第97話 どこまでもお供しますっ♡




 俺だけなら勘違いかもしれないけど、鬼である姫彩まで感じたということは監視の存在がいるのは間違いないだろう。


 そして俺には誰かに監視されるような物騒な出来事は‥‥‥父さんが恨みを買った刺客が息子である俺に報復を‥‥‥なんてことがあるかもしれないけど、今まで生きてきてそんなことは無かったから大丈夫だと思う。


 もしそうだったら、「宵谷健星? 誰だっぺ?( ᐙ )」ってしらを切ろう。


 ということは監視されてる対象は自ずと姫彩になるわけだけど、ヤクザの組長の孫娘ってことだけで心当たりがありすぎる。


 しかもしかも、俺がここに姫彩と一緒にいることはバレたわけだし、年頃の男女が同じ部屋でケーキを食べさせあってたことを見られてるとしたら、色々と感くぐられてもおかしくなく、俺にまで飛び火する可能性も‥‥‥。


『(俺+姫彩)×監視&襲撃=百鬼家失墜』


 あり得る! 十分あり得る気がする! 正直、実際のヤクザの界隈はしらないけど、ドラマとか映画だとかでその手のものはだいたいこういう血みどろの抗争をしてるものだもん!


 しかも、ここのお店に入ってもうそれなりに時間が経ってる。


 監視がいつからついてたのかは知らないけど、襲撃するための包囲網なんかは既にできてるに違いない!


 そして虎視眈々と仕掛ける期を探ってる時に、たまたま俺たちに存在を知られてしまった‥‥‥。


 つまり、もういつ奴らがやってきてもおかしくないのだ! いや、バレたことで焦りが生まれて余計に早まるに違いない!


「星夜さん? お気分がすぐれませんか? お顔が真っ青ですが‥‥‥」


「逃げよう」


「はい? ——ひゃっ!?」


 心配そうに俺を覗き込んでくる姫彩の手を取って立ち上がる。


「せ、星夜さん? 逃げるってどういう‥‥‥」


「さっき姫彩も監視がいる気がする言ってたじゃん。ここはもう包囲されてるに違いない! 一刻も早くここから離れなきゃ!」


 というか、姫彩も相手の存在に気が付いてるはずなのにこの落ち着きよう。流石は百鬼家というべきか、きっとこれまでにも今日みたいな数々の修羅場をくぐってきたに違いない! 実に頼もしい。


「いえ、でも特に敵意のようなものは感じませんでしたし‥‥‥それに、あの方たちは星夜さんの‥‥‥はっ!」


 と、何かを考えるそぶりをしていた姫彩は突然ひらめいたような表情になる。


 そして俺の手を握り返して、率先してくれるようになった。


「そうですわね! ここは逃げましょう! わたくしと星夜さんの愛の逃避行ですわ! 星夜さん、どこまでもお供しますっ♡」


 いやいや、過酷な血みどろの逃避行だと思うのだけど‥‥‥まぁ、今は姫彩がいつも通りであることが逆に俺に余裕を与えてくれるな。


 互いにギュッと握り合った手を引いて、俺たちは個室の廊下に飛び出す。


 さて、どこから外に出るか‥‥‥きっともう店の入り口は抑えられてるだろうし‥‥‥。


 キョロキョロと見まわして他に出口が無いか探してると、ちょうどそこに達筆なチョコ文字で『May you build a beautiful life together(お二人で素晴らしい人生を歩んでください)』ってチョコソースで書かれたケーキを運ぶシェフの阿部さんと目が合った。


「おや、星夜様に姫彩様。只今記念ケーキを運ぶところだったのですが‥‥‥慌てた様子でどうしたのですか?」


「えっと‥‥‥」


 ”襲撃されそうです”なんて言えば他のお客さんたちも混乱になるのは必須だろうから、何て言えばいいかわからず言葉を濁した。


 が、そんな俺の様子を見てシェフの阿部さんは「なるほど」と、何かを察したように頷く。


「何者かに追われているようですな」


「え、分かるんですか!?」


「それはもう、この道も長いですからね」


「そういうことですので、残念ですが記念ケーキは次の機会にお願いしますわ!」


「えぇ、仕方ありません。またいらしてくれたら必ずや」


 そういうと、実にスマートな手際でウエイトレスさんの中野さんに指示を出し、俺たちの逃走経路の手配をしてくれる阿部さん。


 きっと百鬼家御用達に選ばれるのはこういう所が理由に違いない! ‥‥‥というか、なんで姫彩は逃げるのにちょっと楽しそうなんだろう?


「あちらからなら目立たずに裏通りに出られると思います。少々狭い通路になるのでお召し物にお気をつけて」


「あ、ありがとうございます!」


 コック帽を外して慇懃に頭を下げてくる阿部さんにお礼を返す。このご恩は一生忘れません!


「いえいえ、一度はこういうことをしてみたかったのです。実は洋画を嗜むことが趣味でして‥‥‥”裏口からお逃げください”的なことをね」


「‥‥‥はい?」


 俺は思わず、シェフの阿部さんを二度見してしまう。


 いや、だって”この道も長いですからね”って只者じゃない雰囲気を醸し出してたのに、実は単純にミーハーなだけじゃんこの人。


 あれだ、仮にタクシーの運転手だったら「前の車を追ってください!」って言われたらテンション上がるタイプの人だな絶対。


 と、その時お店のドアベルが新たな来客を知らせると同時に「奴はどこじゃ~~!」って声が聞こえてきた。


「早く! 奴らが追ってくる前に! ここは私が!」


 そう言って死を覚悟したようにレジに向かうシェフの阿部さん。


「星夜さん、行きましょう。中野も感謝しますわ!」


「ふふっ、お嬢様方、運がよかったらまたどこかで会いましょう」


 あ、この人もミーハーだ。したり顔で楽しんでる感じなのが実にミーハーっぽい。


 ミーハーはミーハーでも中二病寄りのミーハーで、きっと学生時代は学校に乗り込んできたテロリストたちをどう対処しようかとか妄想してたに違いない。


 そんなウエイトレスの中野さんに手招かれて裏口から外へと飛び出す。


 どうやらまだここは抑えられてなかったみたいで、百鬼組と事を起こそうと考えるような風貌の人たちは見当たらない。


「さぁ、星夜さん! 後ろを振り向かず、私たちも行きましょう!」


 そう言って姫彩は、握った俺の手を引っ張って裏通りの奥へと突き進んで行く。


「‥‥‥あ、あぁ」


 この時から俺は、なんだかおかしさを覚え始めてた。


 だってなんか、みんな危機感なさすぎじゃない? 揃いも揃ってミーハーで、ノリノリしてたと思うんだけど‥‥‥。


 外は既に陽が沈み始めているようで、上を見上げれば茜色の空が見えるものの、裏通りのここに日はもう差すこまず、薄暗い通りを小さな外灯だけが照らしてる。


 やがてどれくらい走っただろう?


 いつの間にか日は完全に沈み月明かりが照らす中、俺たちは開けた広場にやってきた。


 そこで少し休憩をとる。


「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥星夜さん、もう少し‥‥‥もう少しでお城に着きますわ!」


「ふぅ~‥‥‥確かに、そうなんだけど」


 姫彩に引かれるがまま走ったけど、姫彩の言うお城ってあれだろうか? だんだんと近づいてる『HOTEL』って文字が光ってる看板の。


 もしそうなら‥‥‥ん?


 その時、空から飛んでくる影に気が付いて‥‥‥俺は色々察した。あと、騒ぎ立てた恥ずかしさがこみあげてきた。


 少ない外灯と月明かりのみが照らす幻想的な雰囲気に、何者かに追われお城を目指す一組の男女‥‥‥それはさながら、ドラマか映画のワンシーン。


 そしてこういう場合、その男女を邪魔する存在が現れるのである!


 ‥‥‥うん、もしかしたら今日一番俺がミーハーだったのかもしれない。


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