第94話 俺の話を——

 



「あわわ! 大丈夫ですか星夜さん?」


「こほっ‥‥‥こほっ‥‥‥だいじょうぶだいじょうぶ」


「今フキンを貰ってきますわ!」


 そう言って席を立つ‥‥‥かと思いきや手をパンパンと叩くと、直ぐにウエイターの中野さんがやってきて、俺になんか肌触りが高級トイレットペーパーみたいなナプキンを渡してくれた。


 なんか、千円札とかで鼻をかむみたいで躊躇しそうになるけど、開き直って口元を拭く。


 にしてもびっくりしたぁ‥‥‥なんとか我慢して逆流だけで済ませたけど、危うく姫彩お嬢様に口に含んだ水をぶっかけるところだった。


 シェフの阿部さんが言ってた記念ケーキって、そういう記念だったのか! あ、じゃあ、その前に『おめでとうございます』って何に対してかよくわからなかったけど、一応納得。


 納得だけど‥‥‥。


「姫彩、その話は延期というか、あやふやになったんじゃなかったの? 新左衛門たちの誤解だって」


 先生からそう聞いてたため、つーんとする鼻を抑えながら姫彩にどういうことかと尋ねる。


「あ~、あはは、実はわたくしの独断専行だとバレてしまいました。星夜さんのご意思を確認しなかったことは申し訳なく思ってますわ」


 と、その形の良い眉を八の字にしながらちょこんと頭を下げる姫彩。


 まぁ、そう思って反省っていうのかな? してるなら、ちょっと出会いは複雑だけどこれから仲良く——。


「でも、それは必要ないと判断してのこと! 何故なら、わたくしと星夜さんは相思相愛! これはたとえ天地がひっくり返っても変わらないことですわ!」


「‥‥‥‥‥‥」


「ですから、ちょっとフライングですけど、記念ケーキはいただきましょう! わたくしたちが結婚するのは時間の問題なのですから!」


 ‥‥‥ちがった。この子、全然反省してないや‥‥‥というか、どちらかというとよかれと思ってやってる節がるような気がする。


 いったい全体、お嬢様の姫彩が俺のどこに惹かれる要素があるのか、というか姫彩のことをつい最近まですっかり忘れてたくらいなのに、ここまで懐かれるのがよくわからない。


 好かれるのは普通に嬉しいと思う。特に、姫彩みたいな美少女ならなおさらだ。


 だけど、理由がよくわからない好意っていうのは、なんだかちょっと不気味にも感じる。


 それに、今の俺には姫彩を受け入れることはできない。


「姫彩。その婚約の話だけど——ん?」


 先日話せなかったことをしようとして‥‥‥個室のドアが叩かれたことで、一旦口ごもってしまう。


「失礼します。季節のフルーツタルト、和栗の抹茶モンブラン、コーヒー、カフェオレでございます」


「わぁ! やっぱりいつ見ても美味しそうですわ!」


 頼んだものが来ると、テーブルに並べられたケーキを見て姫彩が感嘆の声を漏らした。


 かくゆう俺も、大事な話をしようとして出端をくじかれたけど、目の前に来たフルーツタルトを見て思わず生唾を飲み込む。


 流石は一流シェフっぽい阿部さんが作ったケーキ。是非とも、舌で味わって帰ったら再現してみたい!


 でも、その前に姫彩とちゃんと話して、懸念を晴らしてからじっくりと楽しもう。


「記念ケーキのほうは、もうしばらくお待ちください」


 ウエイターの中野さんはそう言うと、また丁寧にお辞儀をして戻っていった。


「さぁ、星夜さん! さっそくいただきましょう!」


 そう言って、姫彩はケーキと一緒に運ばれてきたフォークを一つ、俺に手渡してくれる。


 が、俺はそれを受け取らないで、姫彩に真剣な目を向ける。


「‥‥‥星夜さん?」


「ケーキを食べる前に、聞いて欲しいことがあるんだ」


「星夜さん——ぽっ//」


 俺の言葉に、鮮やかに頬を染めてしっとりと瞳を濡らす姫彩。


 う、う~ん‥‥‥確かにね、こういうリッチでムーディーなお店で”聞いて欲しいことがあるんだ”なんて真剣な雰囲気で言われたら、ポケットから指輪を出してプロポーズされると思われて仕方ないけどさ。


 違うんだよぉ‥‥‥どちらかと言うとその逆なんだよぉ‥‥‥。


 姫彩の期待に沿えないことにちょっと罪悪感を覚えながら、俺は意を決して口を開く。


「その、姫彩との婚約の話だけど、俺は受け入れられ——むぐっ!?」


 拒絶の言葉を発しようとしたら、口の中に甘いクリームが広がってまたしても言いよどむ。


「どうですか星夜さん? わたくしおススメのケーキは。美味しいでしょう?」


 モグモグ‥‥‥うん、確かに。


 ひと噛み、ひと噛みするたびにマロンクリームのまろやかな甘みと、抹茶味のスポンジのほろ苦さが混じり合って絡まり合って絶妙なハーモニーを奏でるため、まるでアコーディオンの奏者になった気分だ。


「すげぇ、うまい。思わずスタンディングオベーションしたくなる味だよ」


「ふふっ、それはよかったですわ!」


「それでさ姫彩。俺は君との婚約の話を——」


「はい、もう一口‥‥‥あ~んっ♡」


「——っ!?」


 再び、口の中にマロンが広がって、俺は口を閉ざさるを得なくなる。


 これは‥‥‥俺に婚約話を断る言葉を出させないための行為か? それとも、純粋にケーキを味わってほしいがため?


「星夜さんとの夢にまで見た”あ~ん♡”。ついにできたこと、わたくしは感激です!」


 ニコニコしてる姫彩からは、どっちなのかはよくわからない。もしかしたら、ただその”あ~ん♡”をしたかっただけかもしれないし‥‥‥。


 まぁ、いいや。なら今度は、口にケーキを入れられないようにすればだ——。


「もう一回しましょう? はい、あ~——星夜さん?」


 三度ケーキを切り分けて、俺の口元に運ぼうとする姫彩の手を、そっと抑える。


 これでもう、食べさせられて話せなくなるまい。


「——ごくん。後でゆっくり食べるから、その前に俺の話を——」


「あら、星夜さん。お口にクリームが付いていますわ! 少しじっとしてくださいまし」


「——むぐぐぐぐ」


「綺麗になりましたわ!」


「‥‥‥ありがとう。それじゃあ、俺のはな——」


「はい、あ~んっ♡」


「‥‥‥‥‥‥」


 この子、絶対に俺が何を言おうとしてるのか分かってるな。


 そして、それを聞かまいがために隙あらば俺の口にケーキを詰めて、それが無理なら別の方法で口封じをしてきおる。


 口に入れられたモンブランを咀嚼して味わいながら姫彩にジト目を送る俺。


「うふふふっ」


 姫彩はニコニコ微笑んでるけど、その笑顔は”都合の悪いことは聞きませんわ”って顔だ。


 少しでも、何かを言おうと口を開けば即座にケーキを詰められそう‥‥‥両手でフォークを持ってるし。


 さて、どうやって話を聞いてもらおう?


 そうして、俺と姫彩の謎の攻防が始まった。




———


なんか新しい物語を書きたいなぁって思ったので更新頻度落とします。

PV数を見たら、ちょっと読まれるのが追い付いてない感じもしたので‥‥‥まぁ、もしかしたら読むのをやめてしまった方もいるかもしれないですけど。

とにかく、三月は三日に一回くらいの頻度で更新するので、これからもよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る