第87話 と、言うわけで——
◇◇月菜side◇◇
「星夜、遅いなぁ‥‥‥」
「いつ帰ってくるって言ってたの?」
「わからないけど、断るからお昼過ぎくらいにはって。返信も来ないし」
時刻は既に午後四時を回ってる。
確かに、星夜が帰ってくるのが遅い気がする。
結構まめな星夜は出かけて帰ってくるのが遅くなる時はいつも連絡をしてくれるから、それすら来てないためみぞれは心配そうにそわそわしてる。
みぞれ、何て言うか昨日からあふれ出る星夜への好きがさらに大きくなった気がする。
まぁ、それも昨日の二人の様子からそうなっても仕方ないとは思うけど‥‥‥。
「はぁ‥‥‥」
午前中にみぞれから聞いた昨日の話を思い返して、私はついため息をついてしまった。
正直、私の状況は崖っぷちもいいところだから。
なぜなら、星夜がついにみぞれに対する自分の気持ちに気が付いてしまったから。
二人は晴れて両思いであることを自覚したのだ。
それでも二人が付き合ってないのは、今星夜が直面してる許嫁の件と、星夜が自分の気持ちに自信が持てないかららしい。
お互い、幼馴染としてずっと一緒にいると、『好き』なんて気持ちは『嬉しい』とか、『悲しい』とかと同じように当たり前の感情すぎて、特別な実感が持てないのだそうだ。
私には幼馴染のような存在はいないからその感覚が分からないけど、みぞれは自分も前にそう感じたことがあるため、ならば特別なことをして実感を持ってもらおうと迫ったらしい。
それを、健星先生がタイミングがいいのか悪いのか電話をかけてきて、さらにその内容が爆弾だったおかげで二人は思いとどまったようだけど‥‥‥。
もしも一線を越えてたら、今頃出来立てほやほやのカップルだったんだろうなぁ‥‥‥星夜も、拒絶しなかったわけなんだし。
私の時は——完全に拒否されてました。
「‥‥‥ずーん」
「どうしたの?」
「‥‥‥いや、なんもない」
というわけで、私はもう崖っぷちも崖っぷち、崖の端のルナなわけで‥‥‥。
まだ二人は付き合ってないから、もしかしたらやりようはあるのかもしれないけど、私はもうどうやって二人の仲に入ればいいのかわからない。
一応、前々から考えてたことはあるのだけど。
でも、そうすると二人の付き合うまでの期間を開けられるかもしれないけど、私も行動力が著しく落ちるから決定打に欠けて泥沼化になる可能性も‥‥‥。
「う~ん‥‥‥ん?」
それをみぞれに切り出そうか悩んでると、ピンポーンとインターフォンが鳴らされた。
「誰か来たけど、あたしが出る?」
「ううん、私が行くよ」
別にみぞれでもいいけど、一応星夜がいない今、私が宵谷家の家主なわけだし。
ということで、誰が来たのかインターフォンのモニターを覗けば、意外な人物が訪ねて来たよう。
「先生?」
やってきたのは、私の担任の先生の姫織先生だった。
「こんにちわ。ごめんね、突然訪ねて来ちゃって。ちょっと訳あって送りものが」
「分かりました? 今玄関あけますね」
そう伝えて、私はリビングを出る。
「先生って、姫ちゃん先生? 何でここに? 家庭訪問?」
「わからないけど、送りものだって」
みぞれに答えてからサンダルを履いて玄関を開けると、そこにはお金持ちとかが乗ってそうな黒いリムジンが家の前に止まってて、先生と私と同い年くらいの女の子が一人、さらにその子に担がれた星夜‥‥‥え? どゆこと? 送りものって星夜?
状況がわからずポカーンとしてると、先生が困ったようにしながら説明をしてくれる。
「ごめんね。実は、星夜君のことを私の妹が気絶させちゃったみたいで、まだ目を覚まさなそうだったから連れて来ちゃったの」
「は、はぁ? あの、星夜は今日お見合いをする予定らしかったんですけど、どうして先生が?」
「あ~、ほんとに健星先生は何も言ってなかったのね‥‥‥とりあえず、星夜君をこのまま宙ぶらりんにしておけないし、中に入ってもいいかな? そこでもろもろの説明もするわ」
「まぁ、そういうことなら」
ということで、私は先生と星夜を抱えた女の子を家に招いてリビングに案内する。
当然そこにはみぞれがいたけど、先生は彼女にも聞いて欲しいということで、同席することに。
そして、私たちは先生から今日の大まかなことを聞いた。
色々と衝撃的過ぎた。
まず星夜の許嫁が先生の妹だったこと、私はまだピンとは来ないけど先生たちが百鬼組というヤクザの組長の孫娘であること、そして鬼の血が流れてること‥‥‥つまり、先生も私たちと同じ人外だったわけだ。
しかも、先生は私たちが吸血鬼とウェアウルフであることも知っているという。
「薄々勘づいてはいたけど、姫ちゃん先生があの百鬼組の‥‥‥しかも鬼人だったなんて」
「つまり、星夜の許嫁も?」
「そうよ、あの子なんだけど‥‥‥姫彩ちゃん、いい加減こっち来なさい」
先生は星夜を担いでた女の子を呼ぶ。
というか、先生の説明を聞いている間、なんかソファーに寝かせた星夜の真横でずっと「星夜さん星夜さん、お寝顔もかっこいいですわぁ」って、アブナイ感じがしてたから意図して気にしないようにしてたんだけど。
その子は先生に呼ばれてこっちにやって来ると優雅に一礼してみせた。
「初めまして、星夜さんの義妹の月菜さん、幼馴染のみぞれさん。星夜さんの百鬼姫彩ですわ」
「‥‥‥え?」
「ぶふっ! せ、星夜さんの!?」
「はいっ! 星夜さんの姫彩ですわ!!」
堂々と枕詞に星夜さんのってつけてくるものだから、思わず唖然としてしまう私と、噴き出したみぞれ。
うそ‥‥‥星夜、断るって言っていたんじゃ‥‥‥。
「姫彩ちゃん、許嫁の件は保留になるって言ったでしょう?」
「分かってますわ姉さま! しかし、それでもわたくしは星夜さんのものですわ!」
胸を張って自信満々に言ってるけど‥‥‥どういうこと? 保留て、つまり自称?
「あ、あの~先生? 保留ってどういうことでしょう?」
みぞれも気になったのか、ちょっと緊張してる感じで先生に聞くと、先生は苦笑しながら教えてくれた。
この人は私たちの担任の先生だし、普段からの教室での私たちの様子を知ってるわけで、だから私たちが星夜のことを好きなのもお見通しだろうから、ちょっと困った風なんだと思う。
それで、どうして許嫁の件が保留なのかというと。
「私たち保護者とこの子たちとの相互の見解に違いがあったの」
どうも向こうの組長さんは、この人が星夜と許嫁にしてほしいと頼まれたことから、星夜とこの人が両思いであったと思っていたらしい。
が、久しぶりの再会で、星夜が許嫁のことを知らなかったことなどから、実はそうじゃないんじゃないかと思い至り、もともとこの許嫁関係は政略結婚とかの意味合いではなく、ただ単にお互いに特別な繋がりを持たせようとしたようなものであったため、無理に進めることもなく。
それで星夜に気持ちを聞こうにも、なぜか気絶していたために聞けず、今日のところは保留としてお開きとなったよう。
「星夜さんのお気持ちも分かっておりますわ! わたくしたちは運命の赤い糸を雁字搦めに巻き付けたあと溶接して突っ張り棒で補強したかのように相思相愛ですのよ!」
「‥‥‥と、まぁこんな感じに姫彩ちゃんは暴走癖があるから、星夜君の気持ちを無視してるんじゃないかと思ってね。それで、ちゃんとお互いの気持ちを確かめ合って来いっておじいちゃんが言ったのよ」
「「‥‥‥‥‥‥」」
先生からの説明をすべて聞いて、何とも言えない気持ちになりながらニコニコと微笑んでる百鬼姫彩に視線を向ける私とみぞれ。
初めてみぞれと出会ったときのような感じをひしひしと感じる。
それから、先生たちと軽く学校のこととか世間話をした後、二人は帰ることとなった。
「ごめんなさいね、急に押しかけちゃって」
「いえ、星夜を送ってきてくれてありがとうございます」
「星夜君にはまた後日って伝えといて、月菜ちゃんもまた明日学校でね」
「はい」
先生を玄関まで見送っていると、リビングの方からまだドタバタと騒がしい声が聞こえてくる。
「あ~もう、姫彩ちゃん‥‥‥」
先生はため息をついて、一言断ってからもう一度上がると、リビングに向かった。
私もついていけば、そこにはぐんぐんと未だ目を覚まさぬ星夜に迫る百鬼姫彩とそれを止めようとして引きずられてるみぞれの姿。
「うぐぐぐぐぐっ! こいつ、どんだけ力強いの!!」
「あぁ‥‥‥星夜さん、もうお別れなんて‥‥‥」
「お客さ~ん! 玄関はあっちですよぉー!」
「わたくしは寂しいですわ‥‥‥と、いうわけで——」
——ちゅっ♡
「あっ‥‥‥」
「ぎゃああぁぁぁぁああっ!!」
一瞬、星夜と百鬼姫彩の顔が重なるのが見えて、茫然とする私と叫ぶみぞれ。
「ふふっ、お口の方はまだとっておきますわ! それでは皆さん、ごきげんよう! さぁ、姉さま帰りましょう‥‥‥姉さま?」
「姫彩ちゃん? あんまり暴走が酷いようなら、ちょっと‥‥‥ね?」
「い、今のはさよならのちゅうですわ。それに頬っぺたでしたし‥‥‥ね、姉さま? そんなにがっしりと頭を掴まれると‥‥‥あ、あうっ! 痛い、痛いですわぁっ!」
そして、先生と百鬼姫彩はそんな声を残して、黒いリムジンで帰っていった。
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