第90話 生徒のこと、よく見てるよなぁ



 今朝、登校して詰んだと思ってから、現代文→数学→英語→科学基礎と、座学ばかりの授業を過ごして‥‥‥ちなみに、五時間目は現代社会であるからして、毎週思うんだけど我がクラスの月曜日の時間割、定番五教科でなかなか鬼畜だと思う。


 閑話休題。


 午前中の授業を済ませた俺は昼休みになった今、トイレに行くってみんなに伝えて昇降口の下駄箱に戻ってきた。


 お察しの通り、下駄箱に入ってたラブレターを取りに来たわけだ。


 え? 詰んだんじゃないのって?


 まぁ、確かにあの時はやべーって思ったけど、咄嗟に気が付いたわけだ、別に今取る必要はないんじゃないか? って。


 時限爆弾じゃあるまいし、授業が終わって直ぐに来たから人影もないから、誰にも見られる心配はない。


 というわけで、さっそく回収を‥‥‥。


 下駄箱を開ければ、ハートのシールでとめられた薄いピンクの手紙が。


「あ~、ちゃんとあるな‥‥‥というか、増えた?」


 何ということでしょう、少し目を離した隙に俺の下駄箱に入ってる手紙が二つになってるではありませんか。


「というか、手紙っていうよりも便箋? 律儀だなぁ」


 今朝気が付いた手紙の上に、慶事とかで使われるような格式ばった四つ折りの見慣れない手紙が置かれてた。


 あんまり一枚目のやつと比べたらラブレターぽくないな。


「教室じゃあ人がいるから読めないし、トイレとかで読むのはなんか違うし、ここで開くか」


 ということで、とりあえず先に手に取った便箋のほうから読んでみる。


 ちなみに。父さんからのラブレター爆弾処理マニュアルフェード③は②と同じようなもので『ラブレターを読むときは人気のないところで、そして読むこと以外に人の気配にも気を配れ! お前は常に狙われている!』だ。


 まぁ、見た感じ今ここには俺以外人はいないし、大丈夫だろう。


「え~と、何々? ‥‥‥果たし状‥‥‥はぁ?」


 四つ折りになってる紙を開けば、そこには大きく見やすい字でデカデカと『果たし状』と書いてあった。


 ラブレターっぽくはないよなぁーとは思ってたけど、果たし状って‥‥‥え、つまりそういうこと? 今朝予想してたクラスメイト達のやっかみだけど、からめ手じゃなくて堂々とってことになったの?


「続き読むか‥‥‥」


 シャーペンとかじゃなく、何故か本格的に筆で書かれたような文章を読み進めてく。


『果たし状


 一年八組 宵谷星夜に告ぐ

 四月二十七日、昼休みより第一校舎屋上にて一人で来い、そこで待つ。

 貴殿に決闘を申し込む

 どちらが大狼さんの隣が相応しいか決着を付けようではないか


                             小滝辰巳』


「‥‥‥う~ん、くしゃくしゃポイっ!」


 あいつ、ああみえて実はあほなのか? ‥‥‥いや、残念な奴ではあったけど。


 とにかく、果し合いとか付き合っていられないから、俺は適当に丸めてその果たし状を近くのごみ箱に捨てた。


 昼休みは今だから、きっとあいつは現在一人、屋上で立ち往生してることだろう。


「まぁ、そんな変な奴のことは置いておいて、本命はこっちだよな」


 俺はもう一つ、最初に見つけたいかにもラブレターな手紙の方の封を開ける。


 すると今度は二つ折りにされた、やっぱりいかにもな紙が出てきた。


 おぉっ! これ、ほんとに俺を好いてくれてる人からのじゃないか?


 実は俺、ラブレターを貰うのって初めてなんだよね‥‥‥テンション上がってきたかも!


「しかし、落ち着け俺。まだそうと決まったわけではないし、罠の可能性もある。父さんと同じ轍を踏むなんてまっぴらだからな」


 ちょっとドキドキしながら、それでも冷静に、俺は二つ折りの手紙を開いて読み始める。


『  放課後に

   お茶しませんか?

    星夜さん。

   駅の前にて

   お待ちします♡


   百鬼姫彩 お誘いの詩 』


「う~ん‥‥‥いや、なんで短歌?」


 というかこれ、ラブレターじゃないじゃん。


 今朝から色々悩んでたのがちょっと馬鹿らしくなってきた。


 え、それよりもこれはどう反応すればいいのだろう? 別に放課後に出かけるのは構わないんだけど‥‥‥ここは平安時代くらいに倣って俺も詩で返事を返すべき?


 この前、気絶してからいつの間にか家に帰ってきてたけど、確か姫彩とは連絡先を交換したはず。なのに、何て原始的な誘い方。


 というか俺が眠った後、何があったのか聞かされてないんだよね。


「‥‥‥よくわかんないけど、わかりそうな人に聞いてみるか」



 ■■



「あ~、それねぇ。姫彩ちゃん、ちょっと古臭いところがあるから。ほら、うちの家もなんだか歴史感じたでしょ?」


「先生、それは関係ないと思います」


 分かりそうな人‥‥‥つまり、姫彩のお姉さんである百鬼姫織先生こと姫ちゃん先生のところにやってきた。


 どうやら、この手紙を俺の下駄箱に入れたのもこの人みたい。


 手紙を見せたらちょっと呆れたように教えてくれた。


「そうかな? とりあえず普通にメッセージで返信すればいいと思うよ? あの子、これ頼んできた時はかなりわくわくしてたし、行ってあげたらすごく喜んでくれるよ」


「まぁ、出かけるのは全然かまわないんです。それより、この前のお見合い? ってどうなったんですか?」


「あれ? 月菜ちゃんとかみぞれちゃんとかから聞いてないかな? 星夜君を送った時に説明はしておいたけど」


「いや、聞こうとしたんですけど、聞けなかったんですよね」


 なんか、月菜にもみぞれにも”姫彩”って名前を出すと途端に気配が鋭くなるって言うか‥‥‥ギッ! って感じに睨まれて聞くなって空気を醸し出されてたから。


「なるほどねぇ~」


 そう、ちょっと面白そうにニヤリと笑ってから、先生は俺が姫彩の突撃で気を失ってからのことを教えてくれる。


「星夜君が気絶した後は特に何もなかったわよ。姫彩ちゃんの部屋から大きな音がしたから、私が見に行って。それで星夜君が倒れてて、大体何が起きたのかも分かったし姫彩ちゃんを叱った後、星夜君を運んでおじいちゃんたちのところに戻ってお喋りしてたかな‥‥‥あ、その間、星夜君はずっと姫彩ちゃんに膝枕されてたよ」


「(だからちょっといい匂いがしてたのか)‥‥‥あ~、そういうのはいいですって! で、お見合いはどうなったんですか?」


「ん~、たぶん延期か中止かなぁ? 星夜君、前日まで姫彩ちゃんのこと聞かされてなかったんでしょ?」


「そうですね。知らなかったです」


「だよねぇ。やっぱり姫彩ちゃんの暴走なのか」


 それから、姫ちゃん先生はあの日のお見合いの意図? というか、どういう経緯で開かれたのかを教えてくれた。


 前に姫彩と出会った時、なぜか俺は姫彩に好かれたようで、それを両親たちが両想いと勘違い。月日が経ち、お互い高校生になったから改めてお見合いして特別な繋がりを持たせようとした、ということらしい。


「星夜君は、姫彩ちゃんのことどう思ってる? 付き合いたいって思う? 姉贔屓かもしれないけど、姫彩ちゃんは結構可愛いと思うんだ」


「まぁ、確かに可愛いとは思うけど‥‥‥」


「けど?」


「‥‥‥俺には、好きな人がいるんで」


 正直、姫ちゃん先生が姫彩のことを気に入ってることは分かってるから、こういったら怒られるかもって思って口ごもっちゃたけど、ちゃんと言えた。


 姫ちゃん先生‥‥‥いや、百鬼姫織さんはこの前分かった通り怒らせるとものすごく怖いからね。


 けど、彼女は特に気にしてないのか、というか半ば予測してたみたいで、少し楽しそうに頬を緩ませる。


「ふふっ、いいなぁ青春だ! 百鬼家としては無理強いはしないから、星夜君は気持ちを大事にね。まぁ、お姉ちゃんとしては姫彩ちゃんを応援したいんだけど」


「今日のお誘いはちゃんと行きますよ」


「それは良かった。ちなみに、姫彩ちゃんは一度これって決めたらなかなか諦めない強い子だから、躱すのは苦労するよ」


「あはは‥‥‥頑張ります」


 そう言って、聞けたいことも聞けたし、昼休みが始まって直ぐに下駄箱に向かったため、お昼食べて無くてお腹空いたから失礼しますって言って教室に戻ることにする。


 職員室を出ようとして‥‥‥後ろから姫ちゃん先生が声をかけてきた。


「星夜君、これは先生って言うより人生の先輩からのアドバイスだけど、好きな人はそれでもいいと思う。たくさん恋することはいいことだよ。けど、それ以上になろうとするのにたくさんはよくない」


「え‥‥‥」


「身を任せるのは楽だけど、流されすぎちゃだめだぞ!」


 それから、パチンとウィンクを送ってくる姫ちゃん先生を見送って教室に戻った。


 姫ちゃん先生が俺に送ったアドバイスは、もちろん俺自身のことだからどういうことかわかってるし、ちゃんと決着を付けるつもりでもある。


 まさか、姫ちゃん先生にバレているとは思わなかったけど。


「‥‥‥生徒のこと、よく見てるよなぁ」


 とにもかくにも、今日の放課後は姫彩と出かけることになった。



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