第88話 楽しくなりそうですわね

 



 あの二人が帰った後、私とみぞれはダイニングテーブルに向かい合って座ってた。


 空気は微妙なモノが漂ってる。


 それはたぶん、星夜の許嫁(仮)が先生の妹だったり、ヤクザの組長の孫だったり、本人のインパクトの強さだったり、あとは最後に見た星夜の頬にキスしたことが原因だったりするのだけど。


 やがて少しして、みぞれがやけに真剣な表情で声を出した。


「‥‥‥星夜の貞操の危機よ」


 昨日迫ったお前が言うなって思うし、私自身も何か言えるような立場でもないけど、激しく同意なので神妙に頷く。


 さっきのを見て、私もそれを感じたからだ。


「あの女はヤバい」


 何がヤバいのかというと、まぁ家柄とかキャラとか色々と挙げられると思うけど、一番危険を感じたのはあの目である。


 百鬼姫彩が向ける星夜への視線は、完全に捕食者のソレだった。


 このままだと、いつの日か夜な夜な星夜は攫われて山寺とかに連れてかれそう‥‥‥軽く妖怪の類がすることだけど、あの人は鬼だし冗談じゃなくて本当に起こりそうね。


 そう、百鬼姫彩は鬼なのだ。


 これが普通の女子なら力業でどうにでもなるのだけど、みぞれが引きずられていたことから腕力が相当あることが分かるし、だからさっきみたいに実力行使に出られると、私では夜でもたぶん一人では止められない。


 みぞれもそれが分かってるから真剣なんだと思う。


 つまり、私たちが百鬼姫彩に対抗するための手段は‥‥‥。


「月菜、あたしと手を組んでくれない?」


「まぁ、そうなるよね」


 一人でダメなら二人で。それなら確かに星夜を守れるかもしれない。


 現在の星夜をめぐるヒロインレースは、圧倒的大差でみぞれの方が有利だったけど、そこにちゃぶ台返しの暴君ヨロシク百鬼姫彩が割り込んできた。


 しかも質が悪く私たちを打ち負かして星夜に色々できちゃう実力持ちで、半ば強引に既成事実を作ることも可能なうえに、それを嬉々として行うこともためらわなそうなヤバい思考も持ってそう。


 当然、責任感の強い星夜のことだから、既成事実なんて作られてしまえば自分の気持ちを押し込んで責任を取ろうとするだろう。


 星夜曰く、女の子の『責任とってよ!』は男子には逆らえない魔法の言葉らしいし。


 だからみぞれも必死で、恋敵である私に協力要請を送ってきたと。


 ふむふむ‥‥‥キタコレ!


 新たなる敵。それは私にとって、都合が良い存在でもある。


 私は協力要請を受けて、前々から考えてたルールを制定することにした。


「手を組むのはいい、私も賛成。その代わり、私たちの間に条約を結ばない?」


「条約? どんなの?」


「まずは星夜に無理やり迫らない、かな」


 今まで私たちの星夜の取り合いは明確な決め事なんてなくて、それこそ今日、百鬼姫彩がやったみたいに無理やりやろうとすればできる何でもありの争いだった。


 実際、私も一度星夜の寝こみを襲ってるし、みぞれも昨日は襲ったとは違うかもしれないけど、のしかかってた時点で似たようなものだと思う。


 本気で吸血鬼やウェアウルフの力を使えば、普通の人間の星夜なんてどうとでもできてしまうのだ。


 それをしてないのは人間としての道徳心と、後は常に私とみぞれはお互いの行動に目を光らせて牽制とかして未然に防いでたから。


 この曖昧だった暗黙の了解を明確に禁止事項にしようと思う。


「そうだね。あたしも、それは良いと思う」


「じゃあ、決まり」


「あとは何かある?」


「う~ん‥‥‥」


 考えるそぶりをしながら、私は内心ほくそ笑む。


 このお互いに迫らないという条約、前に言った通りみぞれと星夜が付き合うまでの期間を開けられるかもしれないけど、私も決定打に欠けることになるから、みぞれに発案するかどうか悩んでた。


 けど、百鬼姫彩の登場で良くも悪くも状況が変わった。


 きっとみぞれは協力を要請してきたことから、私のことは既にのしたと思ってるはず‥‥‥まぁ、本当にかなりヒロインレースの差を付けられたからね。


 が、それでいい。十分に油断して欲しい! そして百鬼姫彩にしっかりと目を光らせておいて欲しい。


 そしてみぞれの注意が私から外れた隙に、私は星夜を堕とす!


 もちろん、さっき決めたルール内でね。


 その為の時間は百鬼姫彩に稼いでもらって‥‥‥。


 うん! いける! 漁夫れる!


 一度は負けを認めて甘んじてNTR作戦を考えたけど、まだまだここからだね!



 ◇◇姫彩side◇◇



「どうだった? 星夜君と久しぶりに会って」


 いつも送迎してもらうリムジンの中、姉さまがわたくしに聞いてきます。


「予想通り、素敵な方に育っていましたわ! やはりわたくしの旦那様には星夜さんしか考えられません!」


「そう? でも、星夜君は学校でも割と競争率高いのよ? 特に今日会ったあの二人はさらに別格だけど」


 姉さまはなんと星夜さんの担任の先生なのです。


 ほぼ平日の毎日を星夜さんとお会いできるなんて‥‥‥我が姉ながら羨ましいですわ。


 わたくしも星夜さんと同じ学校に行きたかったのですのに。


 そして姉さまの言う、今日会ったあの二人‥‥‥星夜さんの幼馴染のみぞれさんと義理の妹である月菜さん。


 同じ殿方を好きになったどうし仲良くしたいのですけど‥‥‥まぁ、先ほどの感じからして直ぐには無理でしょうね。


 確かに、手ごわいお相手でしょう。


 今さっき初めてお会いして、ほんの少し話しただけですが、それでも目を見ればあの二人がどれほど星夜さんを想ってるのか分かるというものです。


 しかし‥‥‥。


「姉さま。わたくしは姉さまの妹ですのよ? 何の問題もありません!」


 欲しいものは奪ってでも力ずくで手に入れる。


 それが百鬼家の家訓。


 恋愛も同じで、攻めあるのみですわ!


 そして、姉さまはかつて、そうして愛しの婚約者様を手に入れたのです。


「はぁ‥‥‥そう言われちゃうと私は何も言えないわ。でも、あんまり暴走しちゃだめよ? やりすぎたら星夜君にも嫌われちゃうからね?」


「うぐっ‥‥‥それは嫌なので気を付けますわ」


 今日は、久しぶりに星夜さんに会えると思ったら嬉しすぎて気持ちを抑えられませんでしたしね。


 それにしても、流石は星夜さんですわ。


 多くの異性に慕われる‥‥‥すなわちそれほど魅力的な方ということです。


 手強いライバル? 上等です!


 そういう存在がいてこそ、恋とは燃えるものですもの。


「ふふっ、これから楽しくなりそうですわね」



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