第46話 人助けの勇者



 広場で起きた爆発音と振動は、城内にまで届いていた。


 それは、バックスやミアが留守番をしていた部屋も同様だった。



「な、ななな何なに!?」

「おおお落ち着きましょうミア様!」


 二人は小心者だった。


「平気平気。何よあんたらびっくりしちゃって。はっはっは!!」


 それに対して、バックスの妻アメリアは山男のように笑う。



 だが実際には平気では無かった。


 扉の向こうから、扉番がバタンと倒れる音が聞こえた。その大きな音に3人はビクンと肩を震わせ、静かに扉に振り返る。


 そして、ゆっくりと扉が開かれた。



「……無事だな。バックス、急いで俺を連れて行け!!」


 現れたのは、人助けの勇者マチコデだ。


「連れて行けって……殿下、さっきの音といい、一体何があったのですか?」

「広場でクーデターが発生した。エスティやこのオリヴィエントを陥れるための罠だろう。黒装束の一団が廊下を抜けていった。敵味方が分からん。とにかく時間が無い、行くぞ!」


 マチコデはバックスの腕を掴み、部屋から出ようとする。


「まま待ってください! 彼女達はどうなるんです?」


 そう言って、バックスはアメリアとミアを見た。


「アメリア殿は俺の私兵に守らせよう。ミアは……どうする。共に来るか?」



 マチコデはミアに目を合わせた。


 ミアはそれだけでときめいた。つくづく自分は馬鹿だと思う。久しぶりに会ったマチコデは、やはり格好良かった。この人の役に立てるなら頑張ってもいいと思ってしまうのだ。


「行きます」

「よし。行くぞ、エスティの元へ!」



 部屋を出て、急ぎ廊下を進む。


 城内は混乱していた。

 あちこちに新しい血痕が残っている。


 英雄達の集会ラクリマスに参加していた護衛達は自分の主を守るため、必死で戦っていた。魔族らしき血痕もあり、異常事態だという事を感じさせる。


 唯一分かり易かったのは、人型の敵は黒い格好をしているという事だ。これならば敵と味方を間違う事は無い。エスティと共に特撮を見ていたミアは、走りながらも何だか間抜けだなぁと思っていた。



 演説会場に近づくにつれて、次第に重圧が大きくなる。

 これはエスティが姿を見せている状態だ。


 マチコデは初めて味わう感覚に思わず体がふらついた。そして壁にもたれかかり、膝を突いた。体に力が入らない。


「殿下、背中に!」


 バックスがマチコデを背負い、走った。


「悪いな、背中の魔術師」

「お安いご用ですよ、人助けの勇者様」


 ミアは悶えながらも、壁伝いに必死でバックスの後を付いていく。何度かエスティの姿見の重圧を受けていた影響か、その重圧の流れが体で分かってきていた。



 そして、バックスの視線の先に演説会場が映った。


 同時にエスティが何かを唱えている姿も。


 あれじゃ尋常じゃない魔力だ。

 バックスは急いだ。



 ――そしてその時。



 バックスの背中にいたマチコデは、突如不穏な気配を感じ取った。それはまるで未来予知に近いような、過去の戦闘経験からの勘だったのかもしれない。



 他人の命を拾い上げる、人助けの勇者。


 咄嗟に腰に添えていたナイフを握り、エスティの方角へと投擲する――。



◆ ◆ ◆



「エスティ、そのまま行け!!」 


 突如現れたマチコデは、生まれたての小鹿のように足を内股にして震えていた。こちらを見ずに、黒装束の集団と対峙している。



「兄弟子! 逃げれるのですか!?」

「大丈夫、殿下もいるからね。さぁ急いで!」


 バックスはエスティに背中を向けた。

 急がなければムラカがまずい。


 エスティは転移門を開く。


「うううおおおおおおぉ!!」

「ミアはどうします!?」

「わわ私も行くわ!!」



 ミアは負傷したムラカを担ごうとした。


 だが……手足が震えて上手くいかない。



「エスティ、面を被れ! 一気に行くぞ!」


 それが合図だと分かったのか、その場にいた者の顔色が変わった。いつでも武器を握って立ち上がれるよう、全員のスイッチが入る。



 そして、エスティは面を被った――。



 その瞬間、空気が一気に軽くなる。膝を付いていた黒装束やガラングの兵士達が起き上がり、互いに剣を抜いて斬りかかった。


「「うおおおお!!!!」」


 ミアはムラカを背負って転移門に入り、その後をロゼが続いた。エスティは最後に入る前に、兄弟子に一言投げかけた。


「兄弟子が死んだら私も死にます!」

「そりゃ怖いいいぃから早く行って!!」


 バックスは背中を震わせながら返事をした。


「頼みましたよ、マチコデ様!!」


 剣を振るうマチコデの返事を待たずに、エスティは転移門へと飛び込んだ。



 転移門が閉じ、バックスは自由になる。


「ふぅ……」


 目の前では、早くも戦闘が終結しつつあった。ついさっき始まったばかりかと思ったが、一瞬だったようだ。



 マチコデはやはり強い。強すぎる。


 一人で黒装束を何人も切り伏せていた。剣速は速すぎて見えず、体に無駄な動きは一切ない。あまりの強さに生き延びていた黒装束は手を出せないでいる。


 カンドロールは苦虫をかみつぶしたような顔になる。ターゲットが異世界へと逃げ出した以上、この任務は失敗だと判断せざるを得なかった。



「……撤退だ!」



 そうして、黒装束達は煙のようにどこかへと消え去って行った。



◆ ◆ ◆



 ガラングはのそりと立ち上がる。


「大きな借りを作ったな、ラクスの勇者よ」


 マチコデは剣を納め、ガラングの方へ向く。


「オリヴィエント王、何があったんですか。これは一体どういう状況で?」

「情けない話だ。儂の腹心が魔族であった。人型の……恐らく統率者だろう」

「な、何ですと!?」



 カンドロールとガラングは、共に歳をとってきた仲だ。国王であるガラングにとって、気さくに話せる貴重な友人だった。



 いつから魔族だったのか。

 最初からだったのか。


 今となっては憶測する事しか出来ない。



「……やられたよ」


 ガラングは広場を眺めた。


 人々で埋め尽くされていた広場は、今は閑散としていた。広場の中央には爆発の跡が残っている。血の瓦礫の跡が、自分の大きな失態を物語っていた。



「ふざけおって……!!」


 ガラングは手すりを殴りつけた。


「……これより事後処理だ。よいか、この事件は決して女神が悪さをした訳では無い。むしろ女神も被害者だ。失態を犯したのはこの儂、ガラング・リ・オリヴィエントだ。そうして情報統制を図る」

「では、俺は救助に周ります」

「頼む。落ち着いたらラクス王と共に来い」

「承知しました」



 マチコデはバックスと共に、場内へと戻って行った。それに続いてガラングも身を翻し、ゆっくりと城の中へと戻って行く。



 ガラングは考える。


 この事件は完全に自分のミスだ。事を起こされた時点で負けだったのだ。たとえどんな結末になろうとも、オリヴィエントにとってマイナスの結果しか残さない。エスティを連れて行かれなかっただけまだましだろう。



「……余計な煙が立たぬとよいが」


 エスティの事を悪魔だと叫んだ広場の男。

 やつも魔族だろう。


 そして、爆弾を仕掛けたのも魔族だ。

 一体どれだけ巣くっているのか。



 だが、国民は誰一人としてその事実を知らない。統率者が人に化けて国内に多数潜んでいたなどと、大っぴらに言えるわけが無い。極端な解釈をすれば、エスティが本当に悪魔だという事を鵜呑みにしかねない。



「統率者か……くそ野郎が。あんな奴と笑い合えるとは」


 ガラングは、カンドロールと飲み交わした苦い酒の味を思い出していた。

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