第95話 うん、正面突破


 ◇◇月菜side◇◇



「どう? 星夜、まだ食べられたりしてない?」


「ん、大丈夫。というか、どちらかと言うと食べさせられてる‥‥‥?」


 星夜と百鬼姫彩が入ったなんだか高そうなお店の茂みの影にて、二人の様子を観察する私とみぞれ。


 なぜこんなことをしてるのか、それはさかのぼること数時間前。


 違和感は今朝、星夜の不審な動きからだった。


 何故か何度も開け閉めする下駄箱、ついてきていないことを不審に思ったみぞれが声をかけたら、普通に上履きを取り出せばいいのに何故か冷や汗を流し動揺する姿はむしろ違和感しかなかった。


 そして私が違和感を感じたということはみぞれも気が付かないわけがなく。


『‥‥‥匂う。戦のかおりじゃ』


 そう恋愛軍師と化したみぞれも”何かがある”と迅速に判断。


 星夜に隠れたところで、すぐさま協力者ということになってる私に”行動を監視せよ”の指示が出た。


 それから私は星夜の気づかれることなく監視を開始。


 もちろん、ただの監視じゃない。


 吸血鬼の特性を最大限活かして、影から見つめていた。


 午前中の授業中、休み時間は特に何もなかったものの、昼休みになったところでついに星夜が動きを見せ、昇降口でラブレターらしきものを取り出したことが決め手となった。


 その内容までは見えなかったものの、その後に星夜が姫ちゃん先生のところに行ったことから、手紙の差出人は百鬼姫彩と予測。そして放課後に星夜から百鬼姫彩と出かけるからと誘われたことで確信を持つことができた。


 私とみぞれは、当たり前だけど同行しようとした‥‥‥のだけれど。


『月菜ちゃん。ちゃんと勉強してる? 授業、ついてこれてる?』


 という言葉で姫ちゃん先生に足止めされ、さらにゴールデンウィークの私専用の特別課題とかいう結構‥‥‥いや、かなり分厚い紙束を渡されて動きを止められることに。


 くっ‥‥‥姫ちゃん先生め、百鬼姫彩が妹だからって邪魔者になる私をここに引き留める作戦ね!


 結局、結構な時間を消費させられて校門を抜けた時には、もう既に星夜の姿は見えなくなってた。


 それから、同じく校長先生に足止めされていたらしいみぞれと合流して、みぞれの鼻を頼りに星夜を追いかけ、ちょうど黒塗りの車に連れ込まれる星夜を見つけて、私とみぞれは顔を青ざめさせることになる。


 あの百鬼姫彩と車とはいえ密室空間に二人きりになる‥‥‥何があってもおかしくはない!


 私はすぐさまみぞれの背中に飛び乗った。


『走れ! 風のように大狼みぞれ!』


『うぇっ!? ちょっと!?』


『早く! 走るの得意でしょ!』


『そうだけど、長距離は苦手なのぉぉぉ!!』


 それから、なんだかんだ私よりも走るのが早いみぞれにおぶってもらって、このお店で星夜たちに追いついたわけだ。


 そして現在‥‥‥私たちはレストランなのか喫茶店なのか、とにかく高級そうなお店の中庭に当たり前の様に潜伏して二人の行動の監視を続けているところ。


 みぞれにいたってはさっきまで息が荒れてたけど、今はもう落ち着いて、葉っぱを数枚むしって自分の髪に散らし擬態までしてる。それはさながら熟練のスナイパー‥‥‥いや、狩りをするオオカミそのもの。


「にしても、鏡に映らない特性って不便だと思ってたけど、こういう時には役に立つんだね」


「まぁね」


 今どうやって二人を監視しているかというと、手鏡をかざして角度を付けて映ったのを見てる。


 最初は普通に覗こうと思ってたけど、鬼である百鬼姫彩は気配にも敏感だろうしバレる確率が高い。次に、私の何らかの能力で覗こうとしたけれど、百鬼姫彩が通うようなお店であるからか、私のような怪異の能力を弾く何かがあるのか見えなかった。


 そこで原始的なこの方法‥‥‥これには反射で相手からもこっちから見られるっていう危険があるけど、しかし私には効かない。


 吸血鬼は基本的に鏡には映らない。


 つまり、一方的に私だけが相手を見られるというわけである! どうよ!


「だけど、どこからどう見ても職人ストーカーにしか見えない」


「うるさい」


 そんなことは分かってる。


「それで、星夜の様子は? ぐったりとかしてない?」


「うん。着衣の乱れは無し。乱暴された痕跡もざっと見た感じ見当たらないからまだ事故前だと思う」


「ほっ‥‥‥。じゃあ二人は今、何してる?」


 胸をなでおろしたみぞれを横目に見ながら、私は二人の様子を伝える。


「う~ん、なんか百鬼姫彩は両手にフォークを持って、星夜は口を引き結んで対峙してる‥‥‥あ、星夜が口を開いたらケーキを突っ込まれた」


「うん? それってどういう‥‥‥もしかして、無理やりあ~んってさせられてる?」


「あ、それはあるかも。百鬼姫彩の顔、星夜さんとカップルっぽいことしてますわ! って感じに綻んでるけど、星夜の方はもごもごしてる。それと食べてるケーキがすごく美味しそう」


「ぬぐぐ、星夜だけずるい! ここのお店、テイクアウトできるかな?」


「それは同感だけど、ここからどうするの? 二人を監視しておくにしてもここからじゃ限界があるし、何か起きた時に対処が遅れる‥‥‥とつる?」


 FPSのサバイバルゲームでそういうことは何度もしてきたし、シミュレーションも完璧だから忍び寄ることもできるはず。


 だけどみぞれは難しいと言って首を振る。


「私も星夜よりは少ないけど何回かこういうお店には来たことがあるんだけど、こういうお店って一見さんお断りってことが多いんだよね。あと、変装でもしないと制服だから堂々と入ればすぐにバレると思う」


「なら、しのぶ?」


「それも難しい。流石と言うかセキュリティ面から見ても、色んな意味で良いお店だよ。二人が座ってる席は個室っぽいし、カーテン閉めたら完全密室になるから密会とかで使われそう」


 そう言うみぞれの視線の先では、コック帽をかぶったシェフらしき人とウエイトレスさんっぽい人が隙の無い動きで常にお困りのお客様がいないか目を配ってる。


 確かに、あの視線を潜り抜けて忍び込むのは至難の業だろう。


 さっきから耳も集中してるけど、防音加工がされてるのか店内からの物音は何一つ聞こえない。


「なら、どうするの? このまま出てくるまで待機?」


「う~ん、どうしようもないしねぇ‥‥‥」


「あっ!」


 みぞれが悩むそぶりを見せたその時、長らく見つめ合ってた星夜と百鬼姫彩に動きがあった。


「なに? どうしたの?」


「今度は星夜が百鬼姫彩に自分のケーキをあ~んした‥‥‥あれ? 百鬼姫彩、すっごい照れてるような」


 まるで初心な乙女のような反応をする百鬼姫彩につられたのか、星夜の方もなんだか若干恥ずかしがってる気がする。


 そんな初々しいカップルのような雰囲気を見せつけられたら、なんだかモヤモヤしてきたかも‥‥‥みぞれも同じなのか、私の報告を聞いて唸ってる。


「「あっ!!」」


 そして次の瞬間、隠れてるのも忘れて、二人して思わず声をあげてしまった。


 なぜなら百鬼姫彩が何を思ったのかカーテンを引いたのだ。


 鏡越しでも室内は見えなくなって‥‥‥つまり、さっきみぞれが言ってたようにあそこは密室となった。


 カーテンを引く瞬間、一瞬だけ百鬼姫彩がこっちを見たような気がしたけど、今はそんなことより‥‥‥。


「‥‥‥月菜、突撃準備だよ」


「うん、正面突破」



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