第93話 ご立派になられましたな
それから数十分後、なんとなく窓から外を見ていると景色の移り変わりが無くなってリムジンが止まったことに気が付いた。
どうやら目的地に到着したらしい。
「こほんっ! 星夜さん! 着きましたわ!」
と、リムジンの中で適切な距離感を保ってたのが功を奏したのか、普段の雰囲気に戻った姫彩が先に車から降りて先導してくれる。
はてさて、俺はどこに連れてこられたのか。
そんなことを思いながら俺も外に出ると、目の前にはそこそこいい雰囲気のあるレストランといった風貌の飲食店。
「ここかぁ‥‥‥」
「はい! わたくしと星夜さんの中では欠かせない運命の場所ですわ!」
まぁ、うん。姫彩は大袈裟に言ってるけど、要は数年前に父さんに連れてこられて姫彩と始めた会った場所だな。
個室完備で最高級とはいかないものの、そこそこそれなりのお値段の張るお店で、たぶん貴公子然とした男子が気合を入れてデートしたい時とかに来るところだと思う。
「というか、二人とも制服だけど大丈夫なの?」
こういうお店は大抵、それなりの服装を求められるもの。保護者同伴とかなら正装である制服でも平気だろうけど、俺たち二人だけだとどう見ても学校帰りの学生って感じだから場違い感があると思う。
「ノープロブレムですわ! 夜だとドレスコードを求められますけど、夕方は喫茶店って感じで経営してるので気楽にでいいのです」
「へぇ~、そうなんだ」
それは知らなかった。なんせ、こういうところは父さんに連れてこられない限り来ないからなぁ。
お店を眺めながら感心していると、腕をグイって引っ張られる。
「さぁ、星夜さん! さっそく行きましょうっ!」
「そんな引っ張らなくてもちゃんとついていくよ」
引き寄せた俺の腕を胸元で抱え込んでグイグイとお店に向かう姫彩に苦笑が漏れる。
俺が頭を撫でるよりも密着してると思うんだけど、なにも動揺してないところを見るに本当に自分から積極的になるのは大丈夫なんだろうなぁ‥‥‥。
だけど、俺からアクションを起こすのは気恥ずかしいと‥‥‥なんか、可愛らしく思えてきた。
ちなみに俺はというと、特にドギマギはしない。姫彩が密着してくるのは慣れたって言うのもあるけど、こういうのはみぞれで日常茶飯事だったし、あとは姫彩のお胸が慎ましやかであることも原因であると思われる。
そのまま姫彩に誘われて店内に入ると、ここに来る前に予約していたのかウエイターさんに案内されてあてがわれた個室へと向かう。
久しぶりに来たけど、流石はそれなりの上流階級の人たちが使うお店。華美すぎず、シックな内装にムードがあるな。
「こちらのお席になります。どうぞごゆっくり」
ウエイターさんはそう言うと、綺麗なお辞儀をして戻っていった。
なんというか姫彩に気楽にとは言われたものの、こういう仰々しい感じは普通に緊張感があるよなぁ。
「ふふっ、星夜さん。ここはよくおじい様が取引の交渉などで使う百鬼家御用達のお店ですからそんなに身構えなくても大丈夫ですわよ」
「‥‥‥さいですか」
ヤクザの取引現場とか、お家の御用達とか聞かされると余計にビビるんですけど。
「さっそく何か頼みましょう! 星夜さんは何にしますか? おススメは和栗のモンブランですわ! ‥‥‥むむ、ですが季節のフルーツタルトも美味しそうですわね。悩ましいですわ‥‥‥」
和栗のモンブランとかいかにもリッチな感じのするケーキだよな。
そんなこんなで、俺は季節のフルーツタルトとコーヒー、姫彩は悩みに悩みぬいて和栗のモンブランとカフェオレに決まった。
すると、まるでタイミングを見計らったように個室のドアが叩かれる。
姫彩が涼やかな声音で「どうぞ」と言うと、入ってきたのはコック帽をかぶる渋い感じの男性と、ここに案内してくれた人とは別の明るい笑顔を浮かべたウエイトレスな女性だった。
「どうも、本日このテーブルを担当させていただきます。シェフの阿部です」
「同じく、担当スタッフの中野です」
‥‥‥わぁお。まさかの、シェフ自らのご挨拶。このくらいリッチでムーディーなお店なら常識と言わんばかりの丁寧な挨拶に思わずかしこまってしまう。
「よ、よろしくお願いします」
「あら? 今の時間帯ではこういうのは無しではなくて?」
「いえいえ、姫彩様にはそういうわけには‥‥‥新左衛門様にはご贔屓にしてもらってるので」
流石はヤクザのお嬢様。
姫彩はちょっと不満そうだけど、そういうところが場慣れ感があって頼もしいなぁ‥‥‥こういうところに片足突っ込んだような俺じゃあやっぱり息苦しさを感じるよ。
そうやって本日何度目かの関心をしてると、シェフの阿部さんが俺の方を向いてきた。そして何故か感激な表情。
「それにしても、ついにお二人で来られて‥‥‥星夜様もご立派になられましたな」
「え‥‥‥え? もしかして、前に来た時‥‥‥」
「はい。百鬼家と宵谷家のお見合いの席の担当は私がさせていただきました」
まじか‥‥‥俺、全然記憶にないんだけど。
それからシェフの阿部さんは「時が経つのは早いものですね」とか、妙に歳より臭いことを言って、何に対してなのかよくわからないけど、「姫彩様、星夜様。おめでとうございます」っとこれまた丁寧に頭を下げた後に奥に戻っていった。
シェフの阿部さんが語ってる間、その後ろで完璧な接客スマイルで立っていたウエイトレスの中野さんも、「え? これ酒じゃないの?」って言いらくなるくらい高級感たっぷりの瓶から、これまた高級感たっぷりなグラスに水を注いで、オーダーを聞いて戻っていった。
すごいよなぁ‥‥‥あんなに丁重に扱われる水とか、きっとカルシウムたっぷりの硬水に違いない。
「星夜さん、すみません。物々しい感じになってしまって」
「まぁ、確かに緊張したけど大丈夫だよ。慣れてないけど、初めてってわけじゃないしね。姫彩と比べたらまだまだだけど」
「わたくしもそんなに場数を踏んでるわけではありませんわ」
そう謙遜する姫彩だけど、俺からするとそういう落ち着いたところは所作が洗礼されてて、お嬢様にしかみえないんだよな。
コップからお水一つ飲む動作とか、とてもじゃないけどエセ上流階級の父を持つ、庶民的な俺にはまねできない。
「そう言えば、阿部さんが記念ケーキとか言ってたけど、なんの記念なんだ?」
戻る前に阿部さんが言ってた不可解なことについて姫彩に聞いてみる。ついでに喉が渇いたのもあるけど、ちょっと気になるのでお水に口を付ける。
‥‥‥ん、流石は選び抜かれたウォーター。ちょっぴり感じるアーモンド風味が上品だ。
「あぁ! それはですね! 阿部には今度星夜さんと二人で来る時は結婚が決まった時ですってお伝えしていたので!」
「——こほっ!?」
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