第6話 兄の救世主

わたしが幼稚園に入って半年が過ぎた頃、自宅近くのこども病院に兄が転院できることになった。我が家の生活が大きく変わるビッグイベントだ。


入院中も家から20~30分程でいつでも兄に会うことができる。ただ、規則は厳重で、親でさえ面会時間が限られているし、両親以外は兄弟でさえ病室に入ることは許されない。


病室は二階の階段を上がり、横に伸びた廊下越しの正面に入り口がある。こども病院らしく、入り口のガラス戸にはいつも丸々としたゾウや太陽みたいなライオンの絵が描かれていた。右と左にひとつずつユニットがあり、兄がいるのはほとんど右側だった。


面会時は、入り口の隣にある更衣室で手を洗い、専用のガウンに着替え、靴もスリッパに履き替える。ガウン姿になった母がドア1枚を挟んだ入り口に現れ、外から覗くわたし達に軽く手を振り、また1枚ドアを開けてユニットの中へと入っていく。ドアを2枚挟んだ奥では、点滴台を押しながら歩く子や母親に車椅子を押してもらっている子、感じの良い看護師さん達が足早に歩くユニット内の様子が見えた。


母は毎日、父もできる限り面会時間内に兄との時間を過ごした。時折彼を連れてドア越しに出て来ることもあった。


わたしと姉はドアの外から彼をひと目見て、廊下のベンチで何時間も暇を持て余していた。塗り絵にも絵本にも飽きていた。左右のユニットをつなぐ長い廊下には二本の真っ直ぐな線が引かれていて、それを平均台に見立てて歩いたり、「グリコ」「チヨコレイト」「パイナツプル」と何度も往復してみたりした。


転院後、更にビッグイベントは続き、兄が骨髄移植をすることになった。


ウィキペディアによると、骨髄移植は「白血病や再生不良性貧血などの血液難病の患者に、提供者(ドナー)の正常な骨髄細胞を静脈内に注入して移植する治療」だ。骨を削るわけではなく、腰骨の中にある骨髄を注射器で吸い取って患者に注入する。説明を聞く度に、テールスープに入っているあの固い骨と中のゼラチンを想像してしまう。


子ども病院ではちょうど移植手術の成功が認められたところで、兄も試してみてはどうかと白羽の矢が立ったのだ。当時はまだ事例も少なく、上手くいけば長く生きられるが、移植したところで身体が拒否反応を起こす可能性も大いにあった。


病院の研究の為ではなく、兄の命の為の移植なのか。信用、信頼。ぐるぐるぐるぐる。「骨髄移植」という希望の光にも複雑な問題が絡み合った。


それをやるかやらないかの判断も難しいが、まず大切なのは白血球の型がピッタリ合うドナーを見つけること。白血球の型は数百から数万通りもあると言われているらしい。


日本には当時まだ骨髄バンクがなく、わたし達家族に加え、有難いことに親戚や多くの友人達も集まって採血検査に協力してくれた。



数日後、数十人のドナー候補者の中から、わたしの白血球がピッタリ合うという驚きの結果となった。骨髄移植のコの字もよくわからない幼稚園児のわたしが、いきなり「救世主」として矢面に立たされたのだ。


先生は、成人であれば脊髄側の手術で足りるけれど、わたしは身体が小さすぎて腰回り一周から針を入れる必要があり、傷の跡も将来は消えてなくなる等、母とわたしに詳しく説明してくれた。


難しいことは良くわからないが、兄を助けられる役目を得たことは何だか誇らしかった。母からドナーになるかと聞かれて、断る理由など1ミリもなかった。


今思えば、幼かったが故に余計な恐怖を感じなかったのかもしれない。もしかしたら、「大したことない」と無意識に自分自身に思い込ませていたのかもしれない。


今も昔も健康優良児のわたしは、人生でこの時が唯一の入院経験となっている。

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