第92話 お手柔らかに‥‥‥




「うぅ‥‥‥」


「おや? 星夜さん、お目覚めですの?」


 目を開けると、すぐそこに上から覗き込んでくる姫彩の顔があった。


「あぁ、悪いな。倒れちゃって」


 たぶんこの頭の柔らかさは姫彩が膝枕してくれてるということだろうから、俺は起き上がることにする。


「あら、もう少しこうしていてもいいのですよ?」


「‥‥‥いや、普通に恥ずかしいからさ」


 ここ、思いっきり駅前の広場のベンチなんですよ? 普通に人通り多いし、さっきからガンガン見られてるんですよ?


 ちょっと残念そうな表情をする姫彩を無視して、起き上がって時計を確認してみれば、俺が倒れてたのは数分だけだったみたいで、そんなに時間は経ってなかった。


「あの、星夜さん」


「ん?」


「先ほどはすみませんでした‥‥‥つい、テンションが上がってしまって」


「あ~、まぁ、うん。そんなに気にしてないから、でももうちょっと控えてほしいかなって」


「はい‥‥‥気を付けますわ」


 しゅんって感じにちょっと落ち込みながら謝ってくる姫彩。


 なんていうか、姫彩は大和撫子みたいな古き良き和風美人って感じの女の子だから、こういうしおらしい姿はとても絵になる。


 まぁ、だからといってこのままはなんだかちょっと調子が狂うんだよなぁ。


 テンションが上がったって言うのも、俺と出かけるのを楽しみにしてくれてたからってことだろうから。


「ほんとに気にしてないから、姫彩もそんなに気落ちしないで? せっかく出かけるんだしさ」


 そう言って、なんとなく姫彩の頭に手を伸ばす。なでなで。


「ふぁっ!?」


 ふむ、姫彩って撫でやすいな。


 姫彩の身長は小さめで、俺の肩くらいの位置に頭があるからちょうど手を伸ばした時にイイ感じのところにある。


 そう言えば、昔みぞれが”○○しやすい身長差”みたいのをどこからか聞きつけてきて、本当にそうなのか実証実験したことがあったっけ?


 確か、頭なでなでしやすい身長差は15センチ以上だったはず。


 この前測った身体測定で俺の身長は170センチくらいの平均だから、姫彩の身長はだいたい155センチくらいか‥‥‥小さいな。


 女子の平均身長は分からないけど、月菜は160センチくらい、みぞれは165センチくらい、オオカミ双子も月菜と同じくらいだったから、少なくとも姫彩は俺の周りにいる女子の中で一番小さい子だ。


「う~ん、みぞれもこれくらいなら撫でやすいんだけど」


「あ、あの‥‥‥」


「うん?」


「もういいですか‥‥‥?」


「あ、ごめん! つい、撫でやすかったから」


「い、いえっ!」


 おとなしいからついつい撫で続けちゃったけど、慌てて姫彩の頭から手をどかすと、姫彩はスカートをギュッと握って顔が真っ赤になってた。


 え、えーっと、どういう反応?


 いや、たぶん照れてるってことなんだろうけど、この前から会うたびに抱き着いてきたんだからこれくらい免疫があるものだと‥‥‥さっきだって、観衆の前で堂々と膝枕だってしてたのに。


「は、恥ずかしかったですわ‥‥‥」


 姫彩はそのまま頭を押さえてしゃがみこんでしまう。もちろん、耳まで真っ赤っか。


 うっ‥‥‥普段、頭をなでたりするのはみぞれにねだられてすることが多いから俺も慣れてると思ったけど、こんな初々しい反応されるとこっちまで恥ずかしくなってくる。


「あ、あ~、とりあえず場所移動しない? 行きたいとこあるんだよね?」


 どこからか生暖かい視線‥‥‥きっとさっきまでいた百鬼組の人たちだろう‥‥‥を、感じたから居心地悪くなって、姫彩にそう提案する。


「そ、そうですわね! 行きましょう!」


 そう言うと、姫彩は”パチンッ”と、指を鳴らした。


 するとどこからともなく黒いリムジンが俺たちの目の前にやってきて、自動でドアが開く。


 すげぇ、さすがお嬢様。指パッチンするだけでこんな高級車を呼び出すとは。


「さぁ、星夜さん! 乗ってくださいな!」


「う、うん。お邪魔しま~す」


 少々しり込みしながら中に入ると、車内はこれまた映画で見たことあるような座席がすべてソファーになってて高級感あふれる内装だった。今は何もないけど、シャンパンとか置いてあっても不思議じゃない。


 もちろん、座り心地は最高。


 ただまぁ、一応庶民的な俺にはちょっと緊張しちゃう感触だけど。


 それから姫彩も乗り込むと、これまた自動でドアが閉まって、リムジンはどこかに向かって走り始めた。


「ふぅ‥‥‥なんだか少し熱いですわね」


 さっきよりはゆでだこじゃないものの、まだほんのりと朱がさした頬を手団扇でパタパタしながら姫彩がそう言うと、ひとりでに空調が作動して涼しい風を送り出す。


 ‥‥‥なんか、すごい場違い感な気がするなぁ。


 こんな車乗ったことないし、というかそもそも父さんは車の免許証を持ってないから。


「せ、星夜さん? そんな委縮しなくても大丈夫ですわ!」


「いや~、こういう車乗るの初めてだからさ」


「そ、そうなんですの‥‥‥」


「「‥‥‥」」


 場違い感からくる緊張感と、さっきまでの姫彩とのやりとりの気まずさがなんとなく尾を引いていて会話が弾まない。


 姫彩も、どことなく俺から目を逸らしてるし。


 う~ん、こういう時は俺の方から話を振るべき? どこに向かってるかわからないけど、着くまでこのままじゃあそこに着いてからもこの空気のままかもしれないし。


「あ~‥‥‥姫彩の学校って制服はセーラー服なんだね」


 今姫彩が来てる服は、学校帰りということもあってか制服姿で、白を基調とした清楚な雰囲気があって、ピンクのリボンがアクセントになって可愛らしい。


「は、はい! 星夜さんはブレザーですのね! かっこいいですわ!」


「そう? 姫彩も良く似合ってるよ」


「あぅ‥‥‥」


 社交辞令ってわけじゃなく、実際にすごく似合ってると思ったから姫彩にそう言うと、彼女は再びポッと顔を赤らめた。湯気が出そう。


 だからね、そういう反応されると、サラッと言ったのに俺の方までちょっと恥ずかしくなってくるんだよね。


「せ、星夜さん‥‥‥」


「はい、姫彩さん。なんですか?」


 姫彩は何故か律儀に手をあげて来たので、指名してみる。


「その‥‥‥わたくし、グイグイ攻めるのは大丈夫なのですが、攻められるのはちょっと‥‥‥も、もちろん嬉しいのですが、お手柔らかに‥‥‥」


 そう言うと、またもじもじと恥ずかしそうにしてくる。目線もチラチラ。


 その姿は会った時からのハイテンションからはかけ離れてて、すごくグッとくる。


 う、う~ん。姫彩を大人しくさせる方法は分かったけど、これはなぁ‥‥‥なんかこっちまでドキドキしてきそうだ。


 なんとなくまた気恥ずかしくなってきて、そのまま会話も途切れてしまった。




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