第二章 堕落し始めた女神
第33話 堕落した日々の始まり・【上空落とし穴の魔法陣】
「はぁー。暗黒騎士、超格好いいです」
動画がひと段落したところで、エスティは停止ボタンを押し、窓の外を眺めた。
(……やばい、朝になってる)
オンラインで配信されていた五郎-GORO-という特撮が面白すぎて、小鳥が
だが、エスティは気が付いた。
もしかして、毎日が休日じゃないか?
これだけハードに視聴しなくとも、時間なんていくらでもある。さらに言えば寿命も無い。毎日遊び放題じゃないか?
そう考えたエスティはニヤリと微笑んだ。スリープモードになったノートパソコンの黒い画面に、自分の歪んだ笑顔が反射している。
いよいよ人生が面白くなってきた。
朝の6時だ。
「気味が悪いぞ、エス」
「うわっ!!」
ロゼがいつの間にかエスティの隣に居た。
「本気でびっくりしましたよ。ロゼは魔戒猫ですか?」
「なんだそれは。とにかく真っ黒な画面を見てにやけるのは気持ち悪いぞ。お前もしや、ずっと起きていたのか?」
「に、日本語の勉強をしてたんですよ」
「嘘をつけ」
さすがはロゼ。
嘘だ。
エスティはこれ以上の会話は墓穴を掘り続けると判断し、話題を変える。
「じゃあ、そろそろお風呂に入って寝ましょうかね」
「昨晩も同じ事を言っていたな」
「ロゼも一緒に露天風呂に入ります?」
「はぁ……入ろう」
エスティはロゼと共に脱衣所へと向かう。
9月の半ばに出来上がった石造りの露天風呂は、いわゆるかけ流しの温泉だ。白濁とした温泉が吐き出し口から流れ続け、いつでも浸かる事が出来る。
屋根もあって景色も良い。玄関からは丸見えだが、客は日向ぐらいしか来ないから問題は無い。
「はぁ~いいですねぇ……」
「朝風呂はたまらんな」
エスティは後ろ髪を結い上げ、ロゼと共に湯船に浸かる。
すーっと鼻で空気を吸えば、硫黄の香りと草木の香りが漂ってくる。目を閉じると、水が流れる音や小鳥の囀りが聞こえてくる。
視界には美しい白樺の木々。
これ以上求める物は何も無い。
「もう……働きたくないですね」
「おい」
「勇者だって魔王だって、本当はキャンプしながらバーベキューでもやりたいはずです。もう一生懸命働く時代じゃないんですよ。人族も魔族も、精神的に次のステージに上がる時代が来たんです」
「ぐうたらな魔女がよく言う」
そんな事を言いながらも、ロゼは仰向けで湯舟にぷかぷかと浮かんでいる。その気持ち良さそうな表情にはまるで説得力がない。
「先程エスが見ていた-GORO-とかいうのも、しっかり働いていたではないか」
「甘いですねロゼ。あれは使命感に働かされているだけの傀儡です。私は使命感なんてものは無いので、必要な時にだけ働けばいいのです」
「めちゃくちゃな理論だ」
だが、エスティは実際には働いていない訳では無かった。片手間ながら【弁当箱】を製造し続け、バックスに送り続けていた。
いくつあっても足りないと書かれているからには、相当需要があるらしい。銀インゴットは金インゴットに代わり、空の魔石の量も大幅に増えた。
そして庵の改築も進めていた。
庵の地下にはようやく浄化槽が取り付けられ、庭には薪小屋も設置し、暖炉も稼働させた。
掛け流しの家族風呂も完成している。笠島家を招待したときは、成典と陽子が大喜びしていた。
だが、ロゼのニャーレム部屋だけは作っていない。作ったら負けな気がして嫌だった。
エスティは湯舟に口を付け、ブクブクと泡を吐いた。冷えた口元が温まって気持ちが良い。
「……王子様が大活躍だそうだぞ」
「ん、そういえばまだ新聞を読んでません。何って書いてありました?」
「『営業の勇者、またもや新しい道具を紹介。その名も【上空落とし穴の魔法陣】』」
「へぇ……ってそれ、私の商品じゃないですか!」
【上空落とし穴の魔法陣】。
この工房で開発した、新しい魔道具だ。
発端は、時空魔法の座標の固定方法が分からなかった事だ。
だが、開発過程でそれが判明した。
なんと、
エスティがこうだと思い込んでいる事からズレてしまうと、時空魔法は大きくゆがむ。蓼科の温泉を兄弟子に送り込んだ時に転移門が歪んだのも、それが理由だった。あの時は「まさかここで門が開くのか?」と疑問に思っていたのだ。
そのため、ネクロマリアとの転移門はずらさない方がいいとロゼは判断した。思い込みに間違いがあったら帰れなくなる可能性がある、そう思ったのだ。
しかし、この事実が判明したのは大きかった。新しい魔道具を作る際は「この魔道具はこういうものだ!」と刷り込みながら作る事で、時空間座標を固定する事が出来たのだ。
それを利用した商品が【上空落とし穴の魔法陣】。
魔力を持つ生物がこの魔法陣を踏んだ瞬間、直径5m程度の大きな落とし穴型の転移門が地面に展開する。魔力の関係で開くのは数秒だ。そして、落し穴の出口は魔法陣の上空50mに座標を固定される。
踏んだ魔物は50m落下して死ぬ、という訳だ。
「王子様はどうやって使ったんですか?」
「ラクス北に沸いた毒グールの群れを一掃した。伝説級の活躍をしたらしい」
「うわ……何か生々しいですね」
毒グールはグールの亜種で、血液に猛毒を持つ厄介な魔獣だ。遠距離でなければ切った時に剣が錆びてしまうため、並の冒険者は中々手を出せない。
「上手く使ったと思うぞ。『川の水を上空から落として永遠に流れる滝を作る』とエスが言っていた魔道具だからな」
「結局できませんでしたけどね。しかし、あんなおもしろ道具で毒グールですか……王子様には拍手を送りましょう」
「はぁ……王子も光栄だな。さて、上がるか」
風呂から上がり、体が冷えないうちにさっと着替える。
そしてエスティは髪を濡らしたまま、庵の魔石に触れた。
《魔女エスティの庵》
【庵の主】 エスティ
【家屋】 木造平屋
【術式】 《魔女の庵》《設計魔図》《防水》《防腐》《防魔法の陣》
【追加機能】《改築》《整備》《解体》
《高度な追加機能》
【周辺環境】
・
・
【名前】 エスティ
【身長】 149.6
【体重】 40.5
【魔力】 22,496/22,496
【庵の崩壊】
・
・
相変わらず、寿命は分からない。
身長も体重も変化は無い。だが、魔力の数値に至っては、以前の倍以上にまで膨れ上がっている。
こんなに魔力は必要ないから、見えない左目を見えるようにして欲しい。エスティはそう考えながら魔石から離れ、服の袖に腕を通した。
そこで、ふと気が付いた。
「そういえば、毒グールなんてラクス周辺に出ましたっけ?」
ロゼは少し考え、返事をした。
「――さぁ、知らぬ」
「そうですか……」
エスティは、ロゼが何かを隠していると気が付いた。
だが、特に問い詰めはしなかった。
この灰猫は、常に自分のためを思って行動してくれている。主と使い魔の関係だが、エスティはそれ以上に信頼し合っていると感じていた。絶対に不協和音など生まれない、と。
ロゼのこの思いやりの気持ちが、エスティは嬉しかった。
「ふふ……もう」
今日は可愛がってやろう。
「……そういえば昨日、日向が今日暇ならキャンプに行こうと誘いの電話があったな」
「ちょっとロゼ、聞いてないですよ!!」
◆ ◆ ◆
時間は少し遡る。
毒グールのスタンピードを目の前にして【上空落とし穴の魔法陣】を設置したマチコデは、それらが発動する様子をじっと眺めていた。
毒グールの雨。
地獄絵図だ。
延々と空から降ってきて死んで、次々と毒の沼地を形成している。
「どうしよう……」
「帰ってもいいかなこれ……」
決死の想いで討伐にやって来た冒険者たちは、そんな光景を見せられて何だか居たたまれなくなった。
「で、殿下。これでよろしいので?」
「……分からん、帰るか」
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