第48話 【地中貫通爆弾の陣】・大帝ホテルカレー


 暮れの秋。


 日が傾く時間も早くなり、夜も長い。


 蓼科の天気は夏と変わらない。たまに雨が降ったと思えばすぐに晴れたりと慌ただしい。雲の移動速度は早く、高原らしい気候だ。



 エスティは工房に籠り、応用魔術教本を開いたまま魔道具を作っていた。


 学校に居た頃は見たくも無かった教本だったが、今は好き好んで開いている。新しい知識が入ってくるのが楽しいのだ。



 右手に握った羽ペンで魔法陣を描くと、チリチリと音が鳴る。誤って魔法が暴発しないように、慎重にペン先を動かしていく。



 今作っているのは、強力な爆発の魔法陣を込めた魔道具。地面を掘り進んでから地中で爆発する、この世界にあるバンカーバスターと呼ばれる爆弾を参考にした時限式のものだ。ワーム系の厄介な魔物に対して効果が見込まれる。


 ただ、爆弾を作っていますと言うと家にいる全員に制止される。そのため、エスティはこっそりと開発していた。



 しかし、工房はリビングから丸見えだ。

 ムラカは開発の様子を見て驚愕していた。



「おいロゼ、何だあの魔力は!?」

「あれが普通だ。早く慣れろ」

「慣れろって……どう考えても普通じゃないだろう!」


 尋常じゃない魔力が、延々と魔道具に注がれ続けている。


 ミアはもう慣れているのか、ソファで横になったまま漫画を読んで笑っている。ここまで慣れるのもずうずうしいが、逆に肝が据わっている。


「へーきへーき、飲もう飲もう」

「ミア、お前そんな駄目な奴だったか?」


 思い返してみれば、冒険者時代にもミアはマチコデばかりを回復していた。元から駄目だったのかもしれない。



「――――できた」



 エスティのその一言で、ロゼとミアはゴクリと喉を鳴らした。


 緊張が走る。


「ロゼ、ちょっと実験を」

「嫌だ」

「ミア」

「ごめん、無理」

「仕方ないですね。ムラカ、ちょっとこちらに来て下さい」


 ムラカはロゼとミアを見た。


 早く行けと無言でジェスチャーしている。さっきまでの余裕ぶっていた態度はどこにも無い。


「……エスティ、何を作ったんだ?」

「ふふ、よくぞ聞いてくれました! 何と今回は、地形をも変える程の威力を持った、時限式の超強力な爆弾を」

「却下だ、殺す気か!!」


 想像以上の危険物発言に、ムラカは焦った。


「お前らもおかしいぞ! こんな物を隣で作ってるのに『飲もう飲もう』じゃないだろう!」

「落ち着けムラカ、我らもびっくりしている」

「そうよ、落ち着きなさいよ」

「何だこれ、私がおかしいのか……!?」


 ムラカは頭を抱えた。自分が普通じゃない人扱いをされているのを受け入れる事が出来ない。常識とは一体何なのか。


「むぅ。実験ができないなら仕方ないですね。このまま送ってやりましょう」


 そう言って、エスティは【地中貫通爆弾の陣】をベッドにポイッと放り投げた。



 あれは、地形を変える威力を持つ爆弾。

 ミアとロゼも真顔だ。現実を受け入れるのに必死だった。



「ロゼ、暗くなる前に行きますよ」

「もうそんな時間か」

「どこに行くの、夜ご飯は?」

「あ、すみません。言っていませんでしたか。成典さん達と久しぶりに外食です。お二人は留守番していて下さい」


 ひたすらネクロマリア用のパンを作り続けていた成典が、久しぶりの休みに夕食に誘ってくれたのだ。


「そ、分かったわ。ベッドの上の危険物はちゃんと持って行って頂戴ね」

「何で夕食に爆弾を持ってくんですか……では行って来ます」

「二人とも、震えて眠れ」


 ロゼがニヤっと笑い、捨て台詞を吐いて出て行った。



 ベッドの上の危険物は、先ほどからジジジと音を立てている。

 エスティは時限式だと言っていた。



「……ムラカ、飲みに行きましょう」

「そうだな、早く行こう」



◆ ◆ ◆



 今日の成典はいつもと違う。

 正確には、車が違う。


「いやぁ、念願だったんだ」


 何と、中古のキャンピングカーだった。


 トラックの荷台に寝台が積載された、いわゆるキャブコンと呼ばれるタイプだそうだ。助手席には陽子が座り、エスティと日向は後部座席に並んで座っていた。


 いつかキャンピングカーに乗って日本を一周したい。成典の子供のころからの夢だった。



「何もかもエスティちゃんのおかげだよ、本当にありがとう」

「いえそんな! 私の方こそ、土地を貸して頂いて助かっていますから」

「ふふ、持ちつ持たれつだね!」


 少しでも恩を返せた。

 エスティはそれが嬉しかった。



「ロゼ、この辺りかい?」

「うむ、助かった。ではな」


 日向の膝の上に座っていたロゼが、車から降りて行った。ロゼはレストランには入れないので、シロミィの小屋でデートして帰るのだ。


「残念だね-ロゼちゃん。お父さん、今日行くお店ってかなり高級なんでしょ?」

「うん。あとは、カレーが抜群に美味しい」

「ほう、カレーですか……」


 エスティの大好物だ。



「よし、着いたよ」

「近いね」


 車が停まって車内灯が点灯する。

 笠島家からまだ5分しか走っていない。


 ここは、湖の畔にある大帝ホテル直営のレストラン。美しい湖を眺めながら食事を頂ける有名店だ。その建物は、まるで美術館のように整然としていた。



「いらっしゃいませ」

「……!」


 執事のような人物が、ネクロマリア貴族の礼で出迎えてくれた。偶然だろうが、突然のネクロマリア様式にエスティは焦る。


 案内された客席は窓際。成典は3人分のコース料理を、エスティはカレーを頼んだ。



「まるで貴族になった気分です。皆さんはよく来るんですか?」

「まさか。僕と陽子は1回だけかな」

「私は初めてだよ!」

「……手持ちのお金で足りるのか不安になってきました」

「ふふ、大丈夫よ」


 陽子は微笑みながら、運ばれてきたパンを食べる。エスティの前にも前菜がやってきた。


「うわ――凄く美味しい!」


 大帝ホテルの食事は全てが美味しい。パン屋を営む笠島家からしても、このパンは美味しい部類だった。



「それにしても……」


 エスティは客席を見渡した。


 これだけの良いレストランなのに、客が少ない気がする。週末だというのに、客席は3割程度しか埋まっていない。予約席なのだろうか。


「意外かい?」

「そうですね、意外です」


 すると、成典は小さな溜息を漏らした。


「景気の問題も影響してるんだけどね。以前言った通り、別荘を買う人が減っているんだ」


 成典はパンを置いた。


「でも、私が来てからも森は切り開かれていませんか?」

「立地の良い場所はそうだね。エスティちゃんがよく通る道でも、企業が保養所を作ったりもしてるよ。だけど、そうじゃない場所や後継者がいない家は厳しいんだ。こう言っては何だけど、管理費もかかるからね」



 立地の問題。

 別荘地が開発されているように見えたのは、そんなからくりがあったのだ。


 そもそも別荘地とは、避暑で使うものだった。そのため、夏を過ぎれば寒さの厳しい土地になる。一年中は住み続けないのだ。


 そして、別荘は一代限りで終わる事も多い。働き盛りにまとまった時間は取れず、別荘に行くのも大変だ。それなのに草も生えるし、維持費は払い続けなければならない。



「難しい問題ですね」

「元は余裕から生まれた文化だからね。余裕が出来なくなると終わりなんだ。ゴルフ場の会員権なんて、昔は何百万もしたんだよ?」

「うわっ、凄いねそれ……!」


 余裕から生まれた文化。

 生活寄りの趣味なのかもしれない。



「佐藤さんとこのペンションも今年で最後なのよね?」

「そうだね、ペンションも厳しいらしい」

「ペンション?とは」

「少人数向けの民宿だよ。家族的なサービスが人気だったんだけど、近年は泊まりに来る人が少ないんだ」


 ラクスで言うところの宿屋だ。


「お父さん、若者は時間もお金も無いのさ」

「はは、そうだろうね。それに生活様式も昔とは違うからね。だって、家にエアコンがあれば避暑する必要は無いんだ」

「あー、なるほど……」


 成典の話で、エスティは蓼科の現実が見えてきた。家もそこまで売れるわけではなく、高齢化で後継者がいない。泊まりに来る人々も減った。


 この世界の人々は皆、余裕が無くなっているのだ。どおりで、この蓼科はお年寄りが多いと感じる訳だ。



「しかし、ペンションですか」

「お。興味あるの、エスティちゃん?」

「いえ。最近ネクロマリアからやって来た知人なんですけどね。致命傷だったのですが、ここ蓼科では簡単に癒えたんですよ。そういう意味で、ネクロマリア人からは需要がありそうだなぁと」

「あぁ、ムラカさんの事?」

「はい」


 ネクロマリアでは救えなかったムラカの命を、ミアが蓼科で救ったのだ。


 そしてペンションという手段。これはアリだ。ムラカは暇そうにしている時間も多いので、素材を買い集めてもらい、庵を大きくしてもいいかもしれない。



 そんな風に考えていた時、カレーが運ばれてきた。

 エスティは急いで口に運ぶ。


「うわ……美味しい!!」

「ええエスティちゃん。一口だけ……!」

「どうぞ」


 何が美味しいのか分からないが、とにかく美味しい。日向も頬を押さえて感激していた。


「これをミアに食べさせて、彼女に味を再現させたいです」

「そういえば、ウチの中島君が悲しがってたわよ。ミアさん見ないなぁって」

「え!! あのイケメン俳優みたいな中島さん、ミアに気があったんですか!?」


 陽子の爆弾発言にエスティは驚く。


 中島は笠島家のパン屋で焼き場にいる従業員の一人だった。筋肉質なイケメンで、昔は読者モデルをやっていたそうだ。


「そうだよ。あれ、エスティちゃん知らなかったっけ? あ、でも最近はムラカさんの方が気になるみたい。凛々しくて素敵だーって言ってたよ」

「ほう……いいネタを頂きました」

「悪い顔になってるよ、エスティちゃん」


 このネタをどう料理しようか。


「ふふ、しかし美味しいカレーです。まるで3人の想いが溶けているようですね」

「何その昼ドラみたいなの……」


 カレーにスパイスが加わった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る