第96話 今度は俺の番
◇◇星夜side◇◇
「一旦話を——」
「はい、あ~ん♡」
「はなっ——」
「あ~ん♡」
「‥‥‥」
「‥‥‥んふ♡」
何度かの攻防で、すでにもう俺の口の中はケーキでいっぱいだ。
口を開けば突っ込まれるし、その反射神経たるや人間離れしすぎていて、とても普通の人間である俺には避けられそうにない。
そうしてむっつりと口引き結ぶ俺と、ニコニコと幸せそうながらその眼だけは常に俺の口元をロックオンしてる姫彩と見つめ合うこと数分。
俺はこの膠着状態をどうやって抜け出そうか思考を回す。
色々と思いつくけど、まずは口を開かないで伝えるのはどうだろう?
紙に書くとか、スマホのメモ帳に文字を打って読んでもらうとか‥‥‥やってみるか。
「‥‥‥星夜さん?」
突然筆箱を取り出した俺を不思議そうに見ながら小首をかしげる姫彩。
次にメモ用紙かなにかを取り出そうとしたんだけど、そういえば俺、置き勉派の人間だったから基本紙類は持ち帰ることが無いんだった。
ちなみに置き勉派になったのは小学生の時に体験した涙ぐましい革命の日々があるのだけど、これは長くなるから割愛。
とりあえず、姫彩からもらうか。
「あ~——っ!? えっと‥‥‥」
「はい?」
一瞬、口を開いた瞬間に目の前にケーキが刺さったフォークが迫ってきて驚いた。怖いなおい!
だけど、直ぐに違う話だと思ったのか、口に入れられる前に急停止。まぁ、婚約を断る話だったらすぐに黙らせるためか、口元のすぐそこにいるんだけど‥‥‥まるで、不用意なことを喋ったらこの引き金を引くからなって銃を向けられてる気分だ。
「その、何か書けるもの持ってない?」
「書けるものですか? 持ってますわ! 少しお待ちください!」
そう言って姫彩は、ゴソゴソと自分のカバンをあさって四つ折りにされた紙を取り出すと俺に渡してくれる。その表情は瞳に雫を溜めて感激の表情‥‥‥なぜに?
「ついに、決心していただけたのですね! 実はもうほとんど書いてしまったので、星夜さんは最後にここにお名前を」
「は、はぁ‥‥‥?」
よくわからないけど、混乱しながら手渡された紙を受け取る。
そして言われた通りに名前を書こうとして‥‥‥これが何かの書類であることに気が付いた。
俺が名前を書こうとした枠には、”届け人”と”夫”の文字、そして何故か押した覚えのない”宵谷”のハンコが押されてる。
姫彩から渡された紙は、最後に俺が名前を書けば、どこからどう見ても正真正銘、完成間近の婚姻届けだった‥‥‥って! 何どさくさに紛れて書かせようとしてるんだよっ!
「うふふ、記念ケーキを頂いたらそのまま役所に行きましょう! って、星夜さんどうしましたの?」
「あ~、いや‥‥‥」
「あっ、もしかして書き間違えてしまいましたか? でも大丈夫ですわ! そういったことも想定して、何枚かスペアも用意してあるので!」
「まじか‥‥‥い、いや! 取り出さなくて大丈夫だから! そういうのはまた今度! というか早いよ! 俺はまだ18じゃないから!」
「あ、そうでした! 確かに少し時期尚早かも、姉さまにもお焦り禁物って釘を刺されましたし」
そう言って、取り出そうとした婚姻届けのスペア? ‥‥‥なんかすごいパワーワード‥‥‥は、再び封印されていく。
ほっと胸をなでおろすけど、しかし状況は膠着したまま、それに文字に書くという手段は潰されてしまった。
スマホのメモ帳アプリって手段もあったけど、どうせ読んでもらった瞬間、改ざんされ、スクショされ、ばらまかれたりしていつの間にか結婚する話に持っていかれるような考えが思いついてしまった。
流石にそんな無理やりなことは常識的に考えてやることは無いと思うけど‥‥‥やらないよね?
とにかくそういう懸念があるため、その手段はとらない。
そうするともう、文字に起こして伝えることはできないな。
なら、次に思いつくのはケーキを入れられないように口を開けること‥‥‥。
口の前に手をかざして防御しながら話すのは、なんかマヌケな気がするし‥‥‥ケーキを入れられない距離まで離れて大声で伝える?
‥‥‥そんな大声で婚約をお断りの話なんかしたら姫彩が不名誉を被りそうだし、ダメ。
うぅ‥‥‥どうにか、姫彩に話を聞いてもらう手段を‥‥‥。
何となしに姫彩を見つめながらその方法を考えてると、姫彩は小首をかしげて見つめ返してくる。
「はい? あっ、あ~ん♡」
‥‥‥いや~、違うんだよなぁ。ケーキの催促するために見つめてたわけじゃないんだけど‥‥‥でも、考えるのに糖分が欲しいから素直にもらおう。
そう思って口を開けた時だった。俺の脳みそに姫彩を無力化させる天啓がひらめいた。
「これだっ! ——むぐっ!?」
思わず声を出してしまって、普通に食べようとしたのに結局突っこまれたけど、なんてことはない、姫彩を無力化する方法は俺も同じことをすればいいのだ!
何故なら姫彩は、攻撃極振りのせいで低防御力なことをさっき自分で言ってたのだから、その弱点を突けば話を聞いてくれる隙が生まれるはず。
ということで、俺は口に入れられたフォークをそっと姫彩から手にして自分のフルーツタルトを切り分ける。
そういえば、姫彩は和栗のモンブランかこの季節のフルーツタルトにするかで悩んでたし、食べさせてあげたら両方味わえるしちょうどいいな。
切り分けたフルーツタルトをフォークにさして姫彩の前に持ってくる。
「あの‥‥‥星夜さん?」
「モンブラン、たくさん食べちゃったから今度は俺の番」
「えっ、あ、あのあのそれは、う、嬉しいのですが‥‥‥」
姫彩は俺の意図に気が付いたのか、ほんのりと顔を赤くして途端におろおろし始めた。
「はい、あ~~~——」
が、問答無用。というか、それが狙いなんだからゆっくりとフォークを近づけていく。
「ま、待って‥‥‥だってそれは、星夜さんが使った‥‥‥」
「ん? あぁ、でもほら、これくらいはねぇ?」
「で、でもぉ‥‥‥」
「あ~~~~ん」
「も、もうっ——はむっ//」
意を決したようにギュッと目を瞑って、俺のあ~んを受け入れる姫彩。
間接キスってことは指摘されるまですっかり忘れてたけど、むしろ攻撃力増加だろうから好都合。
「どう、美味しい?」
「あ、味なんて分かりませんでしたわ‥‥‥」
手で口元を覆って、顔を隠すようにしながら答える‥‥‥けど、全く隠れてない顔色は真っ赤。
いや~、やっぱりこういう反応されると、初々しすぎてやってるこっちまで恥ずかしくなってくる。
けど、姫彩が戦闘不能になるまではもう少しかな? ということで。
「はい、あ~ん」
「ま、まだするんですの!?」
「だって味分からなかったんでしょ? それに、姫彩のモンブランは半分くらい食べちゃったから、俺のも半分あげる」
「そういうことなら、自分で食べますのでお皿をこちらに‥‥‥」
「いやいや遠慮しないで? 姫彩にやってもらったことをお返しするだけだから、ほら?」
「うっ、うぅ——あむっ//」
‥‥‥しかしまぁ。
「(お、お手柔らかにってお伝えしたのに星夜さんがイジワルですわ‥‥‥でも、嬉しい好きっ//)」
赤を通り越して紅になった頬を抑えて、羞恥に悶える姫彩を見てるとちょっと心が踊ってきた。
なんか楽しい。
もしもみぞれと同じことをやろうと思えば、『星夜~、あ~』『うぇ~い』『んぐっ』『ナイスキャッチー』って感じに、色気もへったくれもない投げやりな感じになるに決まってるから。
そう思った時だった。どこからか見られているような感覚と、第六感のようなものが何かを感知して背筋が一瞬ゾワる。
同時に、姫彩が立ち上がって窓のカーテンを閉める。
「姫彩?」
「いえ、なんか監視されているような気がしましたので」
どうやら、そう思ったのは姫彩も同じだったよう。
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