第42話 変貌するネクロマリア
「
会議室の中央には大きな円卓、その周りの座席は20席ほど用意してあり、各国の首脳や外相が着座を始めていた。
今回が最後の会議になる可能性がある……いや、最後にしてはならない。現オリヴィエント国王であるガラング・リ・オリヴィエントは、神妙な面持ちでその様子を眺めていた。
本日召集された国家の中には、既に手の打ちようがない国も含まれる。魔族の領地に近い国々などは、特にピリピリとしているだろう。
もはや戦争などしている場合ではない。
ガラングは懐に忍ばせたメモを押さえる。オリヴィエント王家に残された神話が記されたものだ。
ネクロマリアは急激に変わってしまった。
人族に残された選択肢は少ない。
◆ ◆ ◆
「――という訳で日向、暫く家を空けます」
「はーい了解、ミアさんも気を付けてね」
「イ、イテキマス」
庵に訪れた日向に、エスティはしばしの別れを告げた。
これから一週間程度、ネクロマリアに赴く。日向はお別れを言いにわざわざ訪ねてきてくれた。
「ミアさんの日本語、かなり上達してるね」
「この聖女、仕事もせずに勉強という名目でアニメばっかり見てるんですよ」
「ソウナノヨネ」
「言葉を理解しているのが嫌らしいですね」
日本語は一応身に付き始めているのだ。
「ふふ。エスティちゃんもお面似合ってるよ」
「お、さすが日向。お上手。えへへ……」
エスティはにへぇっと照れた。
エスティの付けている白いお面は、エスティの特性を抑えるための物だ。姿を隠すとはいえ、いくら何でもボロボロなローブでは女神っぽくない、女神はもっと格好いいというエスティの発案から出来上がった。暑苦しいローブのフードを被る必要も無く、視界も良好だ。
「帰ったら味噌鍋パーティーしましょうね」
「エス、時間だぞ」
「では日向。戸締りをお願いします」
「行ってらっしゃい、お土産よろしくね」
ばいばいと手を振る日向を後ろ目に、エスティは転移門を開き、門をくぐり抜ける。
ヌルリと転移門を抜けた先は、どこかの会議室だった。
うごおおおおと狼狽えるバックスの隣で、アメリアが腹を抱えて笑っている。
「――ん、アメリア?」
「はっはっは! あーおかしい。久しぶりだねぇエスティ。どうしたんだいその変なお面は?」
アメリアは孤児院の姉御のような存在だ。年はバックスの少し上で、おおらかな性格で孤児院を取り纏めていた。そして、今はバックスの婚約者だ。
「変とは失礼な、これは姿を隠すためのお面ですよ。悪の組織を参考に作りました」
「はは、そうかい。相変わらずだねぇ」
「アメリアこそなぜここに? というかここは……?」
エスティは改めて周囲を見渡した。
庵のリビングより少し大きな部屋で、装飾も絢爛豪華で色鮮やかだ。ラクス城で見られる物とは違い、金がふんだんに使用されている。
ミアは何も言わずに聖女を気取っている。半裸のままソファでタブレットを触っていた姿は見る影もない。ここで聖女の吐息をばらまいたらどうなるんだろうか。
「ここはネクロマリア城内。あたしはバックスの付き添い。ほらあんた、立って」
「あぁ、落ち着いてきた……」
「バックス、状況を説明してくれ」
「相変わらずせっかちだね、ロゼ」
バックスはフラフラと立ち上がり、近くにあった椅子に座った。
「よいしょ……まぁ分かってるとは思うけど、この前君達が来た時も、僕はこのネクロマリア城内にいたんだよ」
バックスの意思ではない。
全てはオリヴィエントの命令だった。
女神がいつこちらに来られてもいいように、門となるバックスは事前に待機していろ、と。
「僕もすっかり巻き込まれちゃった」
「いやー、女神とかただのヨイショかと思ってましたよ」
「見世物にして機運を上げたいってのもあるだろうね。でもまぁ、結構まずいんだよネクロマリアも。もう国が2つ滅びた」
「な、何だと……!?」
そんな内容、ロゼは初めて知った。
「魔族の一部が山脈を超え、人の世界を食い荒らしている。そして次に飲み込まれるのは、ラクスの隣国ミラールだ」
「な、何ですって!?」
重苦しい空気だった。ミアも知らなかったと言うことは、これはごく最近の出来事のようだ。
「もう四の五の言ってられる状況じゃなくてね。ここオリヴィエントで団結して反撃ののろしを上げるつもりらしい。その呼び水になるのが……」
「時空の女神か」
「あぁ。各国の伝承には時空魔法が世界を救ったとかいう強烈な歴史が記されているらしくてね。はっきり言って、僕も身動きが取れないんだよ」
バックスは苦笑いした。
エスティは黙って話を聞いていた。
だが、何も考えていないわけではなかった。
どうやら、時空の女神とかいうのがキーマンらしい。誰の事かは知らないが、エスティは急に枝豆を茹でたくなっていた。
「あ、そういえば鍋の具材買っていませんでした。そろそろ帰りましょうかロゼ」
「駄目だ、我慢しろ」
「……いやいや、考えてみてください。この私が? とんでもない過大評価ですよ! 世界を救うとか、そんな力が私にあるわけないでしょう!?」
実際に、エスティには戦闘する手段が無かった。せいぜい作った魔道具を投げて場を混乱させる程度だ。
「藁にもすがっているのね」
「そういう事です、ミア様」
その時だった。
「――失礼する」
凛とした声。
部屋の扉が開かれ、ムラカが正装で現れた。
「時間だ、エスティ、ゲロミア」
「時間?」
「ゲロ……ミア?」
「
「ラク……え、わっ」
エスティの周りに従者達が駆け寄り、着替えさせ始めた。ムラカも強引に押さえ付けようとする。
「わき、わき、あひゃひゃひゃ!」
「こらじっとしてろエスティ!」
淡い青のドレスだ。すぐさま着替えを終えたら、次は手早く髪を結われ始める。まるで貴族の社交界にでも駆り出されるかのようだ。
「我のお洒落はないのか?」
「裸でいい」
「ねぇムラカ、私はどうすればいいの?」
「ん、魔法使いは参加不可だ。ミアはバックス達と共にこの部屋で留守番を頼む。マチコデ様もいらっしゃる
が残念だ」
「ま、マチコデ様が!? ぐぬうぅ……」
エスティは念のためと、バックスにいくつかの魔道具を手渡す。
「これは飛んでもない爆弾ですから、危機的な状況になった時に使って下さいね。ちょっとの振動で物凄い威力です」
「そんな恐ろしい物使えないよ……」
そしてムラカを先頭に、エスティとロゼは部屋を出た。
扉が閉まる。
白い面を被った女性を兵士が警護しながら、物々しい一団が長い廊下を進む。
すれ違う貴族や議員たちは、またどこかの国のトップかと伺いながら頭を下げて道を譲る。
そして、白い面の左眼を見た者は、怯えるか固まっている。
例外は無かった。
噂の本物が現れた。
本能で、そう理解した。
そんな周囲の様子を他所に、エスティは歩きながらロゼに話しかける。
「ロゼ、私達は蓼科で貴族になったんですよね?」
「そうだ。シニアカーで入るのか」
「それも名案ですが、この目まぐるしい状況変化に頭が追いついていません。帰ったら鍋パーティーやるんですよね?」
「そうだな」
「マタタビで遊びます?」
「そうしたい所だが……残念ながら到着したようだ」
いくつかの廊下を曲がった先、大きな扉の前でムラカの足が止まった。
ムラカが扉番の兵士に話し掛けると、扉番の兵士が中へと伺いに入る。
「【音砂爆弾】を持ってきて正解でした」
「おいエス」
「冗談ですよ、事態は深刻らしいですからね。言葉少なく賢そうに振舞います」
兵士が戻ってきた。
扉がゆっくりと開かれる。
室内の光が、扉の隙間から廊下に漏れ出す。
空気に重さを感じた。
「エスティ様、私の後を」
ムラカが様付けでそう言って、部屋の中へと入って行った。
「これで私も-GORO-の仲間入りですか……」
「エス、入るぞ。我らは空気でいよう」
「-GORO-は空気にはなれませんよ。彼は運命の傀儡で、残念ながら英雄です」
室内には大きな円卓があり、ざっと2、30人が着座していた。全員が座ったまま、エスティに対して深く頭を下げている。
それぞれの席の背後には護衛らしき兵士が立っていた。武器は携帯していないが、ムラカと同じような服装をしている。相当な実力者達だろう。
その中にはマチコデもいた。頭を垂れるラクス王の背後で、同じく頭を垂らしていた。
エスティはムラカに案内されるがまま、円卓の奥の上座らしき場所に座らされた。そしてロゼはなんと机の上だ。ロゼは気まずそうに目を細めて汗をかいた。
そして、エスティの隣に座っていた議長らしき人物が立ち上がり、手を叩く。
「本日は、時空の女神エスティ様をお招きする事が出来た。エスティ様、しばしお付き合い下さい」
議長は胸に手をあて、エスティに頭を下げる。
そして顔を上げ、高らかに言い放った。
「――これより、
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