第5話 わたしの父
父は当時30代でバリバリの仕事人間。わたし達もまだ未就学児で、平日はなかなか面倒を見る余裕はなかっただろう。
ただ、わたしは覚えていないけれど、父が一度わたしの散髪をしてひどいことになったのだと、姉が昔を思い出して笑ったことがある。
きっと慣れないなりに、父も精一杯わたし達の面倒をみてくれていたのだと思う。確かに、わたしの髪を結んでくれた父の姿はおぼろげに覚えているし、沢山の愛は感じていた。
幼馴染みたちに言わせれば、父は昔からわたしにデレデレなのだ。わたしもそんなデレデレの愛情はまんざらでもなかった。父は深刻な話ができるとは思えない程いつもふざけていて、わたし達家族を笑わそうとする。
週末の楽しみは、父が運転する車で兄と母のいる病院に行くことだった。父は車が大好きで、愛車の塗装や修理まで自分でこなすし、長時間のドライブも気にしない。毎年夏と冬に仲の良い三家族で旅行する時も、父はどこまででも運転手をかって出る。
週末東京に向かう道中、父は決まって「寝てて良いよ。」と言うのだけれど、疲れた父がいつか居眠り運転をしないかと、子どもながらに心配していた。
「お父は眠くない?」首都高のオレンジライトに照らされた父の横顔を、後部座席からじっと監視した。少しでも疲れセンサーが察知すると、運転席の後ろから手を回して肩を揉んであげることもあった。
父にしてみれば、大人しく寝ていてくれた方が楽だったかもしれない。今も夜の首都高を通る度、あの空気が蘇る。
時には、父と姉とわたしの3人で東京のホテルに泊まることもあった。ユニットバスの使い方を知らずにカーペットをびしょびしょにした事も、ふかふかのベッドで姉と飛び跳ねた記憶も鮮明に覚えている。ただ、近くにジェットコースターが見えたあのホテルがどこだったのかは思い出せない。
週末病院で母と再会すると、後部座席をフラットにした車内でひとときの家族団欒を楽しんだ。
「お利口さんにしてた?」父がヘンチクリンに結んだわたしの髪を母が結い直している間、茨城で起こった他愛も無いことを報告する。兄は面会NGになっていることも度々あったが、院内の友達も沢山出来ていた。わたしは決まって母の肩揉みをした。当時のわたしが父と母に出来ることといえば、元気に肩を揉むことくらいなのだ。
東京と茨城のデュアル生活は、わたしが幼稚園に入る頃まで続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます