
「私の
狭い工房を模様替えし、試しに小さな炬燵を導入したのだ。そしたら、朝からミアとロゼが居着いてしまった。
サイズは一人用なので、グラマラスなミアが入るとエスティの足が机の脚に当たってしまう。それにロゼも頑なに炬燵から出ようとしない。
「嫌よ、寒くて死んじゃうわ」
「この聖女……」
自分が居候だという事を最近忘れている。
「ロゼ」
「我はエスティと共にいる」
「口だけはお上手ですね」
そしてロゼは炬燵からニュッと顔を出し、新聞を読み始めた。
「エスティ。『考えるな、感じろ』これは、かの有名な拳法家の言葉よ」
「余計な事は考えずに私も炬燵に入れさせろ、という意味ではないですよ。大体、リビングに暖炉があるじゃないですか」
「あれ面倒くさいのよ、毎回薪足すの」
「ムラカ、早く戻ってきませんかねぇ……」
ムラカは働き者だった。誰よりも早く起きて暖炉に火を入れ、薪を作り、掃除を始める。雑用も修行と捉えて積極的に行動してくれた。
「私はムラカを見てると、何だか人間って働いたら損だなと思っちゃうのよ」
「親友相手に凄い感想ですね。誰かが働いているから社会が成り立つんですよ?」
「甘いわね。人族はそろそろ何もしなくても成り立つ社会を生み出すべきなのよ。全人族が総力を挙げて、働かない社会を作り上げるの。もちろん、私達はそれを見ているだけよ」
「流石ですミア。甘いのは自分なのに全くブレませんね」
お互いにぬくぬくと目を閉じながら、中身の薄い会話を続ける。炬燵の影響なのか、朝から妙に心が荒んでいる。
ロゼがパラリと新聞を捲り、一つの記事を読み上げる。
「『勇者マチコデ、ミラールにて女神のクシャミを使用して、魔族の巨大な巣を一人で潰す』か。迷宮が一瞬で廃墟に……流石ではないか」
「マチコデ様は負け知らずねぇ」
ロゼが見ている新聞の一面には、マチコデの功績が大々的に記されていた。ミラールに嫁いだとはいえ、マチコデは今もラクスの明るい話題の筆頭だ。
ミアは自身の【弁当箱】から取り出した温かいお茶を飲み始めた。朝食のパンと皿も取り出し、エスティに差出す。今日の朝食は炬燵で頂くのだ。
「おい、ミアの代わりの聖職者がかなり良好な人物らしい。『聖職者ドレンティン、国王より勲章を授与される』。何故かお前の事は一切書いていないな」
「腫れ物には触れないでおこうというやつでしょうか。いやぁ世論は怖いですね」
「逆に傷つくわ。せめて、引退したとか書いといて欲しいわ」
「ミア、蓼科には『老兵は死なず、ただ消え去るのみ』という言葉があってな」
「老いてないわよ、失礼ね!!」
ロゼはミアの攻撃を避けるように、シュッと炬燵に潜った。
そして、エスティは後ろにあるベッドマットにもたれ掛かった。丁度いい高さにあり、枕のように頭を置ける。
「ふぁ~……ふぅ。ちょっと眠いです」
「もぐもぐ……そういえばエスティ、あんた夜遅くまで何してたの?」
「仕事ですよ。新しい魔道具です」
エスティはのそのそと炬燵から出て、工房の机からいくつかの小さな魔石を拾い、炬燵机の上に置いた。灰色の魔石で、その大きさは小指の爪程しかない。
「【魔力玉】です。蓼科の魔力しか入っていない、シンプルなものです。魔石の中の時間は止まっています」
「へぇ、どうやって使うの?」
「その辺で迷ってるんですよ。
根付いていない魔力は靄のようなものだ。大地に与える事はできたとしても、すぐに霧散して薄まり消えてしまう。ネクロマリアでもこれまでに何人もの研究者が調べてきたが、成功した事例は一つも無かった。
「やれる事はやってみようかと」
簡単な話では無いが、何もしないよりかはましだ。
「エス、神話の時空魔法使いは一体どうやったのだ?」
「私と同じらしいですよ。大地に魔石を埋めたのです。複雑な術式があるはずなんですが、それを理解できるのも時空魔法使いだけのようで、当時の書物には詳しく記されていませんでした。完全に行き詰りましたよ」
エスティは溜め息を吐いて天を仰いだ。
ガラングは神話の情報をくれると言っていたが、送られてきたのは大した事の無い歴史書だ。時空魔法についての文献はどこにも存在しないので、自分で調べを進めるしかない。
工房の机には応用魔術教本が積み上がっていた。だが、まだまだ知識が足りない。エスティはバックスには研究書類を送れと催促をしていた。
「当分、エスティは引退できないわね」
「ま、楽しいからいいですよ」
エスティは魔石を片付けた。今日も弁当箱の作成と並行しての研究だ。
「何言ってるの。麻雀の方が楽しいわよ。エスティ、貴女も早く麻雀を覚えなさい。この炬燵でムラカとお喋りしながら、皆で永遠に麻雀するのよ」
「永遠ってどんな拷問ですか。ミア、『人間は年をとるとお喋りになる』という生物学的な結果がありましてグェッ!」
「お風呂行くわよ」
お風呂という言葉で、ロゼも動き出した。
「気を付けろエス、『老人に忠告をするのは、死人に投薬するようなものだ』という皮肉めいたことわざがああああああぁ!!」
「あんたら楽しんでるわね」
ぐったりとするエスティとロゼを両腕で抱え、ミアはのっしのっしと朝風呂へと向かった。
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