第44話 喋るにゃんこと覚悟する王達



 エスティがボソっと口にした言葉よりも、各国の王は突然ツッコミをいれた猫に対して驚いていた。


「にゃんこが喋ったぞ……」

「何者だ、あのにゃんこ」


 事前に言葉の分かる使い魔だとは聞いていたが、いざそれを目の当たりにすると違和感があったようだ。



 ロゼが全員にペロペロと甘い接吻をして回ったら、この会議が平和的に終わるんじゃないか。そんな事を考え始めたエスティは、意見を言う為に口を開いた。



「私に何が出来るかは分かりませんが、今はただの素人の時空魔法使いです」


 エスティの言葉で、急に場が引き締まる。


「エスティ様、分かる範囲で構いません。我々の方こそ素人なのです」

「ですが、何から説明すればいいか……」


 書記官らしき人物が、エスティの台詞をカリカリと記録している。


 迂闊な発言をすると歴史に残りそうだ。



「ロゼ、時空魔法についての説明をお願いしてもいいですか?」

「ん、我の口からでいいのか?」


 エスティはガラングを見た。


「議長、この猫は私の使い魔のロゼです。私よりも賢く、私よりも私の事をよく知っています。この場を任せてもよろしいですか?」

「は、はい。構いませんが」

「……承知した。まず我々は時空魔法について『緑を生む』という認識では無い。時空魔法は空間魔法の延長にあるものだ。今把握している時空魔法は空間内の時間を止め、異世界への門を繋ぐ。それ以上は何も無い」


 ロゼはそう口火を切って、知っている範囲で説明を始めた。


 だが、エスティの肝になりそうな事は隠していた。寿命が無い事や、蓼科の魔力が無尽蔵に存在していた事。そして……『種』について。


 さらに、エスティが時空魔法を理解していないのに使用できる点も伏せていた。



 相手は各国の王達だというのに、臆する様子も無い。自分の使い魔ながら見事だと、エスティは感心しながら見ていた。


「――とまぁこの程度だ。端的に言えば、大きなことを成すには力が足りん」

「なるほど」


 ガラングは何かを考えるような仕草で顎に手を当てた。そして、渋い顔でロゼに問いかける。


「お尋ねしてもよいかな。『種』についての魔法は何かご存じか?」

「――それは我の方が聞きたい。真の神話には『種』についての記述もあったはずだ。それがこの資料には何も書いていない」



 一呼吸置き、ロゼは各国の王を見回した。

 気になっていた事だ。



「一体、何を隠している?」



 短い問いだった。


 だが何人かの王は俯き、そしてロゼから目を逸らす。その中にはラクス王も含まれていた。



 誰も話そうとはしない。

 それが、王達の答えだった。



「……なるほど、我は理解した」

「ロゼ、何が分かったんです?」

「このエスに対する不自然な持ち上げは、決してエスの為にはならないという事だ。行くぞエス、もうこの場に用は無い」


「――お待ち下さい!!」


 立ち去ろうとしたロゼを静止するかのように、一人の王が声を上げた。



 沈黙を貫いていた、ミラール王だ。



 老齢ながら威厳を放つミラール王は、ふらつきながらも席を立ち、ドロシーに肩を支えられながらゆっくりとエスティの席へと移動する。



 ミラール王は座っているエスティを真っ直ぐに見た。眼光鋭く、強い意思が見える。



 そして――――エスティに跪いた。



「ミ、ミラール王!! 何を!!?」


 王達は響めきだった。



 一国の王が一人の小娘に跪く。この場では一応女神として扱われてはいるが、少し前まではただの魔女。それが共通認識だった。



「儂には、こうするしか出来ぬ」


 滲み出るような声で、ミラール王がそう呟いた。



 エスティは唖然としていた。

 この人は、一体何をしているのか。



 自分に力が無いとか、そういう事ではない。単純に、老齢な王が自分に跪く姿に心を動かされていた。もし自分が同じ立場だったら、こんな小娘に同じ事ができるのだろうか?



「ではミラール王、なぜ真実を隠す?」

「我が国に神話は無い。隠す事すら出来ぬ」


 ミラール王は真っ直ぐにロゼを見つめ、そう回答した。


 それでも、隠している事はあるはずだ。


 だが、重い。

 ロゼは気圧される。

 各国の王も、その空気に飲まれつつあった。


 ミラール王は、エスティに祈るように問いかけた。



「――時空の女神エスティ様。お願いがございます。どうかその魔法で、我が国の国民を異世界へと移住させてはくれませんか?」



◆ ◆ ◆



 エスティは会議室を出て、廊下を進む。

 ムラカと兵士達に護衛されながら、広場を見渡せる壇上へと向かっていた。



 先程のミラール王の願い。

 事前に想定していた内容だ。


「危なかったです。完全に呑まれていました」

「我もだ。あれは名君だぞ」



 だが、エスティは断った。


 魔法使いが存在しない場所に、一国の国民を退避させることは出来ない。数も多すぎるし時空魔法にもいまだに未知の部分が多く存在する。何よりも、蓼科の文化を崩壊しかねないのだ。


 しかし、断った事により、数百万人ものミラール国民が行き場を無くす。


 あれはミラール王の最後の手段では無かったのだろうか。自分の決断が、誰かの命を奪う事に繋がらないだろうか。



「…………」

「悩むなエスティ、私は間違っていないと思う」

「……ありがとうございます、ムラカ」


 何が正解かは分からない。


 自分はもう、運命の傀儡になりかけている。

 エスティは薄々とそう感じていた。



「お待ちしておりました、エスティ様」

「よしてくださいガラング様。私は……」


 ただの魔法使いだと言おうとしたが、言い留まった。ミラール王の顔に泥を塗る気がした。


 ガラングはそれを察したのか、少し優し気に話す。


「……儂がミラール王の立場だとしても、あの振る舞いはできん。あの王は見てしまったのだよ、魔族というものに襲われた後の世界を」


 滅び行く国の王が見た、滅んだ景色。

 エスティには想像も出来ない。



「……この後は何があるんですか。私をどう扱おうというのですか」

「ほう。どうやら、悪い噂を聞かれているようだ。まぁよい、この扉の向こうにいる国民の前で私は演説をする。エスティ様は隣に並んで頂くだけだ」

「そうですか」


 ここで逃げてもいいかもしれない。


 だが、バックスを人質にされる気がする。

 あの豪華な部屋は牢獄と同じだ。



「……私は、先ほどのミラール王の姿が目に焼き付いて離れません」


 エスティは、まだ迷っていた。


「ガラング様、隠してる事を教えて下さい。蓼科には『腹を割って話そう』といういい言葉があるんです。私にできる事があるかもしれません」

「……腹を割るとどうなるのかは分からぬが、情報は提供しよう」



 そう言って、ガラングは前の扉を開いた。

 その先にあるのは、大国オリヴィエントで最も大きな城下町広場だ。



「うおおおお!!!!」

「女神さまあぁぁあ!!!」



「な、こ、これは……!?」


 エスティの目の前に広がった光景。


 広場は相当な広さがあるはずだが、そこに人々がひしめき合っている。更に地鳴りのような叫び声、この王の支持の厚さを感じさせた。



 そして、エスティはようやく気が付いた。


 これは、女神エスティの立ち位置を確定するための演説。オリヴィエントの王の隣に立つ事でガラングの権威も強まる。


 ガラングに仕組まれていたのだ。



「国民の命が儂らの背中にあるのだ。もはや関係が無いなどとは言わせん!」

「おい、それをエスが背負う必要は無い!」

「運命には逆らえぬぞ、猫」


 ガラングは分かっていたのだ。臨界点を超えた今、勇者などもはや無意味。人々の視線を操るための新たな先導者が必要だと。



「魔女エスティ。私が合図をしたらその面を外せ」


 今度は様付けもせず、ガラングは命令した。


「お断りします。大変な事になりますよ」

「ほう、背中の魔術師がか?」

「……あなたの国民がです」

「むしろ、心の拠り所が生まれて幸福だろう」


 断りたい。

 だが、エスティに選択肢は無かった。

 これは脅しだ。


「――兄弟子に……バックスに危害を加えないと保証してください」

「したところで、儂を信用するのかね?」

「『種』が欲しいのでしょう?」

「おいエス!!」


 『種』の一言で、ロゼは声を上げた。


 だがお面越しに見えるエスティの目は、本気だった。


「よかろう」

「お時間です」


 一人の兵士がガラングにそう告げた。


「魔女エスティ。儂はとうの昔に覚悟を決めている。恨むなら、儂を好きに恨め」

「貴方は恨みませんよ、運命を恨みます」

「ふ、いい目だな」



 ガラングは翻して壇上に上る。


 曇天の空の下、王の演説が始まった。

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