第43話 英雄達の集会



 英雄達の集会ラクリマス――。



 たいそうな名前がついているこの集会は、古代の著名な魔法使いの名を冠した世界会議だ。各地の英雄が戦争終結後に行った講和会議が発端らしい。


 エスティも孤児院に居た頃に、この英雄達の集会ラクリマスを新聞で見た記憶があった。各国の首脳が集まって、人族の各国の取り決めなどを決定する場だったはず。蓼科のテレビのニュース番組でやっていた、何ヵ国首脳会議とかいうのと同じだ。



 そんな場違いな会議の席に、エスティとロゼは飾りのように座らされている。


(落ち着きませんね)


 今エスティの目の前では、どこの国か分からないご老人同士の、白熱した意見交換が行われていた。


 ここに座らされたという事は何かしら頼られる可能性は高い。エスティは逃げ道を探すように、周囲の状況を拾っていく。



 議題は『魔族の現況の情報共有と方針』と『神話についての意見交換』。今盛り上がっているのは前者で、自分が関係するのは後者だろうとエスティは考えていた。


 そして議長は現オリヴィエント王のガラング。バックス曰く、エスティを利用したがっている国の長だ。



 円卓に座るのは各国の重鎮で、彼等の背後でじっと立っているのが護衛らしい。エスティの後ろにもムラカがいる。そしてラクス王の後ろにいるのはマチコデだ。


 時折チラッとこちらを見ているが、その表情は読み取れない。まだ盗んだことを謝ってないので少し気まずい。



 そんな事を考えていた時、円卓がバンと大きく叩かれた。


「ですから、それは渓谷の橋で――!」


 先程からひたすら喋り続けているこの痩せ細った老人は、マルクール公国王。ネクロマリアで3番目に大きな国家で、ミラールの次に滅ぶと言われているらしい。焦っているようだ。


 だがマルクールより危険なミラールの王はというと、じっと目を閉じたまま座っている。国が崩壊しつつあるというのに、何とも威厳を感じる姿だ。寝ているのかもしれない。そして王の後ろにいるのは……。


(あれがマチコデ様の嫁ですか)


 勇者であり王女でもあるドロシー姫。

 ミラール王とは違い、物憂げな表情だ。



(……しかし、いつ終わるんでしょうか)


 マルクール王はひたすら毒を吐き続けている。声が大きい人間なのだろう、自分の都合の良い方向へと会議を運ぼうとしている魂胆が垣間見える。



 いい加減聞き飽きたのか、一人の王が手を上げた。


「――マルクール王、少しよいか?」

「まだ私の話は終わっておりませぬ! 東部水源についても……!」

「ここで一旦、休憩を挟む!!」


 オリヴィエント王の大きな一声で、場が静まり返る。



 ようやく、マルクール王が黙った。



◆ ◆ ◆



「マルクール王は金の入れ歯を自慢したかったのでしょうかね?」

「あれだけ長い会議でそこか」

「魔族がヤバいって事は理解しました」

「それは要約しすぎだかな」


 エスティとロゼは人気の無い廊下の隅で立ち話をしていた。普段ならキリっとしているロゼも、流石にぐったりとしている。



「お疲れ、酷い茶番だったな」


 ムラカが傍にやって来た。


「ムラカ、いつもこんな感じですか?」

「今回は特別だろう。まるで一国の主とは思えない振舞いだったな。ラクスも他人事ではないが……ほら飲んでおけ、毒は無い」


 ムラカは壁にもたれ掛かり、エスティに水を差し出した。



「ラクスはどうなるんですか?」

「他国と同じだ。魔族に抵抗する力は無い。土地を捨ててオリヴィエントに流れ着くか、もしくは群島を開発するかだ」


 魔族は恐ろしい勢いで人族の生存圏を奪っていく。特に問題なのはその数だ。籠城するにも限界があり、いずれは撤退するしかなかった。



「というか、既に先を見越して西部の群島への入植も始まっている。今の魔族はバラバラだが、魔族の統率者が現れると一瞬だからな」


 統率者とは、知能の高い魔族だ。言葉を理解し、知能の低い魔族を扇動する。エスティも以前対峙したことがあったが、非常に厄介だった記憶がある。


「ラクス王はミラールを受け入れ、両国の国民は群島へと移住、もしくはオリヴィエントに移住するつもりだ。マチコデ様もそれがあって、ミラールのドロシー姫を娶っている」

「……そんな裏話があったんですね」


 マチコデは、もはやエスティに構うどころの状況ではなくなっていたのだ。



「しかしムラカよ、我にはこの議論の着地点が見えない。無駄な会議だ」

「マルクール王以外の全員がそう思っているさ。後ろで立っているだけの私達も同じだ。そもそも、各国は外れかけた鎖で繋がっているだけで結束力も弱い。恐らくだが、マルクール王は時間稼ぎをしているのだろう」

「時間稼ぎ?」


 ムラカは水を飲み干し、再び口を開いた。


英雄達の集会ラクリマスは一筋縄ではいかない。こんな状況でも、世界を奪ってやろうという淀んだ考えを持つ者はいると言うことだ。さて、始まるぞ」


 そう言って、ムラカは会議室へと戻る。

 他の王や護衛達もぞろぞろと入って行った。



「……あの国王達を酔っ払わせて温泉に入れたら、世界が平和になりませんかね?」

「一理ある。ついでに魔族も呼ぶか?」

「意思疎通できればいいんですけどねぇ」



◆ ◆ ◆



「マルクール公国王は体調不良のためご退席なされた」



 ガラングのそんな一言から、会議の続きが始まった。


(こわ)


 何があったのかは、誰も尋ねない。



「さて。申し訳ないが、この後の声明発表までもう時間が無い。先に神話について情報共有する。事前に皆様方から集められた神話を集約し、年代ごとに記したものがお手元にある資料だ」


 エスティの目の前にも同様の資料があった。

 ロゼを膝の上に移動し、内容を確認する。



 『滅びの歴史』と記載されている。



「皆様ご存じの通り、我らネクロマリアの人族は3度滅びを経験している」

「――え?」


 エスティは思わず声を発した。

 ガラングはそれを聞こえないフリをして、話を続ける。



「最も古い歴史を持つ我が国の神話を軸として、滅びについて皆様方から頂いた資料で充足した。既に把握はされているとは思うが、一応端的に説明させてもらう。1枚めくってくれ」


 エスティは1枚めくった。

 年表のようだ。


「1度目は洪水、2度目と3度目は魔族による襲撃。どれも魔力の枯渇が発端とされている。合わせて、どの時代も魔族は生き延びている」


 ガラングが他人事のように話しているせいか、エスティは夢物語のようにしか聞こえない。だがロゼは興味深そうに資料を眺めていた。



 これは神話ではなく、事実。

 ロゼはそう気付いたのだ。



「そして人族の逃避先は1度目は時空魔法使いによって導かれている。2度目と3度目は群島へと逃げ延びている。その子孫が我々だ」


 ガラングはエスティを見た。


「よって1度目以降、時空魔法使いは消滅したとされていた。そこに現れたのが――――こちらにおられる、女神の称号をお持ちのエスティ様だ」


(いやいや……)


 お面の下で、エスティはため息を吐いた。



 自分が一体何をしたのか。


 ただマチコデから魔石を盗んで、別荘でぐうたらしていただけなのだ。



「1度目に魔力の枯渇が見られたとき、当時の時空魔法使いは何らかの方法でこのネクロマリアに魔力を復活させ、人族を元の地へと戻していった。だが2度目、3度目は違う。時空魔法使いは現れなかった。魔力の貯金はもはや食いつぶされ、今や大陸に緑は無い。ここまでは良いか?」


 ガラングの問いかけに、エスティとロゼ以外の全員が頷いた。


 どうやら、知らなかったのは自分たちだけのようだ。



 エスティは考える。


 滅びゆく世界問題だなんて、どうして自分が巻き込まれているのか。自分は蓼科の四季を満喫するのではなかったのか。



「さて女神様、お伺いしたい。時空魔法というのは、大地に魔力を与える事、緑を根付かせる事ができるのですか?」



 自分は孤児育ちのしがない魔女だ。

 出来る事など知れている。


 だがそれでも、この力を与えられたからには使命があるのだろう。



 そうして色々考えた結果、頭に熱がこもり、何だか面倒になってきた。



「――草生えますね」


「やはり!!」

「おいエス……」

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