For Inside Screen

画面の中で私は

 世界は著しい発展を遂げた。

 

 地球外生命体の発見、

 石油に代わるエネルギー源の発見、

 不可能かと思われていた永久機関の完成、

 高電波通信、

 言語の統一、

 アンドロイドやAIの為の法律と戸籍登録や婚約……


 そんな現代に、私は存在する。


 そして有難いことに、私は全てに於いて相性の良い人生のパートナーに出会った。入籍も済まし、毎日楽しい夫婦円満な生活を送っている。

 

 しかし、私達には一つ大きな欠点が存在している。


 私は彼女に直接会うこと、肉声を聞くこと、機械を取り付けて擬似的に触れ合う事は可能ではあるが、肉体そのものに触れること、それらが一切できないのである。

 まずはそんな複雑怪奇ふくざつかいきな関係を持つ私達が婚約まで至った経緯いきさつを、少しばかりつづることにする。




 都内の国立大学を卒業後、私はごく普通の会社員として働きながら当たり障りのない生活を送っていた。

 起床して顔を洗い、朝食を摂り歯を磨いて画面の前に座る。まず依頼が届いてるかをチェックする。多い日で10件、少ない日は2,3件の依頼をこなす。10件を超える日も年に数回あるのだが、朝9時から作業を始めるとすると終わるのは短針が全ての数字を眺望ちょうぼうし終わる約12時間後である。そしてその後まとめて送信をする作業も待っている為、依頼数に比例して勿論もちろんその時間も増えてしまう。よって全ての工程が終わる頃には短針が天辺てっぺんをもう一度見ようとしている。

 昔は仕事を行う場所に態々わざわざ時間をかけてということを当たり前にしていたらしい。私もたまに本社へ赴くことはあるのだが、それを毎日すると思うと滑稽こっけいなものだとあきれてしまう。時間と労力の無駄遣いではないか。そしてもしそれが現在も行われているとしたら私がとこけるのは何時になってしまうのだろうと、考えるだけで肌が粟立あわだつ。

 休みの日は数少ない大学の友達と遊びに行ったり食事をしたり等と世間一般的な生活を送り、これといった障壁も無く過ごしていた。

 しかし、私はこの畢生ひっせいの中で最も大切なことをいつの間にか生活の隅で放りっぱなしにしているのを忘れているのであった。隅に目を向けそれを見つけ出したのは三十路に差し掛かった時に行われた高校の同窓会でのことである。

 

 「俺達、来月結婚することになったんだよね。」

 急な報告に度肝どきもを抜かれた。

 3年の頃同じクラスだった市川が当時から付き合っていた佐々木と10年間の交際を経て婚約するらしい。正直、大学で離れた2人は別れたのかと勝手ながら思っていたが今の今まで彼等の運命の糸は強く頑丈なつるの様に張っていたのであった。

 自然と口から「おめでとう」という言葉が出ていたので素直にとてもめでたいと思っていた半面、その時自分の中では多少の焦りが心から染み出ていた。あまり目立たずに過ごした高校生活の中で最も仲良くしてくれていた彼がこのような報告をしたのだ。そうならざるを得なかった。

 ただそれだけではまだ自分にそこはかとなくとしか影響を及ぼさなかったので隅に目を向けようとは思わなかったのだが、次の彼の一言で更に豪然ごうぜんたる焦りを生じさせられる様になる。

 そしてそれが私の次なる行動に出る為の潤滑油じゅんかつゆになったのだった。


 同窓会から数週間経った後、これからの暮らしを誰かと共に構築して行くことに対しての意識をし始めた。

とは言えど直接赴く必要が多々ある仕事ではない為出会いが無であり且つこれまでこれと言った恋愛経験も無……袋小路ふくろこうじなかかわずという最悪の状態にたたずんでいる。容姿やコミュニケーション能力も人に誇れるものでもない訳で、ある意味非の打ち所が無い。

渋々マッチングサイトやらを調べてみたりしたのだがやはりプロフィールというものを書くように促されるものばかりで、趣味やら年齢やら顔面やらを登録しなくてはいけない。製作者はこのツールを利用する人の大半がどのような人なのかを考えているのであろうか。

いや、自分がこんな性格だから出会いのチャンスを逃しているというのが理にかなってるのかもしれないが…と、自己嫌悪にさいなまれつつ画面を下へスクロールする。

For Inside Screen《フォアインサイドスクリーン》

そんな広告がいささかな文章と共に流れてきた。

 それは近頃よく聞くようになったFIS《エフアイエス》と略され呼ばれているマッチングアプリの一つ。たまに除く動画配信サイト等でも鬱陶うっとうしい程流れてくるので勝手に名前が多少の内容と同時に脳内にこべり付いてしまっていた。また、その位普遍的ふへんてきれとは目的が異なっているからでもあった。

 というのも、モットーが「画面の内側、君と恋をする」であり、第一になんて臭い文章なんだろうと思う反面、その通りの、まず斬新で他の物には無い内容を携えているのは確かな事だった。

 この最初で最後の人生で、本当の運命、最高のパートナーを見つける為にに存在する相手と繋がり合うのを目的とするツールであり、絶対的な相性を求めるのができることで評判である。今になっては画面の向こう側で生きる相手との自然な受け答えや姿を認識することなど容易いことである。

 しかし、表裏一体と言う様に、光を浴びれば必ず影ができてしまう様に、やはり優れたもの程、相対的な欠点も共に存在してしまうのが世の理なのだ。最近になって、テレビやメディア関係にそのことが取り上げられていたのも、自分の記憶に残ってしまった理由の一つだろう。

 どんなに相性が良かろうが、鮮明な造形をまなこが捉えようが、画面の中の違う世界にいる相手に実際に会うことや直接触れ合ったり話したりが至極当然しごくとうぜん、絶対に不可能だということが唯一の最大の欠点であり、それによる精神疾患やストレス蓄積、辞職等が利用者の中に出始めているという。このことを聞いた私はFISに対して嫌悪感を抱いていたのだが。

しかし、その日は何かがおかしかった。前述した通り誇れるものや個性は無く、現実世界で誰かと顔を合わせて何かをすることも億劫おっくうな私なのに、いや、だからこそ一筋の糸が現れたかの様に思えてしまったのだ。気づいた時には、会員登録を済ませてしまっていた。

 会うことが苦手なら、尚更良いじゃないか、会えないという弊害が、私の体調を狂わすことなどありえない。

そう言い聞かせた私は、安易に電子の糸に手を伸ばした。


それから私は君に出会った。




静かでしとやかな性格で、心の奥底までも透き通ってしまいそうな程綺麗な肌、上品に、うららかに、まぶたの隙間からわずかに覗かせる黒と白のコントラストが、大人しい声と調和する。

画面端には、「FIS会員No.916407T-13、Yカナコ」と書かれ、中央に原寸大であろう女性が、鮮明な映像で私に話しかけている。

 「お疲れ様、昨日はどうだった?」

一緒に世間話をしたり、ゲームで遊んだり、食事をとったり、買い物したり、仕事をしたり、家事をしたり。触れ合えないだけで、それ以外のことは何でもできた。

 「昨日は仕事が急に10件近く来て大変だったよ。おかげで昨日はこうやって会話できなかったし、一層のことこの仕事辞めてやろうかな。」

「いやいや、あなたを雇ってくれる会社なんてきっとそこしかないんだから、辞めちゃったらニートになるよ。」

「おいおい。」

冗談交じりの会話が生活の必需品になっていた頃には、こうしてコミュニケーションの取れない日の憂虞ゆうぐさといったら無かった。

それでもこうやって生活を共にする幸福に代わる訳は無く、少しずつお互いに浸り、いつまでも惹かれていく。




私達は最高のパートナーに出会い、婚約し、結婚をし、式をも挙げた。

この生活がいつまでも続くという清福せいふくすがり続け、喜劇的な終焉しゅうえんを望んで旅路を闊歩かっぽしていた。

狡猾こうかつ渇欲かつよくした私達は所望し続けた。もっと幸福を。更に愉悦ゆえつを。

滑稽こっけい貪欲どんよくした私達は所望を繰り返した。もっと幸福を。更に幸福を……




気づいたのは、最近の事だった。

ある日、私達は久しぶりに、一緒に寝ることのできる日が続く期間に突入した。彼女の世界にも時間という概念はあるが、1日24時間で動いている訳では無い。

寝る時に「おやすみ」というと、彼女は「おやすみ」と言いつつ涙を目に浮べる。私は彼女を励まし、それから眠りにつく。これがいつの間にか日課となっていた。


「おやすみ。」

「おやすみ。」


「泣かないでよ。」

「だって、今日は一緒に寝れないんだよ……」



「おやすみ。」

「おやすみ。」


「泣き顔見てるとこっちも悲しくなっちゃうよ。」

「ごめんね…でも、どうしてもだめで……」



「おやすみ。」

「おやすみ。」


「ほら、涙を拭いて。」

「あなたにこの涙を拭いて貰える日がくるかな……」


泣いている彼女を見ていると、たまに私も涙を零してしまうことがある。

 初めは、互いに姿を見ることのできない落胆する日が積み重なり、それに感化された彼女の泣き顔につられて私も泣いているのだと解釈していた。

一緒に感情を共有し、楽しさも悲しさも怒りも苦しみも悔しさも全てを私達は感じることができるのに、楽しさも悲しさも怒りも苦しみも悔しさも全て結局はデータの感情なのである。そして彼女そのものもデータだと考えてしまうと、会話も姿も声も、愛ですらデータだと感じてしまう様になる。

そしてそれが、私達の涙の根源であった。

あの時の私は誰かと現実世界でコミュニケーションを取るのを嫌い、このツールを利用し始めた。画面の中の彼女に会って、負担も何も無い、空虚くうきょを彩る生活が私の物になった。

 そこまでは良かったのだ。

何時いつからか、私達はそれ以上の事を望んでしまっていた。幸せが空にぶら下がっているのを見て、いつかは必ず届く筈だと、積み重ねては痺れた手を上げ続けた。

しかし、一向に届く気配は無い。

 積み上げれば積み上げる程、元の位置から遠ざかっていく。

 届きそうで届かない距離感が所望と絶望の反比例を永久的に繰り返す。

 いつの間にか取返しのつかない標高になり、もういいだろうと頭上を見上げる。

 

 待っていたのは、既視感に支配された色の消失した空と、核が露呈した幸福だった。

 

 ああ、もう最悪だ。


 私達は泣いた。

 そこにいるのに、そこにいない。

 君は画面から出てこない。

 最も近く、そして最も遠い存在。


































 あなたは今日も、宇宙の隅で歔欷きょきする。


 































 君はデータで成り立っている。

 声も姿も表情も性格も感情も。

 伝わってくるものは全てデータだ。


 私はデータで成り立っている、

 声も姿も表情も性格も感情も。

 君に伝わるものもすべてデータだ。


 だけど僕らは共に、この世の何処かに存在する。

 

 私達が伝えようとしていることは機械を通して、全てデータに変換される。


 私と君の生きる現代は通信が遥か宇宙の彼方まで行き着く位の進化を遂げたが、物が行き着く位の進化にはまだ到底届かないらしい。


 私達は画面を通して恋をした。電波の糸で結ばれた。データが頬を伝い続けるだけになった一生会うことの無い私達は、今でも宇宙の片隅、小さな星で夢を見る。

 

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