第39話 【お酒用弁当箱】・酒に本性を暴かれる人々
長野県はお酒の名産地だ。
日本酒はもとより、近年はワイン人気もあってかワイナリーの数も増加していた。高品質なブドウを自分たちで栽培し、独自のブランドを生み出している。エスティはお酒好きの成典からそう聞いていた。
そして、エスティにとってお酒は命の水だ。蓼科に住む以上、この命の水を蔑ろには出来なかった。死ぬときは酒瓶を抱いて死にたい。
「そう考えて開発されたのがこちら、【お酒用弁当箱】です!」
お風呂上がりの夕食時、エスティはテーブルの上にとびきり大きな黒い魔石を置いた。
「なんとこれ、お酒しか入っていません。というかお酒しか入りません。しかし様々な種類のお酒が入りますし、どこでもお酒を飲めます!」
「また無駄な物を……普通の【弁当箱】でいいではないか」
「甘い、白いトウモロコシよりも甘いですよロゼ。お酒という物は時間と共に味が変化します。それをわざわざ種類ごとに調整したら、こんなに大きな魔石を使う事になったのです!」
「素晴らしい心意気だわ!」
最近のエスティは魔石の無駄使いが酷い。ロゼは時空魔法の修練だと思って目を瞑っていたが、魔石もただではないのだ。ましてや、エスティは今まで通りの立場ではいられなくなる可能性が高い。
もっと役に立つ物があれば――。
ロゼはその言葉が口から出掛けたが、思い留まった。やはり、この自由っぷりが無ければエスティではない。エスティが動くのはあくまでエスティの意思であるべきで、決してオリヴィエントなどの傀儡にされてはならない。
これは使い魔としての願い。
自分は軌道修正するだけ。
ロゼはそう考える事にした。
「……まったく」
「っぷはー! んまんま……」
本日の夕飯は蓼科名物のお蕎麦と、ミアの作った蕎麦味噌焼きだ。エスティは日本酒を飲み、ご満悦だった。
「ミアも日本料理が上手くなりましたね」
「まだまだよ。動画を見ながら作ってるの。この世界はとんでもなく凄いわ」
ミアは誰よりもこの庵のキッチンを使いこなしている。料理は全てミアの仕事で、他の家事も半分はミアが行う。今や共同生活のようになっていた。
この快適な生活から追い出されたくないという欲にまみれた願望から、ミアはエスティの自堕落な生活に上手く取り入ったのだ。
「ぷはぁ~。まるで貴族ね。幸せって風呂上がりに飲み食いする事だったんだわ」
「この上なく同感です。ワインをどうぞ」
「あら、ありがとエスティ。頂くわ」
ミアはグラスに注がれた信州の赤ワインを飲み、糖度の高いトマトを摘まむ。
そして、ふと考えてしまった。
「――なーんか私、このまま一生独身でもいい気がしてきたわ」
「「!!?」」
「結婚とか子育てとか人助けも大事だけどね。こうして漫画を読んだり麻雀やってる方が、人生って楽しい気がするの」
失恋したばかりの怪力聖女ミア・ノリスは面倒臭い。そのため、エスティとロゼはマチコデの話に触れるのは避けていた。
今のミアは酔っ払って気分が良くなり、嫌な事を忘れようとしているのだ。
お酒の力とは恐ろしい。
「いやぁ……ひどい聖女に育ちました」
「とどめを刺したのは我らだ」
「自ら流刑所に飛び込んできたんですよ」
「エス、自分で流刑所と言っているぞ」
エスティはおちょこを口へと運び、蕎麦味噌を食べる。塩分が丁度いい。ここ蓼科は、まだ自分の知らない美味しいものが沢山ある。それを全てミアに作ってもらうのだ。
「エス、飲み過ぎるなよ。我は怖い」
「大丈夫ですよ。『酒が人をアカンようにするのではなく、その人が元々アカン人だということを酒が暴く』という名言がネットにはあるんです」
「尚更、駄目ではないか」
「な、なにおう!」
「おい馬鹿、落ち着あー! それはにゃおちゅ~る!! 我に、我に下さい!!」
「ぐへへ……所詮猫よのう」
にゃおちゅ~るはマタタビ以上にロゼの大好物だ。エスティからポイっと渡されると、ロゼは目を見開いて必死な形相でしゃぶり始めた。
「……うぇっぷ……やば、飲み過ぎたわ。トマト吐きそう……」
「ミア、吐くなら外で吐いて下さい。雪をミア色に染めてやりましょうね」
ミアがぐでんと机に突っ伏した。
涎を垂らしながら、虚ろな目をしている。
「ちょっとミアぁ、起きて下さい。ここはトイレじゃありませんよ~?」
「ゆ、揺らさないでエスティ……」
「よぉし。大好きなミアのために、私が魔法で天国に連れて行ってあげますよ!」
エスティは周囲の魔力を集め出した。
「実は最近、時空魔法お固定できてぇ~」
「うぇっぷ……は、ちょっとエスティ!?」
ミアが止める時間も無く、一瞬だった。
「嫌な事、ぜーんぶ飛んでけー!!」
リビングの床に、大きな転移門が開いた。
◆ ◆ ◆
ネクロマリア、オリヴィエント王国。
王城の大会議室にバックスはいた。
一介の商人では到底訪れる事の出来ない高貴な場所だ。そんな所で、オリヴィエント貴族院に属する議院達を前に、何度目か分からない弁解をする。
「時間が無いのだ、バックスよ」
「……存じ上げております」
焦っているのは重々承知していた。
だが、なぜこうもエスティを過大評価するのか。オリヴィエント王家の文献には、エスティにとってよくない情報が記されているのでは。バックスはそう考えていた。
だが、時間を稼ぐ事しか出来ない。
無力なものだった。
「どうにかならぬのなら、もう次の手を打つしかあるまい。各国にいる『勇者』の称号を持つ者達を……」
その時。
それは突然訪れた。
「――おがあああああああぁ!!?」
「ば、バックス! どうした!?」
突然悲鳴を上げたバックスの背中から、蕎麦と酒瓶が乗ったテーブルがニュルリと現れた。
続けて、にゃおちゅ~るを鬼の形相でしゃぶる猫が飛び出てくる。
そして――――。
「ぁえ~?」
「なっ……!」
「あ、あなた様は!?」
現れたのは、ローブを纏いフードを被った美少女。左目が魔石のように輝く、ブルーグレーの長髪を垂らした魔女。
その美しさに、オリヴィエントの面々は息を呑んだ。同時に、一目でこの女性が何者かを理解した。
更にその後――。
「オロロロロロロロ!!」
「おわっ! ミア、ゲロ汚なっ!」
聖女ミアが、全てを台無しにしていった。
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