第47話 姦しいピッツァ会議
11月中旬。
すっかり料理が趣味となったミアは、広場に設置されたばかりの石窯でピザを焼いていた。
こんがりと焼けた生地の匂いが周囲に漂い始め、エスティはぐうぅとお腹を鳴らす。ミアの料理は基本的に美味しいのだ。
そこに、ムラカがやってきた。
ミアの私服を借りたムラカは、長い黒髪をそのままだらりと垂らし、エスティの隣に座る。
「もう平気なんですか?」
「あぁ。ミアのおかげでな」
「感謝しなさいよ、あとここに住むなら働きなさいよ」
そう言ってミアは薪を追加する。
「……奴は自分の家だと偉そうだな。エス、あれがニートというやつか?」
「ちょっとロゼ、ニートにも色々と種類があるんですよ。ミアは多分、駄目なやつです」
「聞こえてるわよ」
自分の噂についても耳が良い。
実に厄介な聖女だ。
「今日のピッツァは高原野菜とフルーツのピッツァよ! なんと八ヶ岳の牛さんから搾られたチーズもふんだんに使用したわ!」
ミアは嬉しそうに説明する。
ムラカはその様子がおかしいのか、ふふっと笑った。
「ここの生活が合ってるじゃないか」
「どうでしょうね。ピザではなくピッツァと言う所に、家主へのリスペクトを感じませんでした。ピザでいいでしょう」
「家主は細かいな」
「ふふ、でも美味しそうです」
ミアは焼き立てのピザをウッドデッキのテーブルに運んできた。
今日は秋空の下、ムラカの快気祝いに女3人で外ランチだ。
ムラカが蓼科にやって来てからまだ二日。傷はまるで最初から無かったかのように消え去っていた。
「この地の魔力が異常なのよ」
普段なら治せないレベルの傷も、この蓼科でなら治せる。ミアもそう言って驚いていた。
ミアが焼き立てのピザをカッターで切り分ける。こんがりと焼けた生地の上に焦げたチーズがトロトロに溶けていて、食欲をそそる。
食べる前に、エスティはパンと軽く手を叩いた。
「さて。折角皆が揃ったので、これから先の事を決めます。ピザを食べながら、今朝の兄弟子からの手紙の内容をもう一度確認しましょう」
「待ってエスティ。その前に、マチコデ様が格好良かった件について情報共有が必要よ」
「あぁ、あれはしびれたな」
「む?」
エスティは2日前の出来事を思い出す。
確かに、あれは格好良かった。
あの毎回窮地に助けに来る感じは特撮ヒーローそのものだ。怯えながらエスティと敵の間に割って入ったのもポイントが高い。マチコデが助けに来なかったら、自分は今ピザを食べていないだろう。
3人は目を瞑って回想する。
「……あんな風に、いつも誰かを救ってるんですね」
「しかも強い」
「何より、見た目が格好いいわよねぇ」
「我のピザはまだか?」
「「……」」
エスティ達は無言でピザを食べ始めた。
生地の焦げが香ばしい。
「もぐもぐ……エスティ。あんたの使い魔、エスティみたいね」
「どういう意味ですかミア。私は空気を読みましたよ」
「我もピザを食べたい」
「うっ……わ、分かったわよ」
猫がそういうと、可愛く見えるから不思議だ。
ミアは魚のピザを切り分けた。
「長野の燻製サーモンピッツァよ」
「ほう……うまそうだ」
「ん、山しか無い長野でサーモンが捕れるんですか?」
「捕れるのよ。これも謎技術」
「はぁ……なるほど」
エスティはここに住んで月日は経つが、まだ知らない事だらけだった。
まして、蓼科に来たばかりのムラカはエスティ以上に知らない事が多い。傷が癒えるや否や、あらゆる技術についてミアに質問攻めをしていた。
ある程度ピザを食べ終えたエスティは、手を拭いて空間から手紙を取り出した。バックスから今朝届いたばかりのものだ。
「『事後処理はオリヴィエントの警備不備で決着。しかし、女神の扱いは二分。黒装束は魔族の統率者』」
エスティは続けて読み上げる。
「『ラクス王は臭い魔法陣で帰国』」
「ん、臭い魔法陣……?」
「あ、いえ何でもありません。続けます」
ミアが食いついた。
この聖女、勘がいいのだ。
「『妹弟子は今まで通り魔道具を送る事。立場が複雑なので、基本的にはネクロマリアに顔を出さないように。ムラカ様はそのまま妹弟子の護衛に付く事。魔族の進行は気にしない事』以上です」
「何とも端的な内容だ。我はまだバックスが隠し事をしているように思える」
手をペロペロと舐めながら、ロゼはそう告げた。
「蓼科に閉じ込められている気がするわね。筆跡はバックスの字なの?」
「えぇ、間違いないです」
バックスはよく気を遣う男だ。そしてそれは、大抵は正解に繋がる事が多かった。
だが、状況が分からないのはもどかしい。知ってしまった以上、何もしないわけにはいかない。
「エス、どうする。じっとしているのか?」
エスティは、ミラール王が自分を頼って来た光景が目に浮かんでいた。
マチコデほどの熱意は無い。だけど、人並みに人を助けたいという思いはあった。
「私は兄弟子を信頼していますし、言う事にも従います。それに私の心の軸として、この蓼科で自由を謳歌する事に変わりはありません。でも……」
エスティは口籠った。
「でも?」
「誰かが私の助けを必要としているなら、それにこの人生を賭けてもいいと思いました」
エスティは真っ直ぐ前を見ていた。
目の前は白樺の森。
その先は、未来を見据えていた。
エスティの言葉を聞いていた2人と1匹は、そんなエスティを見て目を丸くした。
「エエエェェエス、我は感動した!!」
「何だ、熱い台詞じゃないか」
「あらあら、いい子いい子!」
「ちょ、わっ……!!」
ミアがエスティの頭をぐるぐると撫でた。
「照れちゃって、可愛いわねぇ」
「急に何ですか! ああぁもう、言うんじゃなかったです……!」
エスティは顔を赤くして、両手を頬に当てた。褒められ慣れていないエスティは少し俯き、足をパタパタとして恥ずかしがった。
ムラカはその様子を微笑みながら眺めていた。
「それで、具体的にはどうするんだ?」
「……ふぅ。今までと大きくは変わりませんよ。役に立つ物を作ります。あとはこの庵と、『種』についても調べようかと」
「『種』か」
「いまいちよく分からんな。騎士の間でも聞いた事が無い」
「ま、やる事は多そうですね……んー!」
エスティは大きく伸びをした。
清々しい昼時だ。
「にしても、また私達が一ヵ所に集まるとは。まるでこのピッツァのようね」
「何だミア、言いたかっただけか?」
「そうよ。ムラカ、この蓼科ではジョークというものが大切なのよ」
「漫画の読み過ぎですよ、まったく」
文字が分かるからと、最近のミアはネットコミックをひたすら読み漁っていた。タブレット端末を買い与えたせいで、翻訳の仕事もほっぽりだして夜中まで読んでいる。
「さぁて、後片付けしましょ」
だがミアはそんな聖女らしからぬ行動も気にせず、伸び伸びと生活をしている。エスティは、この聖女からは元気を貰える気がしていた。
「エスティ、私の部屋も作ってくれ」
「いいですよ。ムラカはどんな仕事ができるんですか?」
「護衛だ」
「護衛ですかぁ……」
エスティがどうしようと迷った、その時だった。
「――おぉい、エスティちゃーん!」
日向が野菜を持ってやって来た。
それを見たエスティに、天啓が舞い降りた。
「ムラカ、貴女は魔道具が使えましたよね。物資の輸送を行って下さい」
「それは構わないが、護衛はいいのか?」
「不要です。彼女を紹介しましょう」
そう言って、エスティは日向の元へと駆けて行った。
残されたミアは、ムラカに話しかける。
「ムラカ、私は知ってるわ。この世界ではパシリと呼ぶの。名誉ある仕事なのよ」
「名誉か……分かった。私はパシリだ!」
それを聞いていたロゼは思った。
エスティの駄目な所がミアに移っている。
「まったく……平和だ。シロミィちゃんに会いに行くか……」
「ん。ロゼあんた今何って言った?」
この厄介な聖女は、無駄に耳が良かった。
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